36話 血塗られた歴史
諸々の事情により無駄な時間を過ごしてしまったが、メアの封印石も破壊し終えたアルたちは帰路についていた。
現在地点はおっさん三人組が折り返しに利用している場所。
ここから上りになった道は二本。その内の片方を選び、暫く進んだ先の開けた場所で不毛なやり取りをしてしまった為に探索の成果は芳しくない。
シーレの能力でその先を多少は調べたのだが、何度か来なければならないと思わせる作りになっていた。
【大海の長穴】には分かれ道が多く存在しているが、分岐した道はずっと先の方で繋がるという傾向にあった。
一度覚えてしまえば最短ルートを辿ることで、奥へと進む速度も上がるだろう。
とは言え、体調不良を起こしてしまった手前、あまり無茶な探索はできない。暫くはゆっくり地道にやっていく予定である。
そうして何事もなくギルドまで戻ってくると、受付で大しけ注意の貼り出しが目に留まった。
内容を確認すると、早ければ明日の朝から海が荒れるらしく、長ければ数日間はダンジョンに潜れなくなるとのこと。
「これ、どのくらいの期間か分かりませんか?」
「大抵の場合、二日ほどになります。前日には確定するので、お手隙の際にギルドまでお越しください」
タイミングが良いのか悪いのか。多ければ月に二度ほど訪れる大しけがこのタイミングでやって来るようだ。
海が荒れているときにダンジョンへ向かうのは自殺行為に等しい。滑りやすい岩礁の上では踏ん張りがきかず、波に足をさらわれることだろう。
体調が回復したと思えば次は大しけ。
アマツキの街でもそうだったが、序盤はあまり捗らない運命にあるのかと肩を落とすアル。初日にリルを見付けられたのはまさに僥倖だった。
どうにもならない事を悲観しても仕方がないので思考を切り替える。こんな時だからこそ出来ることもあるのだ。
魔鉱石の鑑定をお願いしたアルは、もう一つの用件を済ませることにした。
「それと、ギルド証の更新をお願いします」
期限切れにはまだひと月ほど早いが、今なら職員も手隙になるかと思い更新しておくことにした。
ギルド証を渡すと、受付嬢はそれを確認しながらメモを取る。
「め、メメクの街からですか。短期間で随分と遠くからいらっしゃったんですね」
裏面の確認に入った彼女は驚きを口にする。
「王国内を見て回ろうと思って。旅をしている最中なんですよ」
アルはそれらしい言い訳を用意していた。
これは強ち嘘とは言いきれない。事実、王国内のダンジョンを渡り歩いている。
「なるほど。……ヴァンの街では賊捕獲、エソラの町では野盗捕獲。随分と貢献なされているようですね」
受付嬢の声色が変わる。
口調は優しいものだが、その声からは疑念や猜疑心といったものが感じ取れた。
「偽装は重大な規約違反となりますが、理解されておいでですか?」
「はい、それは勿論です」
アルの寸評からは信じられないほどの功績。信用を勝ち取っているとはいえ、彼のギルド証には武闘派とは思えない寸評が記載されている。
少し説明をする必要がありそうだと判断したアルは、それらしい言い訳を続けた。
「最近、自分の資質を勘違いしていたことに気付いたんですよ。それから色々と上達したので、こういった荒事も熟せるようになりました」
これも嘘ではない。
メアと出逢うまでは自身の才能に気付くことができずに燻っていた。
それを自覚した今でさえ測りかねている。自身の魔力量が一体どれ程のものなのかを。
そして如何にギルドと言えど、冒険者の手の内を根掘り葉掘りと聞き出す権利はない。事実を事実として捉え、結果をそのまま寸評に反映させるのが彼女らの仕事である。
それでもギルド証の更新ともなると、はいそうですかと鵜呑みにすることはできない。事実確認を行ったうえで判断するそうだ。
「では、半月ほど時間を頂戴いたします」
通常であれば三日ほどで交付される物が、えらく時間を要する結果になってしまった。
