6話 新たな決意をこの胸に
『よぉ、お前がアルだろ? 隣いいか?』
『あぁ、そうだ。何か用か?』
『聞いたぜ? お前、索敵が得意なんだってな』
『そうだな。それだけは誰にも負けないんじゃないか?』
『言うじゃねぇか。ならよ、俺らと一緒にダンジョン潜らねぇか? 取り敢えずお試しってことでよ』
『あぁ、いいぜ』
『あ、俺はレックス。これからよろしくな』
『アルだ。よろしく頼む』
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ギルドを出て無言で歩く二人。アルの顔を何度も覗き込むメア。
険しい顔をしたアルは暫くして足を止めると、一つ、大きく深呼吸をした。
「すまない、メア。心配を掛けた」
メアに向き直り、真っ直ぐ見据えて口にする。
「もう大丈夫なのか?」
「あぁ。……感情的になってしまった。関わらないって案外難しいな」
「妾には何もするなと申しておったのに、お主もまだまだ青いようじゃな」
本当にそのとおりだった。
成人して四年も経つというのに、未だに言葉一つで大きく感情を揺さぶられてしまう。
「感情のコントロール、もっと上手くならないとなぁ」
「矢張り仕置きをするべきじゃな。お主の感情に区切りを付ける意味でも有用であるぞ」
「そんなもんか?」
やられたらやり返すというのは、アルにとってあまり気持ちのいいものとは思えなかった。メアの考える仕置きとやらは、復讐とはまた違うものなのだろうか。
「メアならどうしてた?」
後学のためにも聞いてみることにした。
「そうじゃな。まずは正座をさせるであろう? そして目の前で相手の好物を食してやるのじゃ。物欲しそうに涎を垂らす姿はとても滑稽であるぞ」
少しでも期待した自分が恥ずかしくなるほどの、くだらない意見であった。
こんな見た目をしているが、メアは召喚獣。獅子なのだ。
人とは考え方が根本から違うのだろうと、アルは無理やり自分を納得させることにした。
「そうか、勉強になった」
メアの生態についての勉強になった、という意味での発言である。
「そうであろう、そうであろう」
アルの真意に気付かず得意気になるメア。顔の横で人差し指を立て、クルクルと回しながら続ける。
「だいたいお主は抱え込もうとし過ぎじゃな。その様なことではいつか爆発するじゃろうて」
「そうは言ってもなぁ」
「そういうところであるぞ! もっと自分の気持ちに正直にならんでどうするのじゃ」
立てた指をアルに向け、説法するかのように指摘するメア。
「正直に……ねぇ」
そもそもいつからこんなに拗れてしまったのだろうか。
当初はとても好調だった。パーティの誰もが同じ気持ちだったはず。
それがいつからか少しずつ捻じれ、修復不可能になるまでに至ってしまった。
確かにもっと早い段階で自分の気持ちを告げていれば変わっていたのかもしれない。
これくらいなら我慢すればいい、少し我慢すれば気付いてくれる。そうやってズルズルと拗れていったのだ。
想いは言葉にしないと伝わらない。そんな当たり前のことを忘れていた。
「少しはメアを見習ってみるか」
「なぜそこで妾の名が出てくる」
ともかく、まずは準備だ。今日中に買い物を済ませ、明日には街を出る。
皮肉なことにも奴らのお陰で資金は充分にある。メアに薙刀を買ってあげることもできるだろう。
必要な物を買い揃えた後、武器屋に向かった。
「すみません、薙刀は置いてますか?」
店に入ってすぐ店員に確認する。珍しい武器は店頭に飾っていないことが多いので、店内を見て回る時間を惜しんだ形だ。
「はい、ありますよ。少々お待ちください」
この街に小さな武器屋は何件かあるが、一番大きな店から当たってみることですぐに見付かった。
「どうやら見付かったようじゃな」
それを聞いてアルは少しだけ驚く。メアならば店内を物珍しそうに見回っているんだろうなと思っていたからだ。
