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45話 彼ら彼女らの所感

 枢機卿による次代聖王選出会議は五日間行われたが、未だに何も進展しないままであった。



「リバルドル猊下。聖下の様子はどうだ?」


 廊下でスミルト・ヘズリムに呼び止められたスキルヴィングは振り返る。


「あまり芳しくない。心労がたたっているのやもしれぬ。食事もあまり摂られてはいないようだ」

「そうか。体力的にも連日の会議は堪えるだろうな。明日からは我々だけで行うのがいいだろう」

「聖下に進言しておこう。しかし、魔力にも陰りが見えるとおっしゃっている。どちらにせよ、先は長くない」

「ならば早急に決めねばならんな。ケルベロスを宙に浮かせるわけにはいくまい。聖下もそうお考えだろう」


 ケルベロスの能力は自身を封印することはできない。


 狂犬の召喚陣は世間に広く知れ渡っているため、契約者不在になると誰に召喚されるか分かったものではない。

 もちろんケルベロスが契約を断れば問題はないが、聖王よりも面白そうな者に召喚されたと彼が感じてしまった場合、教会に未来はないだろう。


「ヘズリム猊下は次代の聖王に……いや、止めておこう。ここで話す内容ではない」

「そうだな。あまり誉められたことではない。会議での発言が私の全てだ」


 あくまでも聖王の意思を尊重したいとスミルトは主張していた。


 ここ数百年、魔王を討ち取ったと公表できておらず、聖王への信奉心が薄れている。平和な世の中でそれを育むことは難しい。

 あちらへと渡ることができなければ、このまま教会はやせ細っていくだろう。

 リーブルがどれほど危険な存在であろうと、彼の力を疑う者などいない。ここで何か手を打つべきだという聖王の意見にスミルトは賛同していた。



 もっとも彼の場合、聖王への信奉心がそうさせている部分が大きい。

 彼にとっての聖王とは、もはや偶像となった初代聖王の理念を継承する者であり、大昔に描いた理想を実現するために全てを捧げる敬虔なる信徒。


 そういった認識のスミルトだが、彼自身が盲目的信徒であるとの自覚はなかった。


「ままならないものだな」

「本当にな」


 スキルヴィングは彼のそういった一面を。

 スミルトは現状を。


 それぞれ憂えていた。




------




 この五日間、マクシムは発言を控えていた。

 そんな彼の様子に違和感を覚え、マクシムの部屋を訪ねることにしたテュルティ。

 談合を疑われかねない急な訪問であったが、マクシムはそれを気にすることなく快く部屋に招き入れた。


 紅茶を淹れてもらい一息つくと、テュルティが話の本題に入る。


「マクシムがさ、どう思ってるのか気になっちゃって。あんまり喋ってないよね」

「そうだね。もしかして、リバルドル猊下の言ってたこと気にしてるの?」


 マクシムは感性が鋭く、理論よりも感覚に従うことが多い。

 今回もテュルティの言わんとするところを察したらしい。


「うん。おじいちゃん、余計なこと言っちゃったんじゃないかなって」


 スキルヴィングは枢機卿の中で一番の古株。そんな彼が聖王の意見に反対し、対抗馬としてマクシムの名を挙げた。

 話の流れとして他意はないのだろうが、それによりマクシムが意見を述べる機会を奪ってしまったのではないかと感じたテュルティ。五日間も自己を主張しない彼を見ているうちに、そんなことを考えるようになった。


