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56話 それは心を蝕む病となりて

「今日から一人ずつ順番に検証していこうと思う」


 宿に戻ったアルは、開口一番にそう告げる。


「唐突じゃな」

「加護の効果が曖昧になってきたから、一つひとつしっかりと確認しておきたい」


 加護を得るたび上乗せしてきたため、感覚がどんどん麻痺している気がしてならない。自身の魔力量もそうだ。

 慣れてきたと言えば聞こえはいいが、その分認識が甘くなっているのではないかとアルは危機感を抱いた。今一度検証する必要がある。


 メアと契約したときと同じ、つまりはシーレのみを召喚した状態でそれぞれの加護がもたらす力のほどを確認する。


「わっちは賛成じゃ。ついでに魔力についても詳しく検証したいところじゃの」

「それも含めて、最初はテンからいこうと思う。魔力供給量の変化を確認してほしいから、今のうちにギリギリまで氣を練っておいてくれると助かる」


 検証途中で気になることがあれば、その都度調べるつもりだ。


「やはり、最初の頃と比べると大幅な低下がみられるようじゃ」

「もう判ったのか」

「多くの氣を循環させることは難しい。しかし、素早く練るだけならばそう難しいことではない。検証のため、余分に練って確認しておるからの。一目瞭然じゃ」

「なら、それを覚えておいてくれ。これからテンとヨル、二人の場合を調べる」

「あら、私もですか?」

「複数体の召喚でどれだけ変わるのかも検証したい。みんなはその間待っててくれ」


 全員の顔を一瞥したアルは、シーレとヨル以外の召喚を解いた。

 複数の加護が一気に消失したことで、失われた力の大きさを実感する。思ったとおり、アルの感覚は麻痺していた。


「召喚――【テン】」


 再召喚を行うことで、テンの残存魔力を元に戻す。


「早速、氣を練ってくれ」

「ふむ。少しはマシになったようじゃが、それでも大幅に低下しておるの」

「そんなに判りやすいのか。なら、長期戦になった時のために召喚の練習もしておくか」

「魔力量が減れば減るほど、その微細な変化は感じ取りやすくなるからの。それよりも――」


 テンは何かを言いかけて考え込む。

 魔力供給量の低下よりも重大な問題が発生しているとでも言うのだろうか。


「それよりも?」


 続きを促すアル。


「確認のため、もう一度再召喚をしてはくれぬか?」


 何か根拠があってのことだろう。そう思い、アルは理由を尋ねることなく再召喚に応じた。


「召喚――【テン】」

「やはり、わっちの勘違いではない。召喚時の魔力量が減っておるようじゃの」

「そうなのか。……まずいな。どれくらい戦えそうか分かるか?」

「わっちは問題ない。必要になる魔力量はそれぞれで違う故、全員に聞くと良かろう」

「そうか。最初に調べておいて良かった」


 ギリギリまで氣を練ることで自身の残存魔力を確認したテンは、召喚時に受け取る魔力量が減少していることに気が付いたのだと言う。

 

