40話 エリアルの街へ
朝をゆっくりと過ごしたアルたちは少し遅い時間にギルドへとやって来た。
掲示板を確認した後、受付へ向かう。
「ギルド証の再発行はいつ頃になりますか?」
「それでしたらそろそろお渡しできるかと思います」
確認してみたところ、調査と査定は既に完了して現在作成中とのこと。
昼前に出発できるのなら夕方ごろには次の街に到着するだろう。
休息日にしようと思っていたアルだが、先に進めるのならと本日中に出発することにした。
町を散策しながらゆっくりと準備を済ませる。
昼前に預金とギルド証を受け取ると、そのまま次の街へと向かった。
町の南東に広がる大きな森。
ガンドルから延びる街道はその森の西側から回り込むようにして次の街へと繋がっている。
その途中、森の中へと足を踏み入れたアルはシーレの能力で周辺一帯を確認。
ここはハンターギルドの人たちが出入りする森。相手の索敵に引っ掛からないよう念を入れる。
「この辺りでいいか」
誰も居ないことを確認したアルはヨルを召喚した。
「待たせてすまない。さっそくで悪いんだけど、人の姿に化けてくれないか」
予想通りに巨大な蛇の姿で現れたため、目立たないようにしたいと伝える。
「久しぶりなので上手にできる自信はありませんが、やり遂げてみせましょう」
少しばかり気合の入った声で答えたヨルは微かな光と共にその姿を変える。
一七〇センチほどの細身の身体。
端正な顔立ちで切れ長の目には瑠璃色の瞳。
蒼黒く染まった髪は鎖骨の辺りまで伸び、多少のうねりを見せる毛先は彼女の艶めかしさをより強調する。
そして予想とは違い、金属部分を最小限に抑えた軽装防具を着用していた。
冒険者らしい恰好で一安心するアルだが、それと同時に一つの疑問が浮かぶ。
(防具としての性能はどうなってるんだろうか)
身に着けている衣装はイメージの産物という話だった。
ならば金属に見えてもそれは体の一部。防御性能は皆無だと思われる。
この事は後で確認するとして、今は自分たちの置かれている現状を先に伝えることにした。
アルはこれまでの出来事を。
ヨルは封印された時のことを。
お互いの情報を共有し、これからどうやって目的を果たすのかを考える段階に入ったとき――。
「あの者らに復讐を果たす機会が巡ってきたということですね」
穏やかな口調からは信じられないほどの狂気を漂わせ始める。
表情や仕草、その声色などには変化が見られないものの、それが却って彼女の異質さを浮き彫りにした。
ヨルが封印されてから五九四年。それほどの長い歳月を正確に覚えている彼女の執念深さは相当なものである。
「当の本人はとっくの昔に死んでるんだけどな」
「それもそうですね。ですが、思いのままに操る行為を見過ごすわけにはいきません」
目的ははっきりとしている。
しかし、その手段が今のところ見付かっていなかった。
何をするにしても強さは必要なので、このまま各地のダンジョンを巡ることに変更はない。
「みんなも何か良い手はないか考えておいてくれ」
そうして話も一段落したところで、ようやくヨルの加護に意識を傾ける。
それは【生命の躍動】という活力のような何かが湧き上がってくるものだった。
大蛇の加護は生命力に溢れ、粘り強くなるとは聞いていたが、それとは違う特別なものを感じた。
「ヨル。この加護って、結局はどういう効果なんだ?」
「そうですね、活力の源とでも言いましょうか。意気衝天の勢いで物事を成すことができるでしょう」
「つまりは持久力や耐久力が上がって、精力的に活動できるようになる力ってことか」
「半分は正解ですがもう半分は不正解といったところでしょうか。力に頼りすぎると体が悲鳴を上げると言われます」
魔力体である召喚獣と違い、人間には肉体という枷がある。
その限界を超えないよう見極めることも大事だが、体を鍛えることで限界値を伸ばすほうが重要かと思われた。
