47話 教唆
静寂に包まれた会議室に二つの足音が響く。
スキルヴィングと、それに支えられて歩くフロージ。
独りでも歩けるとフロージはのたまうが、心配性のスキルヴィングがそれを良しとはしなかった。
他の者は既に席に着いている。静かにその様子を見守っていた。
「では、会議を始めるとしよう」
全員が席に座ると九度目の会議が開催された。
議題は昨日、ロプトより発案された内容の是非について。
聖王不在の中で発議されたため、色々と確認を取らなければならなかった。
フロージは三日開けて、六度目の出席になる。
「聖下は今現在、あちらへと渡る余力がなく、我らを単身向かわせる気もない。という認識で進めております」
【異界の扉】。
それはケルベロスの加護であり、あちらの世界へと繋がる扉。
一度閉じると再度出現させたときには別の位置に繋がってしまう。それはつまり、フロージと共に踏み入れなければ取り残されてしまうということ。
開け放っておくにしても、そこから漏出した残滓が身体を蝕む。そして、その場所はダンジョンと化す。
フロージが頷いたのを確認したスキルヴィングはそのまま続けた。
「聖下は我々の実力にご不満の様子。ならば、我らの力を誇示したいと考えております」
「ふむ。詳しく聞こうか」
「はい。ここからは発案者のロプトから説明をさせましょう」
スキルヴィングが着席すると、立ち上がったロプトが続きを引き継ぐ。
「簡単に言ってしまえば、ダンジョン奥地にある封印石の回収。それで力を示そうと思ってるんだ」
異界へと渡ってきた聖王たちが造り上げたダンジョン。その広大な洞窟のどこかに隠した封印石。
それを探し出せるほどの者なら実力十分ではないかとロプトは考えた。
最奥ともなれば残滓の濃度が濃く、スミルトのように体調を崩す。
これは試金石として有用であると前日の会議で結論付けた。
「他にも目的があってね。マクシムが持ってきた文書を解読できれば戦力になるからね。そのためにも回収しておいて損はないと思うんだ」
フロージが納得する実力を示せるかどうかはともかく、回収すること自体の有用性を主張する。
そうしてロプトはフロージの顔色を窺う。
あと一押しだと判断したロプトはさらに続けた。
「もっと言うとね、扉を見付けることが出来ればそこから向こうに行けるし、そうしたら聖下も納得できるんじゃないかなぁ」
それはフロージが提示する条件を満たせるのかを試すということに他ならない。
採用されると確信したロプトは着席した。
「聖下、いかがでしょうか」
少し考えたフロージは、ひとつ頷いてから口を開く。
「では、期限を設けよう。その間に扉が発見された場合、皆で適正を確かめる。発見に至らぬときは、半月以内に封印石を単身持ち帰った者を聖王とする」
「……難題だな」
スミルトが呟く。
他の者も同様の反応を見せる。
独りでダンジョンに潜るとなれば、攻略の難易度は格段に跳ね上がる。
それを成し得るほどの強者でなければ次代の聖王は務まらないのだと突き付けられた。
「持ち帰れなかったときはリーブルが継ぐとして、扉の期限はいつまでかな?」
普段通りの軽い口調で問うマクシム。
「三か月。もちろん、往復の時間は考慮する」
「なるほどね」
「異論がなければ誰がどのダンジョンへと赴くのかを決めよう」
「それならこれでどうかな?」
ロプトはこうなることを予見して、ダンジョンの名を記した紙の束を用意していた。
「それぞれ引いて、恨みっこなしでどうかな?」
「それで良いだろう」
まずは年長者であるスキルヴィングから紙を選ぶ。
「私は【丘陵回廊】のようだ」
「次は俺だな。【大地の裂け目】だ」
「ヘズリム猊下は私と近いようだな」
「お互い、遠い地になったな」
次に中間層のディルムとリーフェ。
「げっ。【山岳洞窟】とか一番遠いじゃねぇか」
「私は【鉄の森】でした」
「リーフェは近くて羨ましいぜ」
「お互い、頑張りましょう」
励まし合う二人を横目にロプトが告げる。
