41話 燻ぶる才能の行方は
ヴォルテクス侯爵家。
精霊術士として王国に名を馳せる名家であり、三大侯爵家の一角。
そんな家に三人目の男児が産まれ、アレクシスと命名される。
産まれた時より専属の侍女があてがわれ、五歳になると専任の教育係が就く。
一般常識もそうだが、特に精霊術についての教育が施される。
例に漏れずアレクシスも勉学に励むことになり、ある程度の魔力操作ができるようになるまでは座学が中心だった。
二人の兄は半年ほどで精霊術の実践訓練を始めたが、アレクシスは一年が経過した今でも座学のみであった。
「やっぱり、才能ないのかなぁ」
悲観するアレクシスに侍女のミーシアは応える。
「成長の速度は人それぞれですよ。レティシア様は一年近くかかりましたが、今では立派な精霊術士になられました。アレクシス様もきっと大丈夫です!」
十歳年上の姉を引き合いに出して励ますが、アレクシスは未だ暗いまま。
少し考えたミーシアは何かを思い立ったようで、手を一回打ち鳴らすと同時に立ち上がった。
「アレクシス様は聖王伝説がお好きでしたよね。でしたら召喚獣を使役できるか試してみませんか?」
「召喚獣を?」
「はい! 私、こう見えても召喚士の適正があるんですよ」
ヴォルテクス家に仕える者は全員が精霊術を扱える。
程度の差はあれど、それが仕えるための条件でもある。
ミーシアはどちらかと言うと召喚術のほうが得意であった。
「教わったことないけど大丈夫かな?」
「召喚陣は私が描くので、あとは魔力を注ぐだけなので大丈夫です!」
そう言って大きな紙を広げるミーシア。
「そうですね……。精霊召喚にしましょうか」
善は急げとばかりにスラスラと描いていく。その様子を不安気に眺めるアレクシス。
ものの数分でそれは完成した。
「はい! あとは召喚陣に触れて魔力を注ぐだけです! 触れるだけでも召喚できますが、より多くの魔力を注げばそれだけ強い召喚獣が現れますよ!」
魔力操作が苦手なアレクシスはその言葉を聞いて少しだけ安堵の表情を見せる。
しかし、こちらの呼びかけに応じてもらうためには、より大きな魔力によって相手の興味を引く必要がある。
触れるだけでは強い召喚獣など現れようがないことなど百も承知であった。
どんなに下位の召喚獣でもいい。アレクシスに成功体験を積ませ、自信を付けさせようとミーシアは考えた。
些細なことからでも人は変われる。変わることができるのだ。
言われるがままに召喚陣に手を伸ばすアレクシス。
それに触れた瞬間、大量の魔力が身体から抜け落ちるような感覚に襲われる。
「やりましたよ! アレクシス様! 大成功です!」
大興奮のミーシアはアレクシスの手を取り、まるで自分の事のように喜んだ。
「あとは真名を与えるだけです! 可愛い名前を付けてあげましょうね」
召喚したのは風の上位精霊。
アレクシスはその精霊に【シーレ】と名付ける。
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「ほう? アレクシスにそんな才能があったのか」
ルーセント・ヴォルテクス。アレクシスの父に当たる人物。
アレクシスのことを心配していた彼は、それを聞いて柄にもなく口元を緩ませた。
精霊術士として大成してほしくはあったが、ヴォルテクス家には既に三人の優秀な子らがいる。
何か一つでも才能があるのならば、たとえそれが精霊術でなくとも大変喜ばしいことであると心が軽くなった。
「暫くはその侍女にも教育を担当させる」
「承知しました」
新たな教育係が見付かるまではミーシアに任せることにした。
幸い、アレクシスも彼女を慕っているようなので適任である。
「この際、モルドー家を頼ってみるか……いや、しかし」
同じ三大侯爵家に数えられるモルドー家に借りを作るのは憚られた。
アレクシスの才能がどれ程のものか分からない現状、それが実は大したことではないとなれば要らぬ醜聞が立つ。
担当を頻繁に変えるのもアレクシスにとってはあまり良くないだろう。
「少し様子を見るか」
ミーシアが教育者として有能であれば何も問題はない。
アレクシスの成長次第で決めることにしたルーセントは今後の展望に心を躍らせた。
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「聞いたよ、アル。モルドー侯爵家専属の指南役に見てもらうんだって?」
彼の名はクレセント・ヴォルテクス。アレクシスの兄であり、ヴォルテクス家の嫡男である。
「はい、もうじきお越しになるそうなので楽しみです!」
半年もすればシーレの加護を理解し、ある程度の意思疎通も図れるようになったアレクシス。
初めての召喚獣としては上達の速度が速い。最初は誰でも一年近くかけて加護を理解するものなのだ。
そんなアレクシスを才能ありと見たルーセントはモルドー家に打診。すると、指南役の一人を寄越してくれることになった。
「凄いじゃないか。召喚士として一流になれるってことだぞ」
そう言ってアレクシスの頭を撫でる。
「父上が頼み込んでくれたお陰です!」
最近のアレクシスはとても明るくなった。
以前は優秀な兄たちと比べられ、すっかり自信を無くしてしまっていた。
だが、召喚士としての勉強を始めてからは少しずつ元気を取り戻し、今ではこうして楽しそうに毎日を過ごしている。
これも全てはミーシアがきっかけを与えてくれたお陰だ。
「クレセント様、そろそろお時間です」
「あぁ、すぐに行く。アル、またな。ミーシアもアルをよろしく頼む」
「任せてください!」
こうしてクレセントは名残惜しそうに去っていった。
ヴォルテクス家は教育熱心なため、兄弟でゆっくりと話す時間もあまり取れない。こうして屋敷内でばったりと鉢合わせでもしない限り、世間話もままならない程である。
特に成人している上二人とは顔を合わせる機会がほとんど無かった。
「さぁ、次は剣術のお稽古ですよ!」
剣術があまり得意ではないアレクシスは、この時間だけは少し元気がなくなるのであった。
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「これ以上教えても意味は無いかと思われます」
アレクシスの訓練過程を纏めた報告書を持ってルーセントに直訴する男。
それはこれ以上無駄な時間を使わせるなと告げるものであった。
報告書に目を通したルーセントは頭を抱えた。
ある程度の報告は聞いていたが、直接陳情を受けるとこうも違うものなのか。
複数の侍女を通した報告ではあまり悪くは言えなかったのだろう。それを真に受けてしまったようだ。
「了承した。これまで尽くしてくれたことに感謝を。モルドー侯爵閣下にも深く感謝を申し上げる」
「では、私はこれにて失礼させていただきます」
思い返すと不自然な点はあった。
一年以上も教えを受けているにも関わらず、二体目の召喚獣の報告が無かったこと。
精霊の能力が単一であること。
索敵能力の性能には目を見張るものがあるとは聞いていたが、ただその一点ではとても上位の精霊だとは思えない。
他に褒める所が無かったのだろう。
下位精霊のためにモルドー家を頼ったなどと世間に知られれば、侯爵家の面目丸つぶれである。
精霊術の権威であるヴォルテクス家に産まれたにも関わらず、簡単な精霊術すら扱えない。
貴族の男児として学ばなければならない剣術の腕も見込みがない。
召喚に成功したものは下位精霊一体のみ。
「これではまるで無能ではないか」
両手で顔を覆い項垂れるルーセント。
「私は……無能のためにモルドー家を頼ってしまったのか」
醜聞が広がるのは時間の問題。
何が間違っていたのか。
一体、誰のせいでこうなってしまったのか。
「私は……私は――」