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58話 災厄の召喚陣

 遥か昔、とある王国にはクリスト家という召喚陣の研究をしている一族がいた。

 彼らは強力な召喚獣を呼び出す方法を模索しており、その結果として召喚陣は大きく、より複雑化していった。


 若くして家督を継いだ青年アデルト・クリストは、その才覚を発揮して一族の悲願とも云える偉業を達成した。

 それは古代の石碑に記された真偽不詳の怪物たち。神話上の生物であると定義された存在を召喚すること。召喚陣を研究することにより、その願いは叶った。



「我はケルベロス。神獣である」


 人語を介する三つの頭部を持った黒犬。神話の怪物と比べても遜色のない姿。

 ケルベロスと名乗る召喚獣に、アデルトはサーベラスと命名した。



 サーベラス自身もそうだが、彼がもたらす加護は異質なものであった。

 他のどれとも違う特異な性質に興味を惹かれたアデルトは研究方針を転換。私財の全てを投げ売りしてまで人里離れた山村近くの洞窟に居を構え、寝る間を惜しんで研究に没頭した。



 【異界の扉】の先には果てしない大地が続いており、そこは召喚獣の住む世界でサーベラスもそこからやって来たのだと言う。

 どういった原理なのか。また、その世界は一体何なのか。

 アデルトが特に気になったのは、その世界に漂う濃密な空気。今のところ身体に害は見られないが、不穏を感じさせる何かに研究は慎重を期した。




 一体いくつの季節が廻ったのだろうか。

 洞窟の表層にはある変化が起こり、それはやがて結晶となって現れた。


 土の精霊の力をもってしても理解の及ばぬ現象に、彼は一つの可能性に望みを託す。

 サーベラスを召喚したように、土の精霊の頂点を呼び出す。サーベラスの召喚陣を流用すればそう難しいことではない。


 そうして現れた土の精霊王ノームをゲノーモスと命名し、解析を試みる。その性質と利用方法はすぐに判明したが、詳しい生成条件の解明には至らなかった。

 【異界の扉】から漏出した何かに反応して土の性質が変化。長い時間をかけてそれは結晶となる。

 判明したのはそのくらいだったが、この結晶の有用性は極めて高い。生成条件が判然としなくとも、大量生産できるのであれば問題はない。




「サーベラスよ。あちらの世界で私は生き抜けるだろうか」


 扉の向こう側を探索した時、何度か獣に襲われることがあった。果てしなく広い大地だが、召喚獣の性質に酷似したそれらと遭遇することもある。

 長期間の探索ともなれば睡眠時に無防備となるため、何かいい知恵はないだろうかとサーベラスに問う。


「難しいだろうな。まず、人数が足りん。強い奴を味方にするべきであろう」


 召喚獣として使役される彼らは真の力を発揮することができない。使用可能な魔力を制限されている状態では長時間の戦闘も難しい。

 この課題をクリアするためには人数を増やすべきだとサーベラスは指摘する。


「強い奴か。ならば、これしかあるまい」


 並行して行っていた召喚陣の研究資料に目を向けるアデルト。複雑な構造のそれを描くには広い空間と時間が必要なため、実験を後回しにしていたもの。

 彼の理論が正しければ、こちらも成功するはずである。


 洞窟の外に出たアデルトは、巨大な召喚陣を描くための準備を開始。起伏のある大地を風の精霊術で切り崩し、ゲノーモスの力で整地をする。

 そうして五メートル四方の場所を確保したアデルトは数日掛けて召喚陣を描き、そして災厄とも云える召喚獣と盟約を交わした。





「では、そろそろ行くとしようか」


 諸々の準備を済ませたアデルトは【異界の扉】の先へと足を踏み入れる。


 それは大地の果てを見届ける旅。

 自身の理論を証明するための旅。


 洞窟の表面に生成された結晶を持ち込み、その反応を逐一確かめる。それは日に日に成長しているようであった。

 このことから、結晶はこの世界に溢れる濃密な何かを吸収する作用があることが窺える。

 そして、加工した結晶は精霊術を行使できることから、それは魔力であると推測される。


 ただ一つ解らないのは、自身の魔力は吸収されないということ。

 魔力の質が違うからと言ってしまえば簡単だが、それを証明するのは難しいだろう。これは戻ってからの課題である。