生まれてこの方筋力トレーニングなどしたことがないアルは少し億劫になったが、よく考えてみれば氣を練ることで解決できるのではないかと思い付く。
加護の詳細をテンとヨルに訊きながら進む。
確かめるようにして氣を練っていると、日没前には次の街に到着した。
「まずはヨルの武器を買おうか」
身に着けている衣装はイメージの産物なだけあって、攻撃力や防御力は無いらしい。
武器に限ればリーチが伸びるというメリットはあるが、打ち合いになると常にダメージを受けているのと変わらない。武器は必須だろう。
ヨルはレイピアを好んで使っているそうなので、それを探す。
「いいのあった?」
「どれも短いのでしっくりとは来ませんでした」
「エリアルの街までに買えればいいから、ゆっくりと探そうか」
エリアルまでは五日ほど。
その間に街はあと二つあり、少し寄り道をすることでその数も増える。
特注することも出来るので、焦らず気に入った物を探せばいい。
「リルも何か欲しい物が見付かったら言ってくれ」
充分な余剰資金があり、もっと良い物を持たせてあげることができる。その方がアルも安心できるというもの。
エリアルに着くまでに気に入った物が見付かればいいなと旅路を行く。
そうしてガンドルを発ってから五日目。
ここ、ラルの街でも武器屋巡りを続けていた。
昨夜にすべての店を回ることができなかった為、アルたちは朝から武器屋に来ていた。
「小さな店だなぁ」
商工ギルドで場所を聞いていた内のひとつ。「腕はいいんだが……」という含みを持たせた紹介だったので後回しにしていた店だ。
小さな店をあまり信用していないアルは疑いながらもその扉を開けた。
「いらっしゃい」
淡々とした口調ではあるが見た目や人柄はいたって普通。
置いてある武器の種類は豊富で、今のところ問題点は見当たらない。
「すみません。レイピアを探してるんですけど、刀身が長い物ってありますか?」
「ほう? お客さん、目の付け所が違うじゃあねぇか」
何やらただならぬ雰囲気を醸し出した店主は饒舌に語り出した。
聞いてもいないことを熱く語る姿に呆気に取られるアル。それは数分間に渡って続いた。
「――ってことでよ、その結果がこれよ」
机の上に置かれたのは一振りのレイピア。
彼の話を要約すると、どれだけ細くて丈夫な武器を作れるかに命を懸けているそうだ。
店に飾られているのは片手間に作った熱のこもっていない凡作。それらとは一味違うのだと彼は言う。
「硬度と靭性を両立させて、これだけ長いのに素人が使っても折れないほどの代物だ。言っとくが切れ味も鋭いぜ? なんせ――」
未だに続くその言葉を聞き流しつつ、どうにか買うことに成功。試しにと振らせたヨルの刺突姿に惚れたらしい。
それはそれで別の話に花を咲かせることになったのだが。
「今度はもっと良いの作っとくからよ。また来いよ」
店主は頭にも花を咲かせていた。
もう二度と来たくないと思うアルであったが、腕だけはいいらしい。ヨルはそのレイピアの出来栄えに大変満足したようだ。
「お主は喧しい連中が苦手なようじゃな」
「あれはさすがに疲れる……」
アルは【生命の躍動】に意識を傾ける。
間違った使い方ではないのかと疑問を抱くが、少しだけ気分が良くなった気がした。
「よし、それじゃ出発するか」
そうして街を出たアルたちは夕方前にイクス村に到着する。
ここはエリアルの一つ手前。その領主であるヴォルテクス家が管理している村である。
それは村と呼ぶには少し大きく、そろそろ貴族がギルドを建てて施政をするのではないかと思うほどの規模だった。
「今日はここに泊ろうか」
「少し早くに到着してしまったようじゃな」
宿を取り、暫くは部屋でゆっくりと過ごす。
英気を養い夕食を摂ると、早めに就寝することにした。
その晩。
アルはとても寝苦しい夜を過ごすことになった。
本日より4日間、毎日投稿になります(2024/06/30まで)
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