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39話 それは静寂の中で

 地底湖の前でリルの帰りを待つアルたち。

 分厚い壁の向こう側だろうと、小さな隙間さえあればシーレの能力でその姿を捉えることができる。迷うこともなく祭壇へと辿り着いたようだ。


 そして数分もしないうちに封印石を手にしたリルが戻ってきた。


「はい」

「ありがとう。封印石はそこに置いて」


 これまで同様、アルが触れた瞬間召喚されると思われる。なので中央付近に置くよう促す。


 二足の草鞋から染み出た水が足跡を作る。

 封印石を地面に置く際、濡れた髪から水が滴り落ちる。

 あまり意味はないだろうが、リルの再召喚を行い濡れた体を元に戻すことにした。


「よし。始めるとするか」


 あまり時間の余裕はないので、リルの再召喚を終わらせたアルはさっそく封印石に触れた。



「……」


 静寂のなか現れたのは、それはそれは長大で蒼黒い大蛇だった。

 アルたちの周囲を取り巻くように召喚されたそれは、自身の尾を咥えていた。


「これはこれは、見苦しいところをお見せしました」


 尾を吐き出した大蛇はとぐろを巻き、アルに視線を移すとそのまま続けた。


「私はヨルムンガンド。以後、お見知りおきを」


 広間の天井に届きそうなほど高くそびえ立つ大蛇は獅子姿のメアよりも体積が大きく――。

 それに圧倒されたアルだが首を大きく振って雑念を振り払い、契約を急ぐ。


「俺はアル。契約を交わそう。何か問題があったら言ってくれ」

「問題など微塵もございません。この恩に報いるためにも是非に」

「ありがとう。じゃぁ……【ヨル】と名付ける」

(ぬし)様のために尽力いたしましょう」


 契約が完了すると、何かが漲ってくるのを感じた。

 しかし今はそれにかまけている時間はない。


「すまないが今はあまり時間がない。あとで必ず説明するから元の世界で待っててくれないか」

「いつでもお待ちしております」


 封印石を砕き、ヨルの召喚を解く。


「よし、急ごうか」

「しばし待たれよ。わっちは走るのはあまり得意ではない。戻るまで召喚を解いてはくれぬか」

「あー、確かに走りにくそうな服装だったな。わかった」


 テンの衣装は袖が長く、狭いダンジョン内で走り回ると引っ掛けてしまうこともあるだろう。

 戦力が必要な場面でもないのでテンの召喚も解き、アルたちは走り出した。



「二人はヨルと面識はないのか?」


 かつての仲間だったのかを確認するため、アルは二人に問い掛ける。

 反応の薄さからしてだいたいは察するが、念の為にも聞いておくことにした。


「知らぬ奴じゃったな」

「しってる」

「リルは会ったことがあるのか」

「うん。でも、向こうは気付いてない」


 元の姿は知っているが、人の姿はお互いに知らないらしい。とても古い知人だそうだ。

 となると、トートのように封印された時代が違うということ。新たな情報が得られるかもしれない。


 何を聞くかは後で考えるとして、今は帰路を急ぐ。

 そうしてダンジョンの外に出てみれば日の入り直前という時間。なんとか間に合ったようだ。



 ダンジョンで長時間走ることなど滅多にないことで、当然にしてアルの息は上がっていた。

 いくら強力な加護があるとはいえ、体力ばかりはどうにもならない。

 ここから先は呼吸を整えるようにして歩いて戻る。


 少しすると日も完全に沈み、だんだんと辺りが暗くなっていく。

 アルは鞄から光の精霊石を取り出すと、予備の物をメアに渡そうとしたのだが。


「妾には不要であるぞ。しっかりと見えておるのでな」


 流石というべきか、当然というべきか。メアは夜目が利くようだ。

 それはリルも同様で、このくらいなら見えていると言う。

 暗闇に目が慣れていないのはアル一人。予備の物を鞄にしまうと再び歩き出した。




 無事に岩礁地帯を抜けて砂浜に到着し、テンを召喚。

 帰りにゆっくりと魔鉱石を採取する予定だったので、今日は一つも持ち帰れなかった。

 なのでギルドへは寄らず、店でゆっくりと食事を摂ったアルたちはそのまま宿に戻って一日を終えた。




------




