31話 港町の風景
ガンドルの町に到着したアルたちは、とある店で夕食を摂ることにした。
アルは内陸出身のため海産物にはあまり詳しくない。
鮮度を保つにはコストが掛かるため、内陸部にはあまり出回らないので覚える機会が無かったからだ。
それでも全く食べたことが無いというわけではない。
成人してからは一度も口にしていないが、小さい頃に何度か食べたことがある。
同じ物でも季節によって美味さが違うとは聞いていたので、今日のところは店員お勧めの料理を注文することにした。
知らない食材は実際に見聞きしてから食べるのが無難である。明日からは屋台巡りをしながら聞いて回るのもいいだろう。
珍しい食材にその調理法。そして地域特有の味付けなど、港町は他と一風変わったものが楽しめそうだ。
期待に胸を膨らませながら料理を待っていると、先に運ばれてきた料理を一口食べたリルがうめく。
「ぅぇー……なにこれ」
吐き出すことはしなかったリルだが、その表情は今まで見たことがないほどの苦悶を浮かべていた。
「アル、食べて」
差し出されたそれは海ぶどうの生ハムサラダ。見たことも聞いたこともない珍しい料理だ。
見た目は緑の小さな葡萄。それが生ハムや葉物野菜と一緒に盛り付けてあった。
アルは葡萄ではない何かを口に運ぶ。
「……面白い食感だな。悪くはない、けど」
これを葡萄と呼んでもいいのだろうか。
味も食感も葡萄とは程遠く、見た目が少し似ているからといって果物の名を付けるのは如何なものか。
葡萄だと思って口にした結果がリルの表情である。
「知らない物に手を出すからそうなるのじゃ」
そう言ってメアは栗きんとんを頬張る。王都で食べて以来のその味に頬を緩ませた。
「矢張りこれが一番であるぞ」
「メアは変わらないなぁ」
その後、お口直しでフルーツサラダを注文。最初はこちらを頼むつもりであったが、海ぶどうがどんな物なのか気になって注文したらしい。
するとやって来たのは小さな葡萄。その見た目からは想像も付かない味に驚いてしまったという。
長く生きている神獣でも海産物には詳しくないようだ。
期待を裏切られてトラウマにならないか心配になるアルであった。
食事を終え、ギルドで掲示板を確認。これといった目ぼしい情報は無かったので、次は受付でダンジョンの詳細を尋ねる。
「今日この町に到着したばかりなので、ダンジョンについて詳しく聞きたいのですが」
「はい。では、説明させていただきます。ダンジョンの場所は北の砂浜から海沿いに進むだけなので迷うことは無いのですが、注意点が二つほどあります。一つ目は通れる時間が限られていること。その理由は潮の満ち引きが関係しています」
彼女の話によると、朝夕訪れる干潮時にのみ安全に通れるらしく、満潮時には道が完全に水没する場所が複数存在するとのこと。
つまり帰る時間を間違えると町に戻れなくなってしまう。
朝はまだ良いのだろうが、夜は暗いので足を踏み外すと怪我だけでは済まない。
夕方のまだ日の出ている時間には戻るようにと念を押された。
そしてもう一つの注意点。
水没した場所は当然滑りやすいため、足元には充分注意すること。
毎月負傷者が出ているようで、なかには海に流されてしまった人もいるのだとか。
泳ぎが得意な人でも生還率は低いらしい。
ともかく、今回のダンジョンはとんでもない場所にあるようだ。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「いえいえ、ご不明な点がございましたらお気軽にお申し付けください」
そうしてギルドを後にし、明日に備えて早めに休むことにした。
港町の朝は早い。
漁に出る者の大半は朝日が昇る頃には船を出す。漁業が盛んな町なので漁師の数が多い。
それは町全体の活動時間にまで影響を及ぼしていた。
空が白み始めた頃、海へと向かう漁師たちに向けて簡単に食べられる物が店先に並ぶ。
この時間の漁師たちは料理の見た目よりも手軽さを好むため、店にとっても都合が良かった。
見た目に拘る必要がなく、余った食材を串に刺して焼いただけの物でも飛ぶように売れるのだ。
そしてそれは冒険者も例外ではない。
漁師たちに比べ、平均して一時間ほど遅い時間に冒険者の数が増えてくる。
ダンジョンまでの道が水没する前に辿り着かなければならないため、朝にゆっくりしている時間は無い。
店先に並べられたそれらを手に取るのは冒険者も同じなのである。
「これ、一つください」
「あいよ」
アルが手に取ったのは良く分からない魚を葉物野菜と一緒にパンに挟んだ物。
魚は種類が豊富なので尋ねようと思ったが、相手も忙しそうなので次の機会にするかとそれを食べ始める。
スパイスが程よく効いたソースと魚の相性がとても良い。そこにシャキシャキとした食感の野菜が口の中を楽しませてくれる。
初めて口にしたソースは卵を主原料としているようで、そこに小さく刻んだ玉ねぎがまた違う食感を生んでいた。
パサついたパンでもたっぷりとかけられたソースのお陰ですんなりと喉を通っていく。
「これは中々いいな」
魚よりも肉が好きなアルであったが、ソースの味は大変満足のいくものだった。
滑らかな口当たりの中にも香辛料のピリッとした程よい辛さがいいアクセントになっている。
「これ、一つください」
別の店で似た物を買ってから町を出ることにした。
名前の知らないパンを咥えながらやって来た砂浜は目と鼻の先。そしてここからは岩石海岸が続いており、断崖絶壁の下に水面から僅かに顔を出す岩礁帯を抜けた先にダンジョンがある。
道幅が狭くなった場所もあり、進むにつれて行列が出来始めていた。
広い場所でも海側は危険なため、左側から追い抜くにはリスクが伴う。
なので文句を言われた歩みの遅い者が一旦左側に避けるといった感じで行列を解消していく。
そうして進んでいくと、前方からこちらに向かって歩いてくる集団がいた。
目の下に隈を作っているのを見るに、戻りそびれてダンジョン内で夜を明かしたのだろう。
入り口付近までモンスターがやって来ることは殆ど無いだろうが、ここは夜風が心身に堪えそうだ。
「それにしても、よくこんな場所見付けたよなぁ」
辺りを一望しながらアルは呟く。
眼前には見渡す限りの大海。
背後には断崖絶壁。そしてその先は王国東部まで伸びる長い長い山脈。
海から洞窟の存在に気付けたとしても、ここからはそう簡単に登れそうにない。
そもそも登ろうとは思えない程に、この場所は高い位置にあった。
海辺を歩いて行くにしても砂浜から小一時間。その前半は干潮時にしか進めない。
一体誰がこんなルートを発見したのか。
その好奇心はまさに冒険者の鑑だなと感心するばかりである。
ダンジョン【大海の長穴】。
その入り口前に立つアルは感慨に耽っていた。
「入らぬのか?」
「早くいこう」
「こんな処で呆けておっても仕方なかろうに」
どうやら三人は待ち切れないといった様子。
「……そうだよな。時間も限られてることだし、サクッと行ってサクッと帰るか」
他に辿り着けるルートはないかと確認していたアルであったが、その壮大な景色に目を奪われていたのもまた事実。
他の冒険者の邪魔になっているようなので、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「よし!」
気合をひとつ入れ直すと【大海の長穴】に足を踏み入れるアルたちであった。