55話 成長の可能性
時は戦闘場所の選定前まで遡る。
モンスターに襲われないよう静かに広間までやって来たアルたち。
右奥の通路を指差し、リルに作戦を伝える。
「この先を進むと四足獣がいっぱい居るから、合図したら狼の群れを見付けて連れてきてほしい」
「わかった」
全てを完璧に見分けることはできないが、狼だと思われる影は多い。
モンスターは同種で群れを作るが別種で群れることはない。近場の群れ同士が合流しないということは、その影は似ているだけの別物。ならばこの中に必ず居る。
入念に打ち合わせをし、狼の姿に戻ったリルを送り出す。
索敵術でリルの存在を察知されたとしても、ただのモンスターにしか見えないだろう。
「あとはここで静かに待つだけだな」
付近のモンスターを刺激しないよう残しておき、戦闘中に襲わせることでリルの存在を霞ませる。神獣の強襲を、何の変哲もないモンスターの襲来だと誤認させる。
そして戦闘が始まると、予定通りに次々とモンスターが乱入。それを処理しながら相手の索敵がリルまで届かないことを確認し、火の精霊石で合図を送る。
狼を引き連れたリルはアルの攻撃を右に避け、そして一気に加速した。
アルの思惑通り、ただの狼だと誤認した男は判断を誤った。
ヨルを最優先の警戒対象としていた為、その刺突に意識を傾けている間に致命傷を負ってしまったのである。
「もしかして、角鹿に見られないタイミングを図ってたのか?」
男の胸当てを短剣で外しながら問うアル。
「ううん、たまたま」
「妾がそうなるように仕向けたのじゃ!」
得意気に胸を張りながらメアは語る。神獣の数を誤認させたいとアルが言うので、ならばリルの姿は見られないようにした方がいいだろうと。
ハンデを背負っている状態でそこまで考えて行動していたらしい。
「凄いな。そんな余裕あったのか」
「言ったであろう? 突進と後ろ蹴りしか能のない奴じゃと」
メアは獅子の姿でなくとも角鹿の神獣を手玉に取るほどの卓越した戦闘技術を有していた。薙刀があれば無敵だと豪語するのも頷ける。
「お、あったあった」
短剣を使って男の胸ポケットから封印石を取り出す。
血で汚れたそれを水で洗い、人差し指の先で軽く触れた。
「感謝する!」
言葉と共に現れたのは、茶褐色の太くて硬そうな毛並みをした猪。突出した鼻口部には小さな牙が確認できる。
体長は二メートル近くあり、その種にしてはとても大きい。
「我はエリュマントスの猪。貴殿のお陰でようやくここから出られた」
「俺はアル。契約……の前に、色々と話さないといけないか」
猪は隣に転がる死体に目を向けていた。
「先程、貴殿ではない何者かの魔力を感じた。その流れはすぐに閉ざされてしまい、顕現するに至らなかったが……この者が関係しているのか?」
「そういうことか」
アルは魔力操作が苦手である。
封印石に触れることで魔力を吸い取られ、閉じ込められていた神獣が姿を現す。
魔力操作ができる者ならそれを阻止することは容易。そもそも反射的に抵抗するはずである。
考え事をしているアルを不思議そうに見つめる猪。
「あぁ、すまない。少し長くなるけどいいか?」
「ならば先に盟約を済ませるといいだろう」
「いいのか?」
「こちらに断る理由はない」
「そうか。なら、【エリ】と名付ける」
「これより我は、貴殿に迫る脅威を撥ね除ける盾となろう!」
契約が完了し、加護に意識を傾ける。それは【獰猛果敢】と言う、少し物騒な名称だった。
詳細はあとで確認するとして、今は死体から離れる。
「詳しいことは帰りながら話すけど、普段は人の姿で生活してほしい」
「貴殿は常に我を召喚しておくのか?」
「加護を意識する練習しておきたいからな。そのつもりだ」
複数の加護を同時に意識するのは難しい。
早く慣れるためにもアルは普段からその練習をしていた。
「貴殿は愉快な人物のようだな! では、貴殿の望むままに!」
小さく鼻を鳴らしたエリは微かな光と共に姿を変える。
凛とした顔つきとは対照的にクリっとした目。大きな口から生える八重歯は少女のあどけなさを残し、二つに結んだ肩まで垂れ下がる茶色の髪は光に照らされ赤みを帯びる。
