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50話 脳筋的接触行為

 子供の頃に体験したことは心に大きな影響を与える。

 それが良い事であれ悪い事であれ、その時抱いた感情は本人の自覚の有無に関わらず心に残り続けるものである。


 人と触れ合うこともその一環。

 思想や価値観などは個々人により千差万別で、そんな多種多様な人たちと関わることで心を強く刺激する。

 それら全てが心を育てるということで、それは今からでも遅くはない。


 というのがメアの持論である。




「では、もう一度じゃ」


 メアの掌底を左手で下に弾く。

 弾かれた右腕を曲げ、素早く踏み込みアルの脇腹目掛けて肘鉄を繰り出すメア。

 それに対してアルは右足で地面を蹴り、左足を軸に体を回転。そのままの勢いで相手の後頭部目掛けて右肘で攻撃――しようとしたところ天地がひっくり返った。


「まだまだのようじゃな」


 メアは屈むと同時に体を回転させ、左足でアルの軸足を払った。

 それによりアルは宙を舞うかのように盛大に転ばされたのである。



「やっぱりこれ、なんか違くないか?」


 メアが言うにはこれも触れ合いの一環。

 全部やると言った手前無下に断るわけにもいかず、アルはメアと手合わせをすることになった。

 しかしこれはメアの趣味ではないのか。そんな疑問が拭えなかった。


「何を申すか。手合わせすることで相手の心に触れるのじゃ。これも一種の触れ合いであるぞ」

「そんな武の極致みたいなこと言われてもなぁ」

「お主も強くならねばと言っておったであろう。これならば二つを同時に行えるではないか」


 確かに体の動かし方を覚えることに関しては役立っている。

 だが、心に触れるという感覚は露ほども理解できなかった。


 そして何よりメアは教え方が絶望的に下手だった。

 抽象的な表現ばかりで具体性に欠けるため、何を言っているのか理解に苦しむ。

 これも天才肌と言うのだろうか。驚異的な反射速度と直感を頼りに動く彼女の助言は参考にならず、何度も繰り返して覚えるしかなかった。


「とにかく、今日はもう町に戻ろうか」


 気付けば既に日暮れ時。

 海に沈みゆく夕陽を眺めながら氣を練り、治癒能力を強化して小さな傷を治す。


 ここはマーゲルの町近郊。

 リュマの街から半日ほどの距離に位置する港町で、海を見るためにやって来た。

 海沿いを歩きながら景色を一望し、岩礁地帯では干潮により取り残されてしまった魚に触れ、砂浜では海に足を浸ける。

 普段のアルなら絶対にやらないであろう体験をしていると、メアから手合いの申し出があった。

 砂浜なら怪我をすることもないだろうとアルは承諾した、といった経緯である。



 あらかじめ氣を大量に練っておき、複数の加護を意識する。そうすることでメアとの手合わせもある程度は形になった。

 氣を循環させる技術がまだまだなので長続きはしないが、それでも速度に関してだけなら対等に渡り合えているように見える。

 もっとも彼女が本気を出しているとは限らないのだが。




 町に戻るとフィッシュサンドを買い、宿でそれを食べながら明日の予定を立てるアルたちであった。




------




 ここはワセトの街近郊にある【丘陵回廊】。

 そこに居るはずのない男がスキルヴィングの前に現れた。


「リバルドル猊下。覚悟してもらおう」


 ダンジョン奥地にて本来ならば出遭うはずのない二人が対峙することになったのである。


「ヘズリム猊下!? なぜここに……いや、自分が何をしているのか理解しておられるのか?」


 スミルトは既に剣を抜いていた。


 ただならぬ雰囲気。

 覚悟を決めた表情。

 そして真っ直ぐ見据えられた眼からは強い意志を感じさせる。


 何を言っても無駄であろう一触即発の空気ではあるが、それでもスキルヴィングは対話を試みた。


「猊下はこのような愚行の先に何を視ておいでか!? 聖下になんと申し開きをするつもりか」


 矢継ぎ早に行われた二つの問いに、スミルトは眉一つ動かさなかった。

 聖下という言葉にすら反応を見せない彼に、もはや問答は無用だと悟る。



 姿勢を低くし、足に力を込めるスミルト。

 意を決したスキルヴィングは臨戦態勢に移る。


「永続召喚――【エインヘルヤル】」


