33話 盲信
アルたちは日の出と共に町を出発した。
陽気なおっさんたちの話によると、この時間帯でも通ることができるらしい。
早ければ早いほど水没箇所が多く、空も暗い。
前者はともかく後者にそこまでの差はなかった。
ここは日陰なので結局足元は暗いまま。それでも全く見えないという程ではなく、周りの暗さが却って目を慣らすことに繋がっていた。
まだ潮が引いたばかりの岩礁を踏みしめる。滑らないことを確認しながら歩を進める。
危険が伴うのは百も承知だが、いの一番にダンジョンに潜るためにやって来たのだ。
その途中、前方から現れた集団とすれ違う。
前日の人たちとは違い、やつれた顔をしているわけではなかった。
夜中にダンジョンに潜る冒険者はまれに存在する。
いくつかの理由からあまり推奨されていない行為だが、より奥へと潜るだけなら効率がいい。
他の冒険者がモンスターを狩った後なので遭遇率が低くなり、進む速度が速くなる。
その代わりに魔鉱石も取られた後なので、奥に行かなければ発見する確率も当然低くなるという訳だ。
あとは昼夜逆転するので体調管理が難しくなることもその理由に挙げられる。
どちらが効率良く稼げるのかは腕次第だろう。
駆け出しの冒険者などは上級冒険者が通ったであろう道を後から進み、彼らが採取しなかった魔鉱石のおこぼれを頂く。
そうでなくとも先に進んだ冒険者のお陰でモンスターとの遭遇率が低くなり、比較的安全に探索ができる。
人が多いと誰かに助けてもらうことも可能だ。
つまり強い冒険者ほどその恩恵を得られやすい。
夜中に潜ることを考えてみたアルだが、このダンジョンでそれを行うのは悪目立ちするので止めたほうが無難かと思われた。
それにお金を稼ぐのが目的ではないのであまり意味はないだろう。
そうして無事にダンジョンへと辿り着き、真ん中の道を行く。
暫く進むと広間があり、そこから延びる長い通路が獅子姿のメアでも通れそうな広さになっている。
周辺を軽く調べたところ誰もいないようなので、ここからはメアの背に乗って本格的に探索を開始する。
「よし。ここからは作戦通りに行こうか」
「お主を背に乗せて探索するのも久方ぶりじゃな」
「そうだな。頼りにしている」
そうしてメアは獅子の姿へと戻るのだが――。
「……!?」
その姿を目にしたアルは絶句する。
「大きい」
「ふむ。矢張り、これは妾が大きくなったようじゃな」
それは三メートルは超えているだろう程に大きく成長していた。
レオとの闘いで覚醒したことが原因だろうか。
理由はともかく、これではダンジョン内を駆け回ることなど不可能であった。
「何を呆けておる。早く乗らぬか」
呆然と立ち尽くすアルを急かすメア。
「あ、あぁ。いや、さすがにこれは無理かなぁ」
ダンジョン内は天井の高さが一定ではない。
ちょっとした段差や天井が下がっている場所など、そういった通路を走り回れるような大きさではなかった。
以前のメアなら何とか通過できていた道も、今のメアでは無理がある。それほどまでに成長していたのだ。
「そうなのか? それは少し残念じゃな」
そう言って人の姿に化ける。
予想外の事態によりアルの予定は大幅に狂ってしまう。
メアの背に乗り、全神経を集中させて行う探索は非常に効率が良かった。
それができなくなり肩を落とすアル。また地道に探し回らなければならなくなった。
「まぁ……仕方ないよな。金策も兼ねて地道にやるか」
悲観しても始まらないのでそのまま探索を再開した。
できるだけ急いで奥へと向かう。
不自然な場所を見落とさない程度にではあるが、その歩みは普段よりも数段早かった。
「少し疲れた顔をしておるな。あまり無理をするでないぞ」
「……ん? あ、あぁ。大丈夫だ」
「とてもそうは見えぬ。ここらで引き返すとしよう」
「早くないか?」
「何を言っておるのじゃ。そろそろ頃合いであろう?」