一五五センチ程度の小さな体に纏うは重厚な鎧。そして特徴的なのは、自身がすっぽりと隠れてしまいそうなほど大きな盾を背負っていた。
こげ茶色のつぶらな瞳がアルを見据える。
「これでいいだろうか」
「あ、あぁ」
またしても検証が必要だろう見た目に生返事をしてしまう。
召喚獣への理解を深めるためには重要な事だが、神獣は一風変わった検証が必要になるようだ。
「とにかく、帰路を急ごうか」
封印石を破壊し、これまでの出来事を話しながら復路を進む。
説明をしている長い間、彼女は憤慨していた。
自身を封印した者たちへの怒りを募らせていたようで、それが今や隷属させる術を持つなどあってはならないと、アルの目的にも賛同してくれた。
そしてエリが封印された時のことを聞くと、その状況はヨルと同じであった。
手練れの者との戦闘中に猪の姿になると、突如として現れた扉に吸い込まれたのだと言う。
抵抗すること叶わず、数えるのも忘れてしまうほどの長い時を無為に過ごすことになった。
その怒りを発散させるかのように、迫るモンスターを大きな盾で薙ぎ払う。これが彼女の戦闘スタイルだった。
召喚獣は本体から切り離された部分は霧散してしまうため、大盾と左手首を鎖で繋ぐことでそれを回避していた。
「なかなか豪快な奴じゃな」
「見た目からは想像できないよな」
キリっとした表情をしているが容姿はまだまだ幼い。その小さな体には似つかわしくない大盾を構えて突撃し、自身よりも重いそれを振り回す。加護の名が示すとおりの闘いっぷりである。
そして何より驚いたのが、重量をある程度変更できるということ。
使用される金属によって重さが違うという事実が、それを再現する手助けとなっているらしい。
戦闘中に重量を変更することで威力を上げたりバランスを取ったりなどしているため、実物の盾は使いにくいのだと言う。
「それ、防御力はどうなってるんだ? 痛くないのか?」
アルの懸念するところは攻撃の度にダメージを負っているのではないかということ。それは魔力消費の増加に繋がる。
「牙や蹄で攻撃するのと同じこと。この盾こそが我にとっての蹄である!」
大盾を掲げるエリの言葉を聞いてアルは納得する。
召喚獣が爪や牙で攻撃を行うことに疑問を抱かないのと同じで、彼女にとって大盾で攻撃することはそれと同義であった。
「メアがその爪で攻撃したとして、獅子姿の時みたいな威力が出せると思う?」
「人の爪にそこまでの威力がないことを妾は知っておる。こやつの口ぶりからして、想像できぬことを再現するのは無理であろう」
「まぁ、そうなるよな」
「じゃが、人の拳は鍛錬により鋼鉄にも劣らぬ強度を誇ると言われておる。ならば、この拳こそが妾にとっての爪であろう」
そんな話は聞いたことがないと言おうとしたアルであったが、その言葉は心の中にしまっておくことにした。
メアのイメージを否定することにより引き起こされるであろう弊害を恐れてのことだ。
「そうだな。なら、メアの拳もその薙刀みたいに硬くなるってことだよな」
「さすがにそこまでは無理であろう」
「そうか? 色んな金属の重さに変えられるってことは、イメージ次第でその金属の硬さにも成り得ると思うよ。ほら、あの盾も硬いだろ?」
思い込ませることによって実現する可能性があるのなら、いくらでも肯定するべきだろう。
半信半疑ではあるが、理論上は可能だと推測される。
アルと同じくメアも半信半疑と言った様子。俯いたままああでもないこうでもないと唸っている。
その姿にもうひと押し必要だと感じたアルは、尤もらしい理屈を捻り出す。
「メアのその衣装、生地の柔らかさも再現してるだろ? 肌ざわりは? 実際の袴と比べて違いはあるのか?」
「妾の袴は完璧であるぞ!」
「なら、金属も同じことだと思う」
「そうであるか? ……ふむ、そうじゃな。お主の言うとおり、精進するとしよう」
テンを見倣い自信満々に答えることによってメアを納得させたアルは、その結果に満足すると共に彼女の成長に期待しながら帰途につくのであった。