「僕は最後にするよ。発案者だからね」
「そう? なら、先に選ぶね。【奉仙峡】だったよ」
「あたしがそこ行きたかったのに! マクシム、ずるいっ!」
「こればかりは運だからね、仕方ないよ」
「むーっ。じゃ、これ! 【荒野の坑道】かぁ」
「残ってる中では近い方だね」
「そうだけどさぁー」
最後に残ったロプトが選ぶ。
「僕は【渓谷の洞穴】だね」
全員が引き終えるとフロージが宣言する。
「明日から開始とする。それぞれ、単独で励むように」
独りで挑むようにと念を押す。
そうして会議はお開きとなった。
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翌朝、ロプトはスミルトの部屋を訪ねた。
「どうした?」
「ちょっと、ね……」
「? とりあえず、中に入るか?」
「そうするよ」
珍しくも躊躇いを見せるロプトを部屋に招き入れるスミルト。
紅茶を出し、彼が落ち着くのを待つ。
二口ほど紅茶に口を付けたロプトはようやく言葉を発した。
「リバルドル猊下のことなんだけど、どう思う?」
「どう、とは?」
何やら言い辛そうにするロプトは少し間を置いてから重い口を開く。
「これはただの想像でしかないんだけどさ、猊下はマクシムを聖王にする気なんだと思うんだ」
「話が飛躍してないか? そうする道理がない」
突拍子もない言葉にその真意を問い質すスミルト。
「聖下の言葉がすべてだろう?」
「そうなんだよね。そこが問題なんだ」
「どういうことだ?」
またしても言い淀むロプトに多少の苛立ちを募らせる。
「何か理由があるならはっきりと言ってみせよ」
スミルトは遠い地へと赴かねばならず、話があるならさっさと済ませたかった。
その苛立ちを感じ取ったロプトは意を決したように語り出した。
「封印石を持ち帰った者が次の聖王だと聖下は言ってたよね。リバルドル猊下はもう歳なんだから、普通は辞退すると思うんだ。でも猊下は参加した。聖王になれば、次の聖王にマクシムを指名できるよね?」
言い表せない衝撃がスミルトを襲った。
折り曲げた人差し指を額に当て、暫く考え込むスミルト。
「そんな……いや、まさか」
信じられないといった様子のスミルトに、ロプトはさらに続けた。
「半月は確かに短いと思う。それでもリバルドル猊下なら長年の知恵と知識でやり遂げる可能性は高いと思うんだ。封印石探しなら、たぶん一番の適任だと思う」
様々な憶測が頭の中を掻き乱し、スミルトの表情は青ざめていく。
彼が疑心暗鬼に陥ったとみたロプトは最後の追い込みに入った。
「それにさ。扉を見付けた場合、テュルティが一番長く向こうに居られるはずなんだよね。魔力量が一人だけ突出してるしさ。でも、猊下がそれを許すと思う? テュルティも聖王にはなりたくないみたいだし。となれば、残るはマクシムか……」
「俺、ということか」
すべてが繋がった。
そうなるように誘導されてしまった。
「俺は恐らく……いや、間違いなく辞退するだろう」
彼の性格を熟知しているロプトは、部屋に入る前から確信を持って話を組み立てていた。
会話の流れ。
空気の作り方。
彼を苛立たせたのも視野を狭くするため。
すべては計算された演出だった。
スミルトをけしかけるための謀略。
それは一昨日に発議した時点から既に進行していた。
「どっちにしても、リバルドル猊下の目論見通りに進むことになると思う」
俯いたまま考え込むスミルト。
見たこともない彼の動揺する姿に満足したロプトは椅子から立ち上がった。
「それだけ伝えたかったんだ。時間を取らせてごめんね。僕たちもそろそろ向かおう」
「あぁ」
心ここにあらずといった様子。
生返事をする彼に「それじゃね」と別れを告げ、ロプトは部屋を出た。
「どうなるかは帰ってからのお楽しみだよね」
にやけた顔のロプトは小さく呟く。
「さてと。リバルドル猊下も行ったようだし、僕も準備をするかな」
そうして小躍りするかのように自室へと戻っていった。