51話 その扱いは三者三葉
自然界には毒を持つ蛇が存在する。
纏めて大蛇と呼ばれる召喚獣やモンスターも、その特性を引き継いでいる。
基本的に大きなものほど強くなる傾向にあるが、小さな蛇は毒を持っていることが多いために厄介な存在だった。
スキルヴィングが使役する大蛇は出血毒と呼ばれる毒を持つ。
これは血を凝固させる物質を分解し、強制的に出血を強いるものであった。
「ふんっ!」
スミルトは蛇を掴み、握り潰した。
いくら生命力が強いとはいえ、頭の辺りを潰せば近いうちに絶命する。
そして自然界の蛇とは違い、その毒も魔力で出来ているために本体が霧散すれば毒も消え去る。
しかし、咬まれた個体を見失えばその先に待つのは死である。
スミルトは精霊との親和性が低く、解毒の精霊術などは使えない。
回復の精霊石なら持ち歩いているが、解毒の精霊石は持ち合わせていなかった。
迫りくる三対の狼を躱しながら移動を開始するスミルト。
天井から音も無く自由落下する蛇を気にしている余裕はなく、一定の場所に留まらないことでそれに対処する。
その動きに二対の獅子が立ち塞がる。
剣を左から薙ぎ、勢いのままに振り返る。
「やはりか」
彼の予想は的中した。
こちらの動揺や、ほんの一瞬生まれた隙を狙う【神速】。
それは毎回背後からやって来る。
獅子を狙ったその剣は振り向きざまに【神速】の狼を切り裂いた。
「覚悟っ!!」
この機を逃す手はない。
恐らく動揺しているであろうスキルヴィングに向かって走るスミルト。
間に群がる巨人たちを手早く細切れにし、同時に迫る獣の群れも次々と斬り付ける。
そこへ闘牛二体が勢いよく突進してきた。
右へ躱しつつも腹の辺りを斬り上げ、一体を処理する。
様子を窺っていた一群がスミルトに迫るが、体を器用に回転させながら全てを切り裂く。
続けざまに襲いくる猪たちの突進を、宙に回避しながら一太刀で仕留める。
それら全てが一呼吸の間に行われたが、再召喚は今もなお続いている。
本人の意思に関わらず永続的に召喚され続けるそれは、動揺などとは無縁。遅延すらなく次々と蘇る。
「――っ!!」
またしても地から足を離してしまったスミルトを【神速】が襲う。
体を回転させながらも狼の爪を剣で弾く。
そして着地する瞬間のスミルトに狙いを定めた闘牛二体が走る。
一度目の突進で通り過ぎたはずの一体はスキルヴィングの手により再召喚されていた。
回転する勢いのままに着地していては次の行動に支障が出る。
その僅かな硬直を逃すまいと迫る二体の闘牛。
圧倒的質量をその身に食らっては骨ひとつでは済まないだろう。
スミルトは思考を巡らせる。
斬ったとしても霧散するまでにはタイムラグがあり、慣性のままに押し寄せる肉塊に押し潰されるだろう。
剣の腹で殴り飛ばすにしても耐久力的に不安が残る。
地面を蹴り自身が飛び退く瞬間に合わせて剣を振れば壊れることはないだろうが、スキルヴィングと距離を空けることになる。
そして、それは同時に剣で受け止めるという選択肢も消える。
好機を逃すまいと、スミルトは左手を捨てることにした。
すべての勢いを左手に乗せ、闘牛の首元を殴り飛ばした。
横合いから殴ることで闘牛二体を弾き、進路を変更させる。
手甲が砕け、そして自身の指の骨も砕けるほどに力を込めた一撃。そうでもしなければならないほどに、闘牛の突進は驚異的な威力を誇る。
懐に忍ばせた回復の精霊石の近くに左手を持っていき、ミストヒールの範囲内に収める。
戦闘中に使えるようになるまで回復することはないだろうが、痛みが和らぐことで気休め程度にはなるだろう。
そうして獣の群れを倒しながらも、間に割って入る巨人たちを確実に仕留めていく。
【神速】の狼はこちらの隙を狙ってくるだけで、攻撃の頻度はそう高くない。ならばそのダメージは許容し、スキルヴィングとの距離を詰めることだけに意識を集中させる。
