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37話 魔術と呼ばれていたもの

 台座に置かれた一つの石板の前で、マルセルは力強く答える。

 これが過去に魔術と呼ばれていたものであると。


「魔術? 精霊石から放たれる……?」


 しかし、そこに描かれていた術式には覚えがない。それどころか、精霊石に刻み込む術式とは似ても似つかぬ歪なものであった。


「元来、魔術とはこういったものを指す言葉であった。しかし、それには赦されざる効果を及ぼすものが含まれていたのだ」

「赦されざる、とは?」


 多少の躊躇(ためら)いを見せるマルセル。逸る気持ちを抑え、次の言葉を待つ。

 ゆっくり目を閉じたマルセルは、程なくしてルーファスに向き直ると重い口を開いた。


「――人心掌握術。今は失われし悪魔の知識。それを知る者、そして研究する国を……この世から消し去る必要があった。我らはそれを行ったのだ」


 一度すべてを破壊し、そのうえで悪魔の再来を阻止しなければならない。

 それが我らに科せられた責務だとマルセルは告げる。


「そして魔術という言葉の意味を誤認させるため、精霊石を使って行使する精霊術を魔術と定義した」


 本来の魔術は精霊術とは全くの別物であり、その種類も豊富であったと伝えられている。石板に記された術式はその中の一つ。

 人心を掌握するものではないが、これを研究することでそこに辿り着くのは時間の問題。それでも残しておくことを決めた。


 それは、王族だけは描かれた術式を知っておくべきだという判断であった。

 一から魔術を発見する者が現れる可能性を否定できない以上、その芽をいち早く摘むためにも覚えておく必要がある。人心掌握術を得意とする、ダンタリオンへと辿り着く前に――。


「つまり、隷属させることができるという事実すらも隠さなければならなかったと」


 その石を封印石と名付けたのは、人心掌握術と結びつかせないようにするため。

 心を操る術の存在を知られ、それを研究されては国ひとつを滅ぼした意味がなくなる。今の平穏は多大な犠牲の上に成り立っているのだ。


「彼らに対して行った所業を正当化するつもりはない。とても罪深いものだろう。なればこそ、我らはその責務をまっとうしなければならないのだ」


 その言葉は力強く、彼の表情からは決意がみなぎっていた。




------




 ヴァンの街に帰還したニコラスは多忙を極めていた。

 さまざまな問題が山積みなため、優先順位を付けて一つひとつ確実に処理をしていった。



 最初に片付けなければならない問題は召喚石について。すでに何人かには知られてしまっているが、召喚石の存在を知ったニコラスはすぐに箝口令を敷いていた。それは正解だった。


 心を操る術などあってはならない。

 これ以上その事実が広まらないよう管理を徹底し、組織の人間すべてを捕えて極刑に処することが彼の使命。厳罰よりも険しく、大変な道を選ばされた形である。


 しかし、術式そのものを知られたわけではない。

 精霊石に術式を刻むと、それに応じた簡易的な紋様が浮かぶ。詳しい者ならそれを逆算し、元の術式を完成させることも不可能ではないだろう。

 すべての召喚石を破壊し、解析を中断。そして研究することを禁じ、その痕跡が見付かった場合は極刑に処すると厳命する。


 組織の者は術式を知っている可能性が高いので、拷問の(のち)、処刑することは確定していた。


 レイモンド伯爵とそれらの事実を共有し、ともに組織を壊滅せよとの大命を授かっている。全力で挑まなければならない。



 そして拷問の結果、もう一つの組織は存在するという結論に至った。

 詳細については頭であるブルガルドを捕らえなければ、全容を把握することはできないだろう。しかし、文書の作成に使用された紙とインクを調べた結果、東の地で生産されている物とは成分が少しだけ違うということが判明している。

 それらが流通している地域を特定することで、組織の位置もある程度は絞れるだろう。まずは王都で購入した紙とインクの成分を調べることから始める。



 そうして優先順位の高い問題も一段落し、細かな事柄についての指示を出し終えたニコラスは馬車に乗る。

 レイモンド伯爵との対談を予定しているため、クーゲリアの街へと向かった。


(それにしても……神獣が人の姿に化けるとはな)


 これはレイモンド伯爵にも内密にするよう厳命されたことである。


 人と寸分違わぬ姿。

 あれほど強大な力を持った者が、そこらの民衆に紛れているという事実。それは人々を疑心暗鬼にさせ、混乱をもたらす要因にしかならない。


「これではいつか倒れてしまうかもしれないな」


 馬車の中でそう呟くニコラス。

 多忙を極める中、彼は肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していくことを実感していた。




------




 大しけの間に雨が降ることはなかった。

 海は多少荒れていたが、陸地は風が強かったこと以外は平穏そのものである。

 それでも物が飛ばされるほどの強風ではなかったので、予定通りに屋台を巡る。


 料理のことを色いろ尋ねて回り、例のパンの名称はフィッシュサンドだと判明した。

 使われている魚の種類はさまざまで、ソースの味も店によって違いがある。何度食べても同じ味の物はなく、毎回多少の違いをみせるために飽きがこない。


(これじゃメアたちのことを責められないな)


 そんなことを思いつつ、今日も今日とてフィッシュサンドを注文する。

 大しけ中の二日間で食べたフィッシュサンドの数は十四個。そして現在も頬張りながらダンジョンへと向かっていた。




 今回も左側の道を進み、前回、封印石を破壊した時とは別の道を行く。

 短く緩やかな上り坂のあとは平坦な道が続き、暫くすると下りに入る。

 そうして小一時間ほど進むと、行き止まりと思われる広間へと辿り着いた。


 そこにも右側奥の広間のように地底湖があった。

 ただ、こちらの地底湖はかなり小さい。壁際にちょこんと佇んでいる。そして近くの壁には小さな亀裂が、しかし、奥深くまで走っていた。


「これってもしかして……」


 アルは亀裂の中をシーレの能力で奥深くまで確かめた。

 人が通ることのできない隙間のずっと先には広間があることを確認。


「やっぱり、繋がってるかも」


 真ん中の道の探索中に見かけた亀裂。これはそこまで繋がっている可能性が高い。


「何かわかったのか?」

「いや、大したことじゃない」

「なんじゃ、勿体ぶりおって。それに、一人で抱え込むなと言っておろうに」


 それは前にも言われた台詞だった。

 しかし、今回は本当に大したことではない。そう前置きを入れつつ、アルはメアに伝えた。


「こっちの道のモンスターに蛇が多い理由がこれだったってだけ」


 左側の道で捉えたモンスターの半数近くは蛇だった。ここまで偏るのは珍しい。

 その理由が判明しただけで、特に語る必要もない情報である。

 予想通りにメアは途中からつまらなさそうにしていた。話せと言った手前、最後まで聞かなければといった様子。

 メアは分かりやすくて助かるなと思いながら、アルは話の途中で区切りを付けた。


 この亀裂は残滓の通り道でもある。

 モンスターだけでなく、魔鉱石の量も右側の道より多い理由がこれであるという推測までは話さなかった。


 ならば、これまでの傾向からして真ん中の道が本命の可能性が高い。魔鉱石もモンスターも、真ん中の道が一番多かったからという理由である。

 封印石を破壊した広間から先はまだ確認していないので、そちらも調べる必要はあるのだが。



 明日からはその二つに絞ることに決め、アルたちは帰途についた。

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