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42話 それは唐突に

「父上! なぜアレクシスを離れに幽閉したのですか!」


 ルーセントの執務室へとやって来たクレセントは開口一番に怒鳴り声を上げた。


「幽閉などとは人聞きの悪い。本人の自由にさせているではないか」

「離れから出ることを禁じ、あまつさえ家人の立ち入りまで制限することを幽閉と言わずして何というか!」


 ルーセントは恥そのものを隠そうとした。

 その行為に意味があるのかと問われれば疑問が残るが、少なくとも彼の心の平穏を保つということへの意味はあった。


「欲しい物はすべて買い与えている。お前が気にする必要はない」

「ならば……ならば、アルの自由はどうなるのですか!」

「何度も言わせるな。お前が気にする必要はない」


 指南役が去ったあとも一向に芽の出ないアレクシスを見ているうちに、ルーセントの心はどんどん摩耗していった。

 アレクシスが十歳になろうかという頃、彼はアレクシスを離れに追いやった。


「それよりもお前にはやる事があったはずだ。自分の使命をまっとうしろ」

「クッ――! 続きはまた後日聞かせてもらいます!」


 怒りを隠そうともせずにクレセントは去っていった。



 ヴォルテクス家はあれから醜聞をかき消すために色々と動き回っている。王国に貢献することで、恥を塗り潰そうと躍起になっていた。

 それは何かを成すことで気を紛らわせ、あまり考え込まないようにするためでもある。


 ヴォルテクス家当主としての責任。そして親としての責任。

 二つの感情がせめぎ合い、ルーセントの心は千々に砕けていった。




------




「よっ。久しぶりだな」

「フィン兄……」


 気まずそうにするアレクシスの前に現れた男。フィンガル・ヴォルテクス。


「元気してるかなって。不自由してないか?」

「僕は平気だよ。それより……」

「今日は父上も出掛けてるからな。バレなきゃ大丈夫だ」


 クレセントが様子を見に来た日の夜、ルーセントと言い争う兄の声が聞こえてきたのをアレクシスは気にしていた。


「フィン兄まで怒られちゃうよ」

「兄上はわざと見せ付けてるようだからな。俺はまだ父上に逆らう勇気はないわ」


 クレセントの才能は一線を画すものであり、歴代最強の精霊術士になるのではないかと謳われている。

 時期当主の座は確実なもので、ルーセントに反抗できる唯一の人間と言ってもいい。


 フィンガルは精霊術士として優秀ではあるものの、ヴォルテクス家としては及第点。

 彼は剣術の才能があり、さしずめ精霊剣士といったところであった。


「まぁなんだ。兄上がなんとかしてくれるだろ。ミーシア、それまでアルをよろしく頼むな」

「かしこまりました、フィンガル様」


 時間にしてたったの数分。

 それでも今のアレクシスにはとても嬉しかった。こんな自分のことを心配してくれる人たちがいる。

 外出できないのは少し辛いが、召喚士としての勉強まで取り上げられたわけではない。

 ミーシアもずっとそばに居てくれている。


 不自由の中にもまだ希望は残されていた。


「そういや忘れるところだった。これ、姉上からだ」


 そう言って一枚の紙を手渡す。


「俺への手紙の中に入ってた。お前宛てのものだ」


 レティシアは二十歳なってすぐに嫁いだ。

 アレクシスは式に出席することも許されず、かれこれ一年以上も顔を合わせていなかった。


「じゃ、俺はそろそろ行くわ。アル、またな」

「うん、またね」


 あまり長居すると、誰に告げ口されるか分かったものではない。

 ルーセントが付き人を引き連れて外出したのでアレクシスの様子を見に来た彼だが、それでも警戒を怠らない程度には最近のルーセントはなにか恐ろしいものに見えた。



 アレクシスが幽閉されてから一年。

 彼らの父親は身の毛がよだつほどに冷たい眼をするようになっていた。




------




「今回もとても難しそうな本ばかりですね」


 アレクシスは召喚獣に関する書物ならどんな物でも欲しいと伝えていた。

 その結果がミーシアの眼前に高く積み上げられた学術書である。


『召喚獣とモンスターの類似性から予想されるダンジョンの性質』