近付くことによって相手の連携も単調なものとなっていく。
これはスミルトの狙いのひとつ。
まさに鬼神の如く猛るスミルトに対し、スキルヴィングにも焦りが見え始めた。
霜の巨人と、その取り巻きである二体のゴーレムと一体のサイクロプス。それらの二群がスキルヴィングの盾となるべく寄って来る。
しかしそれは悪手。
これはスミルトの思惑通りの展開であり、激しさを増す戦闘においてそれを行うことは至難の業であると考えた。
目論見通りに巨人の群れも、こちらに狙いを定める闘牛や猪も、そして群れを成す三群の獣たちも、そのすべてを確実に仕留めていった。
「ぐふっ――」
スキルヴィングは涎を垂らしながら胸を押さえ、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
それと同時に全てのエインヘルヤルも霧散する。
倒れるスキルヴィングの前に立つスミルト。
「老いとは残酷なものだな」
魔力欠乏症。
体が痙攣を起こし意識が朦朧とする中、スミルトを見上げようと藻掻くスキルヴィング。
しかしそれは叶わない。
どんな者でも、どれだけ強い意志があろうとも、どれほど切に願ったとしても、魔力が切れると何もできなくなる。
魔力の糸も途切れるため、霧散した魔力が還って来ることもない。
スミルトはこれを狙っていた。
四九体もの召喚獣。その一体一体すべてを正確に把握し、的確に再召喚を行うことは至難の業である。
ましてや激化する戦闘の最中、冷静に対処するのは不可能かと思われた。
スキルヴィングを焦らせることでそれの成功率を下げる。
近付くことにより次々と襲わせ、処理する数を増やす。
予想通りにスキルヴィングの許容量を超えたため、召喚獣を何度も仕留めることに成功した。
スキルヴィングがあと十年若ければ結果は違ったものとなったであろう。
四九体もの加護を受ける彼は、神獣の加護に匹敵する力を得ていた。
本人が戦えば、この結果を覆すことも不可能ではない。
しかし、その絶大なる加護を得ようとも本人が戦えるような年齢ではないことが宝の持ち腐れであり、スミルトはそれを残酷と表現した。
老いた体では血圧の上昇や心拍数の増加に耐え切れず、すぐに倒れることになる。
それは本人が一番自覚していることであり、だからこそ戦闘のすべてをエインヘルヤルに預けていた。
スキルヴィングの心臓に剣を突き立てる。
「やはり、猊下では聖王は務まらない」
それでも参加したということは何か裏がある。
「ロプトの言ったとおりだな」
そう呟き、ゆっくりと剣を引き抜く。
血を拭っていると、四体の召喚獣が姿を現した。
「心配を掛けたな。俺は無事だ」
右手で順番に頭を撫でるスミルト。
左手は未だに痛みを伴っていたが、それも回復の精霊石ですぐに完治するだろう。
一通りじゃれ合うと、スミルトは召喚を解除した。
圧倒的な戦闘能力を持つスミルトは魔力量も人一倍に多かった。これほどの戦闘後であっても休息の必要がないくらいには余裕がある。
魔力を余らせるくらいならばと召喚獣を使役する彼だが、召喚獣を戦わせることはしなかった。
これは彼の戦闘スタイルであり、最も効率がいいと自負している。
自身の戦闘力を加護で伸ばす。
戦闘が長引き魔力に余裕がなくなれば、召喚を解除して魔力を回収。戦闘力は多少落ちるが、スミルト自身が強いので問題はない。
召喚獣がダメージを負い、魔力を浪費してしまうことを嫌った彼が確立した戦い方である。
スキルヴィングを一瞥したスミルトは刹那に哀れみの表情を浮かべ、死体を放置したままその場を去った。
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一方その頃、エリアルの街。
教会敷地内のとある部屋の中で、テュルティは召喚獣たちと戯れていた。