32話 おっさんの話は長い
暫く続く一本道の先に広がる空間。そこから三本の分かれ道が現れる。
受付嬢の話によると、三本の道はそれぞれが独立している。
それらは長い迷路のようになっており、他のダンジョンと比べて行き止まりが多い。
まずはその中から一本の道を選び、暫くは地形を把握することが大事だそうだ。
「まずは確認からだな」
撤退した道が行き止まりだと悲惨な状況に陥る。地形を把握することはとても重要なのだがアルにはあまり関係がなかった。
今確かめているのは冒険者の数。一番人が少ない道を選ぼうとしていた。
「今日は右の道を進むか」
緩やかに下っていく道には分岐点も多いが、そのほとんどは別の通路に繋がっている。
全ての道が網目の様に広がり、やがては一つの大きな広間へと辿り着いた。
「ここが右の道の最奥……になるのかな」
この先があるのかは現時点では分からない。
いくつもの通路が張り巡らされ、既にどこがどこへと繋がっているのか把握できていなかった。
魔鉱石やモンスターの数をみるに、ここは最奥ではない、もしくはハズレの道であると予想される。
こちらの道を選ぶ冒険者が少ないのも頷けるというもの。初心者がダンジョンに慣れるために用意したと言っても過言では無い。
「とにかく、少し調べてみるか」
広間の隅の方には地底湖が広がっている。
その上の壁にも通路があるようだが、こんな所から出てきても引き返すしかないだろう。地底湖の冷たい水に飛び込むような者などいるわけがない。
そんな事を考えながらシーレの能力で確認してみると、その先は行き止まりだった。
他の道も確認していくが、特段変わった所はない。
広間自体にも怪しい場所は見当たらなかった。
「こっちはハズレかな」
この長い迷路をすべて覚えるのはさすがに骨が折れる。
ハズレということにして他の道から当たるほうが精神衛生上好ましいだろう。
「そろそろ引き返そうか」
ここから戻るならどの道を選ぶのが効率的だろうかと思案する。
分岐点が多く複雑なため、本格的に調べるならメモを取りながらのほうがいい。
明日からは右側以外の道を探索する予定でもある。
今日の事はすべて忘れて反対側の通路から戻るという、余計な感情の混じった結論に達した。
右側の道が正解である可能性は低いからという言い訳をしつつ、本日の探索を無かったことにしたアルであった。
やはりと言うべきか、特に不自然な場所が見付かることもなく入り口付近の空間に到着。
帰りにいくつか魔鉱石を採取してきたが、どれも質がいいとは言えない。最奥だと予想される場所ですら似たようなものだ。
「今日はもう終わりなのか?」
「そうだなぁ。いや、少し早いかな。ちょっと確認してみる」
他の冒険者が帰路についている様子はない。
分かれ道の先を確認しながらゆっくりと戻ってきたが、それでも帰途につくには少し早い時間。なので真ん中の道を遠くの方まで確認することにした。
「これくらいならメアが走り回れるかも」
そこそこ広くて長い通路を発見した。
「奥まで調べるから少し待ってて」
意識を集中させ、指向性を持たせたシーレの能力で詳細を確認する。
分かれ道も多く存在するが、右側の道と違ってそれほど複雑な構造ではなかった。
メアの背に乗り意識を集中すれば、なんとか細部まで確認できるだろう。
「おう、お前ら。そんなとこ突っ立って何してんだ?」
左側の道から三人組が現れた。
集中して遠くを確認していたため、声を掛けられ初めてその存在に気付く。
「あぁ、ちょっとな。早くに戻ってきてしまったんだ」
「確かに干潮には少し早いわな。でもこれくらいの時間なら戻れるぞ?」
「歩いてる間にちょうどいい時間になるんだよな。ちょっと水没してるけど」
「そうそう、おっさんには長い時間探索する体力なんてないしな」