『魔鉱石の魔力を利用して召喚する方法とその結果』

『各種召喚陣を紐解き新たな種の召喚を試みるための手引き書』

『睡眠時に於ける召喚獣と魔力の因果関係』


 今回そこに追加されたのはこの四冊。

 そのどれもがアレクシスの興味を惹くタイトルであった。


「でも面白いよ、これ。眉唾物も多いけどね」


 十三歳になったアレクシスは基本的なことは全て学び終えているので、こういった類の書物にも手を伸ばしていた。

 過去に与えられていた学術書も今読み返すと興味深い内容ばかりである。


 ミーシアはその中から一つの書物を手に取り、パラパラとめくる。


「私には何がなにやら。召喚陣なんて丸暗記ですよ。アレクシス様は理解してるんですか?」


 失礼な物言いのミーシアだが、アレクシスにそれを気にする素振りは無い。


「確かに難しいのも多いけどね。これなんかどう?」


 そう言って一冊の学術書を選び、ミーシアに手渡す。


「えーっと、召喚の強制解除の原因とその対策……ってこれ、私でも知ってそうなことじゃないですか!?」

「そうでもないと思うよ。距離がどれだけ離れればどんな事が起こるのか、それについて詳しく実験したみたい。結局、個人差があってあんまり指標にはならないけどね」

「ダメじゃないですかっ!」

「結果だけ知るよりも、その過程を理解してるかどうかって大事だと思う。それに、本人の精神状態や体調次第でも色々と変わるみたいだよ」

「召喚術って奥が深いんですね」


 精霊術もそうだが、まだまだ謎の多い召喚術。

 日々実験を重ね、こういった学術書を執筆している人たちがいる。

 その大半の著者はモルドー。

 過去から現在に至るまで、ありとあらゆる研究を積み重ねてきた名家、モルドー侯爵家である。


「分からない事だらけだからね。こうやって色々と実験を繰り返して、少しずつ確かめていくしか方法はないから時間も掛かるし」


 モルドー家は数世代に渡って数々の新説を主張してきた。

 それが現在、召喚術の基礎や基本を形作るものとなっている。


「これなら読めそう」


 アレクシスが渡した学術書はそれほど難しいものではなかった。

 パラパラと捲ってそれを確認したミーシアは、安心して最初のページから目を通していく。



 そうして二人は読書に集中し、夜も更けていくのであった。




------




「アレクシス様。私……結婚することになっちゃいました」


 それは突然の告白であった。


 相手は男爵家の当主。

 これは当然、恋愛の末に結婚などという話ではない。


 貴族ならば政略として、恋愛などすっ飛ばして結婚することは当然ある。

 しかしミーシアは平民。一度も顔を合わせたことのない相手と結婚する意味も理由も無い。

 アレクシスにとって、それはルーセントの嫌がらせとしか考えられなかった。



 居ても立ってもいられなくなったアレクシスは離れを飛び出しルーセントの執務室へと走る。

 その扉を無遠慮に開け放った。


「父上! なぜミーシアを強引に結婚させるのですか!」


 一瞬驚いた顔をしたルーセントだが、すぐに無表情になり執務を続行した。

 それはまるでアレクシスの存在を無いものとして扱っているようであった。


「答えていただきたい! 平民は政略とは無縁! ミーシアにそのような責務など無いはずです!」


 それでも顔を上げることすらしないルーセント。

 数年振りに顔を合わせたというのにこの始末。

 二人の関係は既に親子などでは無かった。


 ルーセントに詰め寄り、執務机を叩きながら強く抗議する。

 そうしてようやっとルーセントは口を開いた。


「決まったことだ。今から蒸し返して何になる。また先方に迷惑を掛ける気か、この恥晒しめ」


 恐ろしいほどに冷たく言い放つ。

 顔を上げることなく放たれた強い言葉にアレクシスは動揺した。

 これはもう自身の知る者ではない。

 父親だと思っていた何かはとても冷たく――。


「追い出せ」


 茫然自失になったアレクシスは、側近の男につまみ出されるようにして離れに連れ戻されるのであった。

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