しかし、この短期間での急成長などそう簡単に信じられるものではない。改めて考えてみると、これも仕方のないことなのかなとアルは少しだけ納得がいった。
(早めに更新手続きを行ったのは正解だったかもな)
明日は町を散策しながら郷土料理について聞いて回るのもいいだろう。
雨が降らないことを祈りながら、アルはギルドを後にした。
------
「父上。お話があります」
マルセル・アーサー・オルラントは背後の声に振り向いた。その名が示すとおり、彼はオルラント王国の君主である。
「おぉ、ルーファスか。供を付けず、こんな時間にどうしたのだ?」
「例の件、なぜ詳らかにしないのか。父上の考えをお聞かせ願いたい」
王国全土に公布した触れ書き。王太子であるルーファスは、その内容の不備に疑問を抱いていた。
多忙を極める国王の就寝前にやって来るほどに、彼はこの件について納得していなかったのである。
「ふむ。お前も来月には二五になる。ならば、そろそろ伝えても良い時期か」
口元に手を持っていき、何かを考えるようにして呟くマルセル。
「すまぬが息子と二人にさせてもらえんか」
「かしこまりました」
そうして傍付きが見えなくなると、マルセルは口を開いた。
「ついて来るが良い」
ルーファスにそれだけ告げると彼は歩き出した。
「どこに向かわれるのですか」
「すぐに分かる」
いつもと様子の違うマルセルに戸惑いながらも、彼の真剣な表情を見たルーファスは素直に従うことにした。
彼らが向かった先は書庫。その奥にある鍵付きの部屋。
そこは限られた者しか立ち入りを許されていない場所である。
「ここには我が国の歴史がすべて詰まっている」
そう言って部屋に足を踏み入れた。
「王国の歴史ならすでに知っております」
ルーファスはこの部屋の立ち入りを許可されており、所蔵された史料のいくつかは既に読み終えている。
マルセルはそれに答えることなく正面の壁に手を付け、小さく何かを唱えた。
すると、石造りの壁に亀裂が走り、隠されていた扉が姿を現した。
「ここに保管されているのは、王国の――血塗られた歴史だ」
それを聞いたルーファスは息を呑んだ。
過去には幾度となく戦争を繰り返してきたオルラント王国。近年では隣国に攻め入ることもなくなり、現在の領土で確定している。
それは彼もすでに教わっているが、隠さなければならないほどの歴史とは一体なんなのか。
一筋の汗が頬を伝う。
回転式の扉を抜け、中に入る。
「王都より西。エソラの町周辺には一つの国があった。そこは一度、滅亡している」
「? 戦争で勝ち取った領土は我らに主権があります。何を憚ることがありましょう」
ルーファスの意見は正しい。
敵国から奪い取った領土であっても、善政を敷いている以上文句など出ようはずもない。彼の認識ではそうなっている。
「言葉のとおり、全てを我が国が破壊し尽くしたのだ。街も、そこに住まう人々も。すべてを残さず――」
「民衆含めて全てを……虐殺した、ということですか」
「そうだ」
エソラの町近隣には街がない。それはこの国が一度、すべてを滅ぼしたことが原因だと告げる。
戦争に情けは無用。多少の略奪などに目を瞑ることすらある。
しかし、民衆の命まで奪うことの愚かさを、歴代の王たちは理解できなかったのか。
街を破壊することもそうだが、住民の命を根こそぎ奪っていてはその土地を復興させることなど叶わない。
「我らは罪を背負って生きてゆかねばならぬ。未来永劫、その責務を果たさなければならないのだ」
「なぜ……なぜ、そのような愚行を、我らが……?」
動揺を見せるルーファスに、マルセルはひとつの石板を指して視線を誘導する。
それは奥にある台座の上に置かれていた。
「……これは?」
疑問を投げかけるルーファスの目を見据えて力強く答える。
「かつて魔術と呼ばれていたものだ」