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5話 眼の奥に宿るもの

 二人は街の中心に向かって歩いていた。


 アルが利用している宿は南側にあり、冒険者ギルドは東の端の方にある。これはダンジョンの方角に当たる。

 冒険者は根無し草な人が多いため、東側の宿は必然的に人気が高くなる。そうなると料金も高い。

 なのでアルは少し離れた南側の宿を利用していた。


 ギルドへ向かうはずの二人がなぜ中心街に向かっているのかと言うと――。


「妾は街を見て回りたいぞ」


 端的に言えばメアの私情である。

 これではどっちが付き従っているんだかと呆れもしたアルであったが、別に急ぐ必要もないかとその提案を受け入れた。



 この街はメアにとっては新鮮なようで、見るもの全てに興味を惹かれていた。


「あの列はなんじゃ? 甘味処であるか?」


 中心街までやってきたとき、教会から延びる列が気になったようだ。甘味と結びつける辺りメアらしいなと、アルは思わず笑みがこぼれた。


「あの建物は教会。あの列は神託の儀の順番待ちだな」

「ふむ。その儀とやらは何をしておるのだ?」

「お布施をすれば本人の資質を見極めてくれるんだ。追加でお布施をすれば詳しく見てもらえたり、導いてくれたりするらしい」

「お主はしておらんのか?」

「俺はまぁ……してないな」


 神託の儀は国が推奨するほどの高い的中率を誇ると言われている。

 義務というわけではないが、小さな頃に自分の才能を知ることで得られる恩恵は計り知れない。小さすぎると外れることも多いので、推奨年齢は八歳前後とされていた。


「お主もしておれば自分を正しく見積もれておったであろうに」

「ぐっ……」


 耳が痛い。

 実際お布施も少額なので、やらない理由は無い。しかしアルは意固地になり、それを拒んでいた。現実を突き付けられるのを恐れていたと言ってもいい。


 話の深堀りを避けようと、アルはこの話題をメアに投げ返した。


「気になるならメアもやっていくか?」

「妾には必要あるまい。妾のことは、妾が一番良く理解しておる」


 あの戦いぶりを間近で見せ付けられたアルは納得するしかなかった。いや、あれを戦いと呼んでもいいのか(はなは)だ疑問ではあるが、それほどまでの圧倒的な力を見た。

 それに獅子といえば百獣の王。やらなくても闘士と言われるのは分かり切っていた。


「そういやメアってその状態でも戦えるのか?」


 ふとした疑問が浮かんだ。


 もし戦闘になったときにメアが獅子の姿で戦い、それを誰かに見られるのはまずいのではないだろうかと。

 二メートルの獅子でさえ珍しいのだ。それを優に超えるメアは規格外と言えるだろう。

 そんなメアが獅子の姿で暴れ、それを従えている者が居ると分かれば槍玉に挙げられるのではないか。下手をすれば討伐隊が組まれる可能性も否定できない。


 それにダンジョン内だと当然狭い場所もある。そこで戦うことができなければ、相応の対策を練る必要が出てくる。


「心配無用じゃな。妾は無手も心得ておる。それに薙刀があれば妾は無敵じゃ」

「これまた珍しくダンジョンに不向きな武器を使うんだな」

「お主は逆に小さな武器を使っておるな」


 アルは刃渡り四十センチ程の短剣を使っている。


「取り回しがいいからな」


 ダンジョン内で長物を振り回せる場所は限られる。狭所での戦闘も考慮して短剣を使用しているのだが、それもシーレの力を借りれば無用だったりする。

 しかし何が起こるか分からないのがダンジョン。前日のような事態に陥る可能性も充分にある。


 狭所での戦闘を避けるためでもあった回り道は、どうやらお気に召さなかったようだが。


「あの広さであれば長物も使えるであろうに」

「……狭かったら通れないでしょ」


 アルは聞き取れないほどの小さな声で呟いた。


 あの大きさのメアが通れる道をわざわざ選んだのだ。しかし、それをそのままこの可憐な少女に伝えてもいいのだろうかと悩むアル。

