59話 その召喚陣は神代の如く
ここはとある王国の甘味処。
「矢張り、栗きんとんが一番であるぞ」
「ならば、よく味わって食べることじゃ」
袴を身に纏った二人の少女から発せられた二つの声。
前者は人の姿に化けた神獣。
後者はリザベートという、神獣を使役する少女。
二人の容姿はとてもよく似ており、それは姉妹と見紛うほど。大きな違いと言えば髪の色で、片方は黄金色、そしてもう片方は銀色であった。
彼女たちは見聞を広める旅をしており、その途中でとある王国へと立ち寄った。
さまざまな情報を交換し、知見を得る。この国で集められた知識は有用なものが多く、それらを総動員して新たな理論の召喚陣も一応の完成を見せた。
この地でやる事はもうないだろうと、次の国へ向かう前に和菓子を堪能していたのである。
「では、そろそろ行くとしよう」
ちゃっかりお土産まで買って店を出ると、別の店から出てきた三人の少女たちと合流。彼女たちも人の姿をしているが、神獣である。
「どうやら食い意地を張っておるようじゃの」
お土産に気付いたテンが憎まれ口をたたく。
「仕方ないであろう! 次の国に和菓子があるとは限らないではないか!」
「そうであるぞ。わらわも釣られて買ってしもうたわ」
姉妹のような二人は和菓子が大の好物であった。彼女らは容姿だけでなく、好物や服装、そして口調までもが似通っていた。
「次、どこいくの?」
「西の果てじゃ。海を目指そうかと思っておる」
距離にして一週間ほど。
道中に立ち寄った町でも情報を集める予定なので、その道のりも当然長くはなるのだが。
「楽しみだなー。お魚、やっと食べられるよ」
巫女服を着た少女は期待に目を輝かせる。
「待たせてすまなかったの。この国は召喚術が盛んじゃったから、時間がかかってしもうた」
「ううん。覚えててくれて、ありがとうね」
彼女はこの国に来たばかりの頃に召喚した神獣。魚が好物なのだが、未だに干物しか口にできていなかった。
干物以外の魚が食べたいという彼女の願いを叶えるため、次の目的地は海に面した国。そこへ行けば食べさせてあげられるだろうと行き先を決定した次第である。
とある国で得られた有用な情報を整理し、新たな理論を微調整しながら進む。
出国してから五日目。何が間違っているのか、召喚には成功していなかった。
「また難しい顔をしておるようじゃな」
「新たな理論を試しているところでの。ほれ、召喚は誰にでもできる芸当ではなかろう? じゃが、この理論ならば魔力操作の苦手な者でも――」
「妾に小難しい話など解るわけがなかろう」
「それもそうじゃな。話す相手を間違えたようじゃ」
得られた情報を基に構築した新技術。それに加え、より強力な召喚獣を呼び出すための知識。その二つが合わさり、新たな召喚陣が完成した――と思っていた。
「それって、何を召喚しようとしてるの?」
「良くぞ聞いてくれた! 今回は少し面白い試みをしておるところでの。ここを見るのじゃ。対象指定の部分なんじゃが――」
リザベートは嬉々として語り出した。
神獣たちは召喚陣の話に興味を示さなかったのだが、テト――巫女服の少女――は他の三人とは違うらしい。
その事に嬉しくなった彼女の話は長々と続いた。
「――つまり、新たに得られた知識によって、この部分を曖昧にしても召喚は成功するということじゃ」
「へぇー」
「お主、今の話が理解できるのか?」
「全然わかんないや」
易しく解説したつもりのリザベートは落胆の表情を見せる。
そんな彼女の肩に手を置いたメアは、慰めるかのように声を掛けた。
「お主の話は難しすぎるのじゃ」
「そうであろうか……」
実際、リザベートの技術は最先端を走る。
世界を旅して得られた知識を集約し、体系化する。多くの人々が、さまざまな視点や観点から考え抜いた理論。それを知る彼女は人類の数百年先を行く。