薙刀にしか興味がないのだろうか。
「店内を物色してるかと思ってた」
「お主は妾のことを勘違いしておらんか?」
「そんなことは……あるかもしれない」
見た目も相まって普通の人間なんだなと思ったり、そうかと思えば突然人間らしくない事を言ったり。今日一日で何度驚かされたことかとアルは一人頷く。
「そもそもお主は人を見る目を養うべきであろう。洞察力は生きていくうえで大事な能力であるぞ」
確かにアルには足りていないのかもしれない。大事だというのも納得できる。
しかしメアの場合、それは野生の勘ではないのか。それを人間に求めるのは少し違うのではないか。そう思わずにはいられないアルであった。
「お待たせしました。どうぞ、こちらへ」
そうこうしていると店員が呼びに戻ってきた。
向かった先には倉庫の奥にでも置いていたのであろう薙刀が三本。それを店員が一つひとつ説明していく。
「――これ以上の品となりますと、オーダーメイドとなっております」
つまり、性能が良いとは言えない平凡な物しか置いていなかった。それほど使い手が少ないということだろう。
「どれにする?」
「では、これにしようかの。一番頑丈そうじゃ」
真ん中の値段の薙刀を選ぶメア。
破壊力に拘った一品だと説明があったが、いたずらに重量をかさ増ししただけなのは誰が見ても一目瞭然。
柄が太く、刀身も分厚い。重心を取るためか、石突部分には棍棒を連想させる鉄の塊。使用者のことをまるで考えない、製作者のお遊びで作られたであろう一品。
値段の大半が材料費ではないかと思わせるそれを、片手で軽々と持ち上げるメア。
「ふむ。悪くはなさそうじゃな」
店員の顔は崩壊していた。何とも形容しがたい複雑な表情で固まっている。
ならばなぜ持ってきたんだと問うのは酷な話だろう。さすがにこの可憐な少女が使う物だとは夢にも思うまい。
メアは一六四センチと女性の平均的な身長なのに対し、アルは一八二センチと男性の平均よりも少し高い。
店員に声を掛けたのもアルなのだから、状況的にみれば男の買い物だと誰もが思うだろう。
店員を現実に引き戻し、会計を済ませて宿に戻った。
帰りに屋台で買った昼飯を食べ終わったころ、メアが神妙な面持ちで問い掛ける。
「明日、街を出るのじゃな?」
初めて見るその真剣な表情に、アルは襟を正して答える。
「そうだ。何かあるのか?」
「お主に頼んでも良いのか迷ったのじゃが――」
前置きを入れつつ語り始める。皆を救ってほしいと――。
記憶も色褪せるほどの遠い過去。
自身が閉じ込められたとき、行動を共にしていた他の神獣たちも同じように閉じ込められたのだろうと語る。
いくつもの扉が出現し、それぞれ別の扉に吸い寄せられていく光景を見てそう感じたのだと。
ならばメアと同じように孤独を感じ、苦しんでいるのではないか。
原因は不明。仲間の居場所も不明。これでどうやって助け出せばいいのか解らない。そんな頼み事をしてもいいのだろうかとメアは迷っていた。
確かにこれは難しい問題だ。助ける、なんて簡単に言ってはいけないものだろう。そう思うアルだが、メアには命を助けられている。
この恩を返せる機会があるのなら、人生を懸けても良いのではないか。懸ける価値があるのではないか。
幼き日に夢見て努力を重ねていた頃の、とても充実した日々。
夢破れて惰性に生きてきた退屈な日々。
どちらが良いのかアルは既に知っていた。
目標に向かって邁進する方が良いに決まっている。
幼少の頃に焦がれていた聖王伝説。一度は諦めた夢。
それが今、静かに再燃していることを自覚する。
今更だとは思うものの、はやる気持ちは抑えられなかった。
「わかった。俺に何ができるかは分からないけど、やれるだけやってみる」
「本当か?」
こうして新たな決意を胸に抱き、旅立つことにしたアルであった。