38話 発見
アルはフィッシュサンドをつまみながら呟く。
「おかしい……」
この一週間、ダンジョンを隈なく探索したつもりであった。
これまでの傾向から考えて、件の祭壇を見付けてもおかしくはない深さまで潜っている。
しかし、本命と思われる二本の道。そのどちらにも気になる所は見当たらない。
新たな発見と言えば、二つの道が奥のほうで繋がっていることが判明しただけである。
それでも見付からないのは何かを見落としているのか。それとも、今回はもっと深くに封印されているのか。
「やっぱり、時間制限があると奥まで進めないのは痛いな」
道順は把握した。しかし、それだけでは奥まで辿り着けない。
モンスターの質や量から考えても、これまでで一番奥深くまで潜れていることは間違いない。
それでも未だ発見には至っていなかった。
「明日は早めに出発して、ギリギリまで探してみようか」
道順を把握したことにより、どこまで潜ればどのくらいの時間が経っているのか見当がつく。
それに、シーレの能力を使い続ける必要もないので、長時間の探索であっても体調不良になることはないだろう。
未だに底を見せない真ん中の道。その奥地へと足を踏み入れるため、アルたちは早めに就寝することにした。
日の出から少し経った頃に町を出たアルたち。この時間帯でも冒険者はまだ活動しておらず、彼らはダンジョンへと一番乗りした。
先陣切ってダンジョンに潜るということは、それだけモンスターとの遭遇率も上がるということ。
なので、索敵をするためにシーレの能力を使うことにはなるが、不意打ちを避けるためだけの最低限の使用を心掛ける。
他のダンジョンと比べて複雑な構造をしており、奥へ行くほど目視で確認できる距離は短くなる。
そのため、これまでは確認を怠らないようにしていたアルだが、索敵範囲を最小限に抑えた今回ばかりはメアたちの気配察知能力のほうが上だった。
野生の勘とでも言うのだろうか。召喚獣の感覚の鋭さは人間のそれを軽く凌駕する。
これなら任せてもいいと判断したアルは常時使用をやめ、道順の確認のみに絞ることにした。
そうして未開拓の奥地までやって来たとき、唐突にリルが口を開く。
「海の匂いがする」
「海の?」
「うん」
潮の匂いがするということは出口が近いのだろうか。アルは意識を集中して広範囲を確認する。
ざっと調べたところ出口らしきものは確認できなかったが、そこそこ広い空間を発見した。
「この先に広間があるみたいだ。時間的にもそこまで行ったら折り返そうか」
少し歩くと広間に到着。モンスターをあらかた片付け終わると、さっそく広間を調べることにした。
ここにも小さな地底湖があり、それはとても深いように見えた。そしてリルが言うには匂いの発生源がこの地底湖らしい。
アルはそれに指を付け、舐めてみる。
「しょっぱいな」
海水がこんな場所まで入り込んでいた。
岩礁地帯でよく見かけたフジツボの姿も確認できることから、ここは潮間帯だということが窺える。
「そういうことか……」
「今度こそ何かわかったのじゃな?」
「あぁ。調べてみる価値はある」
そうして他に気になる場所もないのですぐに引き返すことにした。
翌日、準備のために町を回る。
いつもより多めに携行食を買い、精霊石の準備も済ませる。
少し高いが回復の魔術も使えたほうがいいだろう。
諸々の準備を済ませ、ゆっくりと過ごして英気を養い明日に備える。
どこから確認すべきかと思案しながら眠りにつくアルであった。
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「見付けた」
とある宿の一室。
片目を閉じた線の細い男が何かを発見したと告げる。
「どこか分かるかい?」
「ここは……海、だな」
「なら、ガンドルの町だろうね」
彼らがダンジョンを渡り歩いているとすれば、その場所はガンドルだと推測できる。