「リバルドル猊下の意見もひとつの所論だよ。ほら、テュルティもロプトを例に挙げたでしょ? それと一緒だよ」

「そうなのかな?」

「うん。相応しい人を決める会議だからね。いい所も悪い所も、個々人の評価を論じることは何も悪いことじゃないよ」

「う~ん、よくわかんないけど。マクシムは誰がいいと思ってるの?」


 問われたマクシムは少し考える素振りを見せた。


「正直言うとね、興味ないんだ」

「そうなの?」


 彼の言葉が真実であるのかをテュルティに判断することはできなかった。


「うん。強いて言えば聖下の意見を尊重したいところだけど、一番はみんなが納得する形で結論が出るといいなって。それだけだよ」


 それはマクシムらしいと思わせる回答だった。

 胸を撫で下ろしたテュルティは紅茶を飲み干すと、いつもの調子に戻る。


「そっかぁ。なら、マクシムも納得できるようにしなきゃね」


 そう言って立ち上がったテュルティは胸の前で二つの拳をつくる。


「じゃ、そろそろ行くね。あ、紅茶ありがと」


 そうしてテュルティは部屋を後にした。



 切り替えの早さとその落差はさすがに予想外だったらしく、マクシムは心を落ち着かせるようにゆっくりと紅茶を飲み干し、呟く。


「読めないなぁ」


 マクシムの感性をもってしても彼女は異質だと思わせる存在であった。




------




 ロプトは談話室の扉に手を掛けると、話し声がするのを確認してからその扉を開けた。


 案の定、中ではディルム・ジルソールとリーフェ・ロマーニが談笑していた。


「やぁ。会議、お疲れ様」


 前回の失敗を繰り返さないように、また、その話を思い出させないよう気さくさを演出しながら声を掛ける。


「おう、スコルド猊下もお疲れ」

「……おつかれさまです」


 ディルムに気にした様子は見られなかったが、リーフェはそうでもなかった。

 少し早かったかと後悔するも、今さら戻るわけにもいかない。せめて一服する時間くらいは留まろうとティーポットに手を伸ばす。


 中は既に空になっていた。

 埋め込まれた水の精霊石に触れて中を満たす。次に火の精霊石に触れ、お湯を沸かす。


「なかなか決まらないね」


 待っている間に話題を振ってみることにしたロプト。


「難しい問題だよな。聖下の言うこともわかるけどよ、また次の機会じゃダメなのか?」

「たぶん、そう言い続けての今があるんだろうね。聖下も向こうでは一日持てばいい方だったらしいよ」

「そんなにヤバい所なのかよ。聖下の魔力量で無理なら誰が行けるんだ?」

「さぁ? 今のヘズリム猊下の魔力量ならどうだろ? 将来的にはテュルティが一番だと思うけど」


 魔力の総量は四〇くらいまでなら順当に増えていく。

 今年三七のスミルトがあちら側へ行ったのは二十歳の時。今ならば行けるのではないかとロプトは指摘する。


「ヘズリム猊下は精霊との親和性がな。ハティム猊下はその点問題ないけど、あれは聖王って感じじゃないよな」

「あはは。まぁ、人には向き不向きがあるからね、仕方ないよ」


 そうしてロプトは紅茶を注ぎ、一息入れる。



「もう一つの議題も、早めに決めないとね」

「そっちは聖下の意見に賛成だな」


 今やおとぎ話となった聖王伝説。

 召喚士として語られていた聖王が神獣の存在を隠していたのではないか。そんな噂が民衆の間で広まっている。


 おとぎ話から派生した噂など放っておけばいいという意見も出たが、聖王は真実の一部を公表する気でいる。

 ロプトはもう少し慎重になるべきだと主張していた。


「これは言おうか迷ってたんだけどね。聖下はたぶん、泥をかぶるつもりだよ」

「は? どういうことだよ?」

「言葉通りの意味さ。ほら、神獣って誰にでも召喚できるわけじゃないでしょ? だから神獣を使役する者こそが聖王足り得るとか言って、聖下以外は知らなかったってことにするんじゃないかな」

「聖下ならやりかねないか。でもよ、モルドー家はどうするんだ? もう召喚しちまっただろ」

「そのまま不測の事態ってことにすればいいよ。協議が長引いてることの言い訳に使えるし」

「そんなんでいいのかよ」


 認める所は認め、隠す所は隠す。ロプトはその線引きをしっかりと見極めてから公表すべきだという見解であった。

 仮に民衆が「次代の聖王にモルドー家を」などと騒いだとしても、こちらから行動を起こすまでもない。モルドー家がそれを受け入れることはないと断言する。



「さてと。僕はそろそろ行くとするよ」


 多少強引にだが話に区切りを付けたロプトは部屋を退出した。




「ふう。恨まれたかな?」


 ロプトが居る間、口を開いたのは一度だけ。

 元々ディルム以外とはあまり喋ろうとしないリーフェだが、それでもこれはあからさまではないのか。


「だって、談話室であんなにいい雰囲気だとは思わないし、仕方ないよね」


 独り呟きつつ自室へと戻るロプトであった。

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