 あとで確認してみるが、全員を召喚した状態での再召喚ならばどこまで減るのだろうか。それによっては作戦に組み込むのはやめた方が無難だろう。

 召喚状態を維持することで残存魔力も回復していくため、再召喚は最後の手段とする。



「次の検証はテンのみで行う」


 二人の召喚を解き、感覚を確かめてからテンを召喚。【仙術の極意】による力の上昇は感じられなかった。

 つまり、これはテンの加護が特別製であるということ。

 ヨルの加護がそうだったように、他の神獣たちの加護も何か特別な力を宿していると推測される。テンの場合は氣の効果がそれに該当する。



「どうやら先程よりも減っておるようじゃの」

「やっぱりか……」


 予想通り【生命の躍動】の加護が無い状態だと、複数体召喚のデメリットを大幅に上回る。ヨルを常に召喚しておくことは必須だろう。


「供給量の低下も深刻なようじゃ。これでは闘うことすらままならないのではないか?」

「そうか……」


 アルを見据えるテンの様子から察するに、それはとても深刻なのだろう。

 根本的な問題を解決しなければならない。


 しばらく無言で考え込むアルに向かって、テンは強い口調で訴える。


「主よ。今すぐヨルを召喚するが良い」

「えっ?」


 いつもと様子の違うテンは真剣な眼差しでアルを見つめ、言い聞かせるかのように告げる。


「供給量の低下が著しい。顔色も優れないようじゃ。念の為、今日はここまでにすると良い。余計な事は考えるでない」


 短い言葉で端的に伝えるテン。それにはどこか焦りが見える。


「検証のためとは言え氣を練りすぎた。もう一度言う、ヨルを召喚するが良い。このままでは形を維持でき――」


 アルの前からテンが消える。


「テ……ン……?」


 静まり返る室内。

 物音ひとつしない部屋。

 返事が戻ってくることはなく、アルの心音だけが響いていた。



 静寂のなか立ちすくむアルに耳鳴りが訪れる。

 突然のめまいに襲われ、倒れるようにしてベッドに座り込む。

 息苦しさを感じたアルは胸に手を当て確かめると、その鼓動は大きく、そしてどんどん早くなっていった。



「はっ、はっ――」


 耳鳴りが酷くなり、心臓の音さえ聞こえなくなる。

 視界がぼやけ、尋常ではない汗が吹き出す。

 吐き気をこらえるように口元を手で押さえる。



 フラッシュバック――。


 アルとシーレ、それにテンしかいない部屋から忽然とテンが消えた。

 それは過去の記憶を呼び覚ますには充分だった。


(大丈夫。大丈夫だ、落ち着け)


 数年前に何度か経験したことのある現象。

 呼吸を整えつつ、今の状況は過去とは違うのだと自分に言い聞かせる。


(大丈夫だ。残存魔力が無くなって霧散しただけ……召喚し直せばいいだけだ)


 アルの視界を飛び回るシーレ。

 しかし、それを認識することはなく――。


「はっ、はっ――」


 呼吸が浅い。


(大丈夫。落ち着いて再召喚を……)


 頭では理解していても、それを行うことは今のアルには難しかった。



「シー……レ……?」


 アルの頬に両手を付け、そしてシーレはゆっくりと自身の身体を寄せる。


(大丈夫、俺は大丈夫だ)


 シーレと意思疎通を図れるほどの精神状態ではない。

 それは自分に言い聞かせるように、何度も繰り返している言葉だった。



 時間を掛けて呼吸を整える。呼吸に意識を集中させる。

 大きく息を吸い、たどたどしくも小さく呟く。


「召……喚……――【ヨル】」


 召喚されたヨルはアルの異変に気付くと、声を上げながら駆け寄った。


「主様? どうされたのですか、主様!?」

「……すまな……い。……大丈夫、だ」

「とてもそうは見えません」


 アルの頬を両手で包み込んだヨルは、自身の目を見るよう彼に促す。


「……ヨル?」

「私はここに居ます。加護をしっかりと意識してください」


 瑠璃色の瞳がアルを映し出す。真っ直ぐ捉えて離そうとはしない。

 大きく息を吸い込んだアルは目を閉じると、【生命の躍動】を強く意識する。


 細く、長く吐き出される息。

 それは心を落ち着かせるように。

 余計な事は考えないように。

 加護にのみ意識を集中させるように。



 息を吐き切ったアルは目を開ける。


「落ち着かれましたか?」

「あぁ。心配をかけた。ありがとう、もう大丈夫」

「それは何よりです」


 そう言って微笑んだヨルは立ち上がり、続けざまに口を開く。


「では、何があったのか話してもらいましょうか」

「えっ?」

「話してもらいましょうか」


 普段と変わらないヨルの姿がそこにあった。

 隣のベッドに腰掛けた彼女は姿勢を正す。


「お聞かせ願いましょうか」

「わざわざ言い直さなくても……」


 普段と変わらないはずのヨルから言い知れぬ圧力を感じる。

 言い逃れるつもりは毛頭ないアルであったが、それでも彼女は逃がさないとばかりに視線を向け続ける。


 もう一度大きく深呼吸をして心を落ち着けたアルは、ゆっくりと口を開く。


「これから、みんなと一緒に聞いてほしい」

「えぇ。是非とも」



 そうして全員を召喚したアルは、自身が抱えている問題を語り始めた。

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