「よく見付けてくれたね。俺の力ではそこまで遠くを視通せなかったよ」
「いかがいたしますか?」
「今から向かっても入れ違いになるかもしれない。なら、次の街まで先に向かうことにしようか」
「彼がどこへ向かうのか分かるのですか?」
アマツキの街から次のダンジョンに向かうのであれば、それはガンドルかヴァン、またはエリアルの三か所。
彼が効率良く回ろうとしてアマツキからガンドルへ向かったのなら、次はエリアルに必ず現れる。
「エリアルの街だろうね。念の為、父上に報告してから向かおうか。タガラもご苦労だったね。魔力もそろそろ限界に近いし、召喚を解くよ」
「燃費の悪い能力ですまないな」
「最良の能力だと思っているよ。頼りにしているからね」
「またいつでも頼ってくれ」
そうしてグルーエルは召喚を解いた。
「さぁ、急いで準備をしようか。エリアルの街までは遠いからね」
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翌朝、寝坊したかのような時間に目を覚ます。
それを気にすることなく悠々と支度をしてから宿を出る。
充分に睡眠を取ったアルはゆったりとした足取りでダンジョンへと向かった。
「ちょうどいい時間だな。まだ水没はしてないみたいだ」
できるだけ遅い時間にダンジョンへと入り、次の干潮まで地底湖で待つ。
まずは左側の小さな地底湖へ行き、水位が下がるかどうかの検証を行う。
ダンジョン内で夜を明かすのは初めての試みだった。
今回調べる地底湖の辺りはモンスターなどの傾向から考えて、目の前に突然モンスターが出現するような場所ではない。
冒険者になって四年と少し。アルの広範囲索敵をもってしても今まで気付けなかった現象。こんな場所でも起こるのなら、彼だけでなく誰かが気付いているはずである。
「まずは印を入れておくか」
ゆっくりと地底湖までやって来たアルは、現在の水位に印をつけておくことにした。
短剣を引き抜くと、水と空気の境界に線を引く。既に満潮の時間を過ぎているので少し待つだけで結果が出る。
すぐ近くにある壁の亀裂から離れた場所で小一時間ほど待つ。
「そろそろか」
呟きつつ立ち上がったアルは、印の確認をするために地底湖に近付く。
それは確認するまでもなかった。
壁際に佇む地底湖の水位が下がったことにより、壁との間に小さな隙間が出来ていた。
「やっぱりか」
アルはその隙間の先に例の祭壇を見付けた。
「あったのか?」
「あぁ。どおりで見付からないわけだ」
ここに到着する頃には水位が上昇して道は塞がれる。帰りの時間を考慮すると、発見するためには二日かけての探索になるだろう。
ダンジョンはとても深いが横にも大きく広がっている。
すべての道を網羅しようと歩けば、入り口付近だけで一日を費やすほどには多くの道が存在している。
その内の一本を選んで奥へと進むだけで魔鉱石が採取できるのだから、わざわざ危険を冒してまでダンジョン内で一夜を過ごす必要はない。
「もう少し待ってから入ろう」
冷たい水に全身を浸からせるのは躊躇われる。なのでアルは水位が下がるまで待とうとしたのだが――。
「取ってくる」
そう言ってリルが地底湖に入ろうとした。
「ちょっと待って」
「なに?」
リルの行動は早く、既に片足を突っ込んでいた。
どこから指摘すればいいのか頭を悩ませるアル。
「時間はたっぷりあるから急ぐ必要はないよ」
水位が下がってから向かえばいい。そのための準備もしてきた。
そう説明するのだが、リルの意見は変わらないようだ。
「今なら、まだ帰れる」
リルの言うとおり、急げば間に合いそうな時間ではある。
少し考えたアルはその意見を採用することにした。
「分かった。なら、これを持って行くといい」
そう言って光の精霊石をリルに渡す。
件の祭壇は目と鼻の先だが、その場所が暗い可能性もある。
それを受け取ったリルは地底湖に潜り、壁の向こう側へと消えていった。