 エルヴィス・レイモンド伯爵は苛立ちを募らせていた。


 ニコラスが調べていた例の文書。それは王都近郊で作成された物であるとの確証が得られた。

 そこで《陽炎》を投入したのだが、三週間が経過した今でも何の痕跡も見付け出すことができないでいた。


「気取られてしまったのか。あるいは……」


 内部に裏切り者がいるとは考えにくい。

 すべての計画は信を置く数名の者以外には話しておらず、決行の直前にしかその内容を知ることなど出来はしない。

 ならば調査の段階でこちらの動向を察知されたのか。それこそ有り得ない。

 《陽炎》がそのような失態を犯すことなどエルヴィスには想像できなかった。


「何かを見落としているのやもしれぬな」


 エルヴィスは最初から整理をしていく。


 まず、文書の作成地域を特定。《陽炎》を調査に向かわせる。

 その一週間後に王のお触れが王国全土に公布されたが、ナレク村の連中は神獣どころか召喚石の存在すら知らされてはいなかった。

 このことからナレク村は人員補充のための村であり、大した情報は持っていないと推定。兵士を向かわせ、組織との関係が認められた二三名を捕縛する。

 その後もナレク村には監視を付け、現在のところ妙な動きは見せていない。


「やはり、こちらの動向を掴むことなど不可能だろう」


 エルヴィスは側近、及び《陽炎》には全幅の信頼を寄せている。

 ならば作戦を決行した兵士たちに疑いを向けてみるが、こちらも可能性は薄い。

 おかしな動きを見せる者など誰一人としていなかった。


 そもそもの話だが、調査開始からナレク村での一斉摘発まで十日。その期間で痕跡ひとつ発見できていなかった。

 《陽炎》ならば何かしらの情報を持ち帰るはずである。


「それ以前、ヴァンでの一斉摘発で既に見切りを付けたのか」


 それならば有り得る。

 ナレク村含め、東の地でのすべてを切り捨てることで足取りを掴めなくしたという線が濃厚かと思われた。



 そして、ナレク村を摘発したことによりまた新たな文書が見付かり、二つの組織が浮かび上がった。

 一つはメメクの街。もう一つはここ、クーゲリアの街である。それが余計にエルヴィスを苛立たせている要因であった。


 しかし、その二つも既に摘発済み。

 メメクの調査報告はまだ受けていないが、クーゲリアでは欲しい情報は得られなかった。

 組織の下っ端は詰めが甘いが、上層には頭の切れる者がいる。


「根比べといこうではないか」


 エルヴィスは最後の《陽炎》を投入することを決めた。




------




「聖下、まだ大丈夫?」

「次で最後にするとしよう」

「わかった。じゃ、召喚するね」


 テュルティは召喚陣に手を置き、狼を召喚した。


「幽閉――【タルタロス】」


 虚空に現れた扉。

 その中へと狼は吸い込まれていき、そして扉は固く閉ざされた。


「おつかれさまでした。じゃ、もう行くね」


 そう言ってテュルティは幾つもの封印石を抱え、部屋を出た。


「やぁ、テュルティ」

「あ、ロプトだ。戻ってたんだね」

「うん、さっきね。手伝うよ」

「ありがと」


 テュルティから封印石をいくつか受け取った男の名はロプト・スコルド。枢機卿の一人である。


「聖下の様子はどうだった?」

「う~ん、ちょっと疲れてたかな?」

「早く次を指名してご隠居なされればいいのにね」

「みんな問題児ばっかりだもん。仕方ないよ」

「聖王適正が高いテュルティが言うと一味違うなぁ」

「なにそれー」

「聖下も気苦労が絶えないってことだよ」


 そうして物置部屋に封印石を置くと、談話室へと向かった。


「もうみんな揃ってたりする?」

「まだだよ。あと一人かな?」

「なら、先にそっちから挨拶しておこうかな。聖下は疲れてるみたいだし」

「ジルソール猊下とロマーニ猊下はずっと談話室で喋ってるけど、他の人は自室じゃないかなぁ」

「あの二人、仲良いよね」

「付き合っちゃえばいいのにねー」

「あはは。もうそんなに進展してるのかぁ」


 他愛ない話をしながら談話室へ到着した二人は、静寂に包まれた部屋の扉を開けた。

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