召喚術の基礎すら知らぬ神獣たちが理解できないのも仕方のないことであった。
「こういった時はあれじゃな、初心に帰るのじゃ。お主もよく言っておったではないか。ならば、一度頭を切り替えるためにも体を動かすのが良いじゃろう」
「手合わせがしたいと顔に書いておるぞ?」
「そ、それは……そう! 新たな加護を手に入れてから、まだ一度も手合わせしておらぬであろう? お主がどこまで強くなったのか、確かめてやろうと思ったのじゃ!」
咄嗟の言い訳にしては充分に納得させられるものであった。
ここ最近は研究に時間を取られ、メアの相手をしていなかったなとリザベートは承諾することにした。
「やるとしても今日はもう遅い。明日……そうじゃな、夕刻頃にするとしよう」
目的の国に到着してからにしようと提案する。朝早くに出発することで、手合いの時間も充分に確保できるだろう。
そうと決まれば早速寝床につく……のだが、そう簡単に切り替えができるわけもなく――。
(初心に帰る、か。何度も見直しはしておるのじゃがな)
布団に入ってからもリザベートの頭の中には召喚陣が浮かんでいた。
そこに使われた一つひとつの知識を、学んだ当時のことを思い返しながら分解していく。
何か間違いはないか、思い違いをしてはいないだろうかと記憶を辿る。
(これはメアを召喚するに至った知識じゃな)
なぜ自分だけが召喚に成功したのかは分からない。相手の知識量は多く、そして魔力操作の練度もこちらより上。既に召喚していてもおかしくはない程の人物だった。
メアは四年前に召喚した神獣。彼女との出逢いに想いを馳せるが、すぐに次の作業へと移行する。
(この知識は画期的じゃったな)
対象指定をするための追加部分。これにより、召喚効率は飛躍的に向上した。
ただ、対象の紋様を知らなければ召喚は成功しない。相手から狐の紋様を教えてもらえなければ、テンの召喚には至らなかっただろう。
新たに得られた知識により、追加部分がなくとも強力な召喚獣を呼び出せるようになったが、成功率は下がることになる。召喚陣に流し込む魔力波形の操作が難しいからだ。
なので、今回は曖昧な指定を追加することでその操作難度を緩和しつつ、新たな種の召喚獣を呼び出そうとしていた。
テンは二年前に召喚した神獣。彼女との出逢いに想いを馳せるが、何かが引っ掛かった。
リザベートはこの違和感の正体を確かめるべく、二人との出逢いを振り返る。
――妾を召喚するためには膨大な魔力が必要になる。
――果たして主に耐えられるじゃろうか。
「そうか!」
「急にどうしたのじゃ!?」
「まだ試しておらんことがあったのじゃ!」
「実験も良いが、既に夜も更けておる。周りの迷惑となるため、明日にすると良いじゃろう」
「残念じゃが、今宵は月が良く出ておるからの」
不敵な笑みを浮かべたリザベートは早速準備を始める。
静かに宿を出た彼女たちは町の外れに向かい、おあつらえ向きの場所を探す。
「お主も難儀な性格をしておるな」
思い付いたことは試さなければ気が済まない。そんな彼女は頭の中で何度も描いた召喚陣を大地に描き写す。
「これで……良し。お主らには悪いが、少し待っててはくれんか」
「どうせ言うても聞かんじゃろうて」
四人にこれから行う実験の説明をしたリザベートは、彼女たちの召喚を解く。
神獣を四体も召喚している状態では魔力が不足しているのではないかと思い至ったからだ。
まだ魔力に余裕はあったのだが、理論が間違っていないのだとすれば原因はそれしかないだろう。
そうして大地に手を付け、召喚陣に魔力を送る。
未だかつてないほどの魔力を消費したリザベートは口元を緩ませた。
「余はオシリス。神である」
人を象るその姿は月夜に照らされ神々しく――まさに威風堂々としてリザベートの眼前に顕現した。