「それにしても、ここは何もない世界なのだな」

「つまらない所だろう? お前たちの世界が羨ましく思う」


 草木のひとつも生えない世界。

 起伏のある大地に流れる水。魔力のせいか、視界が良好とは言い難い世界で発見されたものはそれくらいである。


「ゲノーモスの世界もこういった場所なのだろうか」

「全然違うな。おいらの世界は緑が深い」

「いずれはそこへも行ってみたいものだな」


 会話をしながら研究材料を確認。結晶の他にも洞窟表層の光る土塊と、洞窟外にある何の変哲もない土塊を持ち込んでいる。

 今のところ、変化が見られたのは結晶だけであった。




 そうやって果てのない大地を進み、どのくらい経った頃だろうか。

 陽の沈まぬ――と言っても太陽の存在は確認できない――世界で時間の感覚は分からないが、果てと思われる何かに辿り着く。


 天を貫くが如く聳える巨大な壁。ゲノーモスに確認させると、それは青銅で出来ているらしい。

 サーベラスも初めて見るというそれの端を確認するため壁際を進む。


 暫く歩いていると、何者かの怒声が轟く。


「貴様たち、そこで何をしている」


 声の主に視線を送ると、それは異形の姿をしていた。

 水の精霊を彷彿とさせる人魚のような形だが、その背中からは二匹の蛇が生え、サソリのような尻尾が天を向く。


 その怪物は長く鋭い爪を前に突き出し、警告を発する。


「今すぐここを立ち去るならば命までは取らない」


 怪物から発せられる威圧にアデルトはたじろぐ。

 だが、怪物の背後に見える巨大な門に興味を惹かれた彼は、その提案を受け入れることなどあり得ないのだと踏ん張る。


「その門を近くで見せてはくれまいか」

「何人たりとも近付くことは許さぬ。ここを立ち去るが良い」

「俺がやろう」

「アウルよ、あれに勝てるのか?」

「問題ない。俺一人で充分だ」


 人の姿をした三メートルの巨人。

 アウルと呼ばれた男は一歩、また一歩と異形の怪物へと近付いていく。


「愚かなる者よ。ここで朽ち果てるがいい」


 素早く突き出された右の爪。アウルはそれをいとも容易く掴み取る。逆の爪も同様であった。

 二匹の蛇がアウルの肩に咬み付くも、当人はそれを気にすることなくすました顔をしている。


「くっ、放せ!」


 アウルの握力は怪物の膂力を圧倒していた。どれほど暴れようがピクリとも動かない。

 驚異的な怪力を発揮して、両腕を広げながらゆっくりと顔を近付けるアウル。その頭頂部目掛けて伸びる怪物の尾。先端にある毒針がアウル襲う。

 しかし、それが届くことはなかった。

 瞬きをする間もなく、怪物の頭部はアウルによって噛み砕かれたのである。


 止めとばかりに両腕を握り潰し、地に倒れ伏すそれを踏み潰す。


「こんなものか」


 力の差は歴然であった。

 最強を自負する巨人、アウルゲルミル。その強さを目の当たりにしたアデルトは畏れにも似た感情を抱くが、それは門への好奇心によりすぐに打ち消された。



 早速調べてみるが、壁と同じ素材で出来たそれは固く閉ざされピクリとも動かない。


「我の加護と似た何かを感じる」

「やはり、サーベラスもそう思うか」


 同じ加護を持つ身であるからこそ得られた共感。

 ゲノーモスは青銅の壁と何が違うのかと繰り返し口にしていた。隙間は見当たらず、門としての機能を有していないのだと言う。


「破壊してみるか?」

「こいつはとんでもなく分厚いみたいだぞ。壊せるとは思えないな」


 ゲノーモスと同意見のアデルトはアウルの案を採用した。

 破壊行為によりどのような反応が得られるか、見逃さないよう目を凝らす。

 しかし、何をしようと変化はみられなかった。


「とんでもなく硬いな」

「単純な力では覆せない何かがあるのだろう」


 欠片でも採取できればと思っていたアデルトだが、それすら叶わぬ未知の存在に頭を悩ませる。

 門に手を付け、天を仰ぎ見ながら呟く。


「お前の存在は一体何なのだ」

「そこに誰かいるのか」



 どこからともなく返ってきたその声は、とても野太く身体の芯まで響いていた。

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