 一斉に出現した四九体の召喚獣。


 これはスキルヴィングが契約した召喚獣すべてを同時に召喚するものであり、彼はそれをエインヘルヤルと呼んだ。

 多種多様な召喚獣を一括りに纏め、名前を付けることによってイメージ構築の手助けとする。

 それでも完璧に行うためには途轍もない修練が必要であり、彼の長年による知識と経験がそれを可能にした。


 そして永続召喚。

 四九体の召喚獣はスキルヴィングが解除するまで永続的に召喚され続ける。

 何度倒されようが、召喚主の意思に関係なく何度でも蘇る。


 まさに死の軍勢。


 恐れを知らぬ獣たちがスミルトを襲う。


「小賢しい」


 目の前に立ちはだかる三体のゴーレム。

 それを一刀のもとに斬り伏せるが、土塊になりながらもスミルトの進路を妨害する。

 立ち止まったスミルトに、土塊の背後から二体のサイクロプスが棍棒を振り下ろす。

 その一撃はゴーレムが霧散すると同時にスミルトを襲った。


「なんの!」


 返す刀で二体の手首を切り落とし、体を回転させながら二体のサイクロプスを蹴り飛ばす。


 その間にスミルトの後ろに回り込んでいた三体の狼が飛び掛かる。

 地面から足を離してしまったスミルトは左手で大地を弾く。回転しながら狼の突進を回避し、地面に着地。その瞬間を狙ったもう一体の狼が目にも留まらぬ速さでスミルトの脇腹を抉った。


「クッ!」


 それは極まれにみられる狼の特殊能力【神速】。

 尋常ならざる速度で迫る攻撃に対処できず、ダメージを許してしまう。


 しかし、それにかまけている場合ではない。

 間髪入れずに左右から二体の獅子が迫りくる。

 右に一歩踏み込み下から獅子を一刀両断。そのまま振り返りつつ上からもう一体の獅子も真っ二つにする。


 そうして体の異変に気付く。自身の体温が下がり始めているということに。


「霜の巨人か」


 二体のゴーレムの背後には霜の巨人が隠れていた。それがスミルトの両側に一体ずつ。

 早く処理しなければ体が思うように動かなくなる。


 迫る狼と獅子を斬り付けつつ右側のゴーレムに肉薄。そのまま霜の巨人もろとも両断しようと剣を薙ぐ。しかしそれは空を斬った。

 巨人たちの背後に控えるは風の精霊二体。その精霊術により後退させられたのだ。


「ちぃっ」


 直後に背後から【神速】の狼。続けざまにサイクロプスの棍棒。

 エインヘルヤルの連携によりスミルトは劣勢に立たされていく。



 それでも彼は思考を止めない。

 迫りくる獣たちを斬り伏せながらも霜の巨人を両断する。

 ついでとばかりに風の精霊も処理。

 そして反対側にいる霜の巨人のもとへと急ぐ。



 倒しても倒しても召喚され続けるそれらを相手にしながらも着実に距離を詰める。

 しかし、ゴーレムのもとへと辿り着く前に、倒した霜の巨人は既に再召喚されていた。

 お互いに距離を取っているため、纏めて殲滅することはできない。



 狙いを変更すべきかとスキルヴィングのほうへと視線を向ける。

 二人の間にはゴーレム三体にサイクロプスが二体。そして彼の隣には闘牛と猪が二体ずつ控えていた。

 それに加え、先程から絶え間なく攻撃してくる二対の獅子と三対の狼。それらは一つの群として編成されており、それが三群存在していた。

 必ず一群は彼の近くでこちらの隙を窺っている。

 強引に突破しようとすれば手痛い反撃を食らうことになるだろう。



 死なない程度に手足を切り落とし、動けないようにすることも考えた。

 しかし、手首を切り落としただけのサイクロプスが再召喚されていたことからそれは見送られた。

 怪我が治るまで待つより再召喚したほうが断然早い。

 スキルヴィングは戦闘に参加しない分、周りをよく観察して適度に再召喚を行っていたのだ。


 スミルトに斬られる直前に召喚を解除し、ダメージを受けないようにすることで魔力の浪費を抑える。

 長年の鍛錬により無詠唱で、そして素早く召喚する技術は恐ろしいほどに洗練されていた。



「――クッ!?」


 剣を振り続けるスミルトは突然の痛みに顔を歪ませる。

 見れば肘の辺りに全長八十センチほどの蛇が咬み付いていた。


 天井を見上げるスミルト。

 そこには複数体の蛇が(うごめ)いていた。

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