常に意識を集中していたせいで時間の感覚が狂っているらしかった。
試しに後方、その遥か先を確認すると、戻り始めているだろう冒険者が確認できた。
「もうこんなに経っていたのか……」
「顔色も少し悪いようじゃ」
「体調は悪くないと思うんだけどな。魔力もいつも通りだし」
魔力がごっそりと抜け落ちているような感覚はない。体も良く動く。
普段と変わらないように思われた。
「ふむ。ならば昨日のような気疲れではないか?」
「つまり精神的なもの……なのか」
アルは広範囲を常に探索していた。
シーレから伝わる膨大な情報を整理し、それを記憶するために脳を酷使させていたのだ。
絶え間なく集中して行われたそれはアルの神経をすり減らし、精神的に疲労を蓄積させていたのである。
「帰ろう」
アルの手を取り促すリル。表情を読むまでもなく心配を掛けているのが分かる。
「いくら仙術と言えど精神を癒すことなどできはせぬ。大事ならぬうちに戻るのが良かろう」
「そうするか」
三人に諭され引き返すことに。念の為、シーレの能力は帰り道の確認だけに使い、本日の探索は終了することにした。
出口付近まで来ると他の冒険者も居たので干潮には間に合ったようだ。
しかし、その頃には小さな頭痛を感じ、町に戻る頃には針で刺されたような鋭い痛みに変わっていた。
まだまだ我慢できる痛みではあるが、あのまま酷使し続けていたら今頃どうなっていたのか。
便利な能力なのだが、その反動は思いのほか大きいようだ。
ギルドへ寄るのは止めにして、屋台の軽い食事を摂ってからすぐに休むことにした。
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「うーん、難しいなぁ」
マクシムは暗号化された文書を解読していた。
ノルディが途中まで解読したメモと見比べて唸っている。
「こういうの、性分じゃないんだよね」
彼は体を動かすのは好きだが、頭を働かせることはあまり好まない性格をしていた。
アマツキ支部へ派遣されたことも、すぐに動かせる人材が居なかったので渋々承諾した形だ。
ぶつぶつと呟きながら見比べていると、ノルディが執務室へとやって来た。
「お待たせして申し訳ございません」
「きたきた。別にそこまで待ってないから気にしないでいいよ。ちょっと本部まで戻ることにしたから伝えとこうと思ってね」
「左様でございますか」
「堅苦しいなぁ。まぁいいや。僕が居ない間は君にアマツキ支部を任せるからね。だから命令」
軽い口調から一変。
初めて出会ったときに感じた、空気が凍り付いてしまったかのような威圧。それを受けたノルディの額から汗が滲む。
命じられたことは何でもないものばかりだったが、心血を注いで行わなければ成らないと思わせるほどの重圧。失敗は許されない。
通常業務。文書の解読。そして司教の捜索打ち切り。全ての人員をすぐに帰還させよとのことであった。
理由を尋ねることすら許されない空気。
そして余計なことはするなと言外に告げている。
「文書はこっちでも解読しておくからさ。原本はもらっていくけど、そっちには写しがあるでしょ」
マクシムはこの件を本部へ持ち帰ることにした。
あまり他言できない案件なので、教会の上層のみで行うことになるだろう。
「あぁ、それと。石はまだ無事みたいだよ。召喚石って呼んでるんだっけ」
紛失の報告を受けた本部はすぐさま狒々の召喚を試みたが、トートが現れることはなかった。
封印した召喚獣は石が無ければ召喚できない。そのことから石は未だ健在であると結論付けた。
ならばなぜ人員を帰還させるのか。それを尋ねることなどできはしない。
ノルディは自身の疑問が解消される日など、一生訪れることはないと理解させられていた。
メアの大きさですが、軽トラから2tトラックに進化した感じです。