 むしろ、メアなら壁を砕きながらも振り回しているのではないかと要らぬ想像をしてしまったせいで口元が緩む。


「お主、何か失礼な事を考えておらんか?」

「いや、別に……頼もしいなと、思ってな」


 誤魔化すように取り繕うアルであったが、笑ってしまわないよう気を付けながらの発言であった。

 これ以上要らぬ出費を重ねるのは良くない。ただでさえダンジョンに鞄を捨ててきたのだ。お勧めの一品が増える事態は避けたかった。


 ギルドへ向かっているのも預けているお金を引き出すため。今日は必需品を買い直そうと出掛けたのだ。


「後で武器屋にも寄っていくか」


 薙刀は珍しい武器なので、いくらするのか覚えていない。

 物自体はさすがに取り扱っているだろうが、あの大きさなら値段もそこそこするはず。下見だけでも済ましておいて損はないだろう。


 そうこうしている間にギルドへと到着した。




「そんなわけねぇだろ!」


 中に入ると一人の男が騒いでいた。


「で、ですから昨日の夜に帰還報告があったようです」

「あの状況からどうやってだよ!? 何かの間違いなんじゃねぇのか!?」


 周囲の目も気にせず大声で職員を怒鳴りつけている。


「俺らは今帰ったとこだぞ! あの無能が生きて帰れるはずねぇだろ!」


 この大剣を背負った男。できれば顔も見たくなかった男。


(あぁ、そうか。やっぱりこいつもなのか)


 アルの顔から表情が去っていく。心に温度が感じられなくなっていく。

 無機質になったアルは、男とは別の受付へと向かった。


「お金を全額下ろしたいです」

「……少々お待ちください」


 顔見知り程度にはアルのことを知っていた新人職員は、その顔を見て一瞬だけ驚いたような表情を見せる。近くで騒ぐ男のお陰と言うべきか、そのせいでアルの様子が普段とは違う理由が理解できた。

 それにしてもなんと間の悪いことかと同情を禁じ得ない彼女は、それ以降はいつも通りに対応しようと心掛けた。


「ちょ、ちょっとレックス、あれ……」

「んだよ! こっちは――」


 アルの存在に気付いたレックスが固まる。顔が青褪めていく。

 しかし、アルはそれに気付かない。男の方へは一切視線を送らず、ただただ職員を待っていた。


「よ……よぉ、アル。い、生きてたんだな、嬉しいぜ……」


 男がアルに近付きつつ話し掛ける。その足取りは覚束無い様子だった。

 まるで死人でも見たかのような顔で男は続ける。


「……あの状況で、よく無事だったな……」


 それでもアルは無反応を貫いた。いくら話し掛けられようと、居ない者として扱った。



「お待たせしました……」


 暫くして職員が気まずそうにお金を持ってやってくる。

 普段通りの対応を心掛けようとしたはずの彼女は男の顔を見てそれどころではなくなった。それもそのはず。


 男の顔は怒気を孕んでいた。


 アルを睨み付け、今にも爆発しそうな様子にこれはまずいのではないかと思いながら、恐る恐る受け皿を差し出した。


「ありがとうございます」


 当人はそれを気にも留めずにお金を受け取ると、そのままギルドの出口へと向かった。

 無視され続け、あまつさえこの場から立ち去ろうとするアルに対し、我慢の限界に達した男が吠える。


「てめぇふざけてんのか!? 人が下手に出てんのに無視はねぇだろ! 無能の癖に粋がってんじゃねぇよ!!」


 その言葉にようやくアルは反応を示した。

 振り返り、ただ一言。


「二度と俺に関わるな」


 冷たくも力強い眼。男はその眼の奥に獅子を見たかのような錯覚を覚えた。


 相手は格下のはず。昨日まではそう思っていた。見下していた相手に対して何も言い返せなくなった。

 固まったままのレックスは去っていくアルと、それを気に掛けるようにして後を追う少女の後ろ姿をただ呆然と眺めていた。




「クッソ! 一体何なんだよアレは!?」


 その声がアルに届くことはなかった。

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