「ガッハッハ、ちげぇねぇや。早く帰って一杯やるのがおっさんの嗜みってもんよ」
陽気なおっさん三人組は普段からこの時間帯に帰途についているらしい。
「お前さんら、ここに着て浅いのか?」
「今日初めて潜ったんだ」
「おう、そうか。ならおっさんらが色々と教えてやるよ」
「帰りにちょっと話に付き合えよ。あとで一杯奢るぜ?」
「酒は飲めないんだ」
「かぁー。なら帰りだけでも話し相手になってくれよ」
「若者との話は刺激になるしな」
「お前それ一番おっさんくせぇぞ」
「ガッハッハ。ちげぇねぇや」
陽気なおっさん三人組のペースに飲まれるようにして一緒に帰ることになったアルたち。
ダンジョンについて詳しく教えてもらえるのは正直ありがたい話ではある。なので断る理由は無かった。
もう長くやっているベテラン冒険者の話だ。きっと為になる話が聞けるだろう。
「そこでよう、俺は一発ガツンと言ってやったんだ。男には引けねぇ時ってもんがあるんだ。信じてついてこい、ってな」
「だからお前、こないだ青アザ付けて朝まで酒場に入り浸ってたのか」
「お前ん家のカミさん、おっかねぇもんな」
ダンジョンについての話はすぐに終わり、話題は日常での不満な点に移っていた。
前を歩くおっさん三人組はアルたちそっちのけで盛り上がっている。自由気ままなおっさんたちである。
しかし、有用な情報もいくつか聞けた。
これまで数々の冒険者が潜ってきたが、右側の道はあの広間が最奥であるということ。先へ続く道の話は聞いたことがないらしい。
左側の道はおっさん三人組が普段から利用している道。
傾斜はほとんど無いが一定間隔で膝上ほどの段差があり、その分だけ上へと登っていく。
どの分かれ道を進もうが同じ場所へと辿り着き、別の道から引き返す。この時、下りになっている道が目印となる。
つまり上りになっている道の先が本命である。
そして真ん中の道は利用者が多い。
モンスターも魔鉱石も数は多いのだが、その分取り合いになっていると言ってもいい。
それはこれまでの傾向から考えて、こちらの道が大本命である。
「おっと。ここら辺滑りやすいから気を付けろよ」
「お前それ言うの遅いだろ。さっき水没してるとこ通ったばっかだぞ」
「ガッハッハ。ちげぇねぇや」
濡れている場所は当然滑りやすい。西日のおかげで朝より乾くのは早いのだが、それでも水面から顔を出したばかりなので油断はできない。
されど陽気なおっさんたちの話はとどまるところを知らない。ガンドルの町まで喋り続けるのであった。
「それじゃまたな」
「気張れよ若者」
「頑張んなきゃいけねぇのは俺らの方だろ」
「ガッハッハ。ちげぇねぇや」
そうして陽気なおっさん三人組と別れた。
ほとんど会話に参加していなかったはずのアルだが、その顔には疲れが見える。
(あの人らとはあまり関わらないでおこう)
悪い人たちではないのは確かだ。
ただ、一緒に居るだけで疲れるのは勘弁願いたい。
屋台を巡って色々と話を聞こうと思っていたが、今日はもうそんな気分にはなれなかった。
「あの者らが苦手なのか?」
「苦手というか、まぁ。なんかどっと疲れた」
「確かに騒がしい奴らじゃったな。しかし無理に付き合う必要も無かろう。そこはテンを見習うと良いぞ」
「テンを?」
「こやつは先程までの話、全く聞いておらんからな」
「これはまた心外なことを。わっちの事をなんと心得ておるのじゃ」
「興味のある事以外はとことん無関心ではないか」
そう言えば契約の時もそんな感じだったなとぼんやり思い出す。
大人しいという程ではないが、あまり活発なほうではない。モンスターともあまり戦おうとはしなかった。
戦力は既に十二分にあるので問題はないのだが。
その後は屋台で夕食を済ませ、ギルドで魔鉱石の鑑定をお願いしてその日を終えた。