30話 悪あがき
短剣の先をこちらに向ける痩せ型長身マン。ニヤニヤと笑いながら刃先を上下に揺らす仕草は威嚇のようにも見える。
殺意ではなく脅迫。そう思わせる程に素人じみた動きだった。本人もあまり強そうには見えないため、主犯格ではないのだろう。
「俺も試してみるか」
カルロスとの戦闘で体術の重要性に気付かされたアルは、メアの真似事をしようと思い立つ。
力加減を間違うと起こすのに苦労しそうなので、【俊足の極】にのみ意識を傾ける。
「お? 女の前だからって容赦しねえぜ?」
それに答えずゆっくりと近付く。アルは頭の中で先ほど見たメアの動きを何度も繰り返しイメージしていた。
「腰の剣は飾りか? バカが、死ねや!」
突き出された短剣を避けながら懐に潜り込み掌底を一発。勢いそのまま残りの二人にも掌底を一発ずつ入れる。
「あ、やべっ」
二人目は血反吐を吐き、三人目は二メートルほど吹き飛んだ。
「あー……」
アルは今頃になって気付く。普段から氣を練っていたせいで、その威力は自身が思うよりも数段高かったことに。
「まだまだのようじゃな」
「今のは不可抗力と言うか、まぁ……」
現実はそう上手くいかないものである。
痩せ型長身マン以外は数合わせだったようで、完全に素人。手を出してこなかったのも頷ける。
同じ力加減で攻撃した結果がこの惨状。メアは相手の力量を見定めたうえで加減していたのだろう。資質次第で見た目以上の強さを発揮できるため、相手の強さを正確に推し量るのは難しい。
反省は後でするとして、今は三人を拘束して叩き起こす。しかし、吹き飛んだ男がなかなか目を覚まさない。完全に伸びていた。
このままでは埒が明かないので、襟を掴んで引きずりながら戻ることにした。
ギルドで職員に丸投げしようとしたところ、今まで大人しかった痩せ型長身マンが喚く。
「こいつらに襲われた! 捕まえてくれ!」
なんとも見苦しい言い訳だが、それは時間稼ぎとしては成功していた。
この町に来て間もないアルたちに周囲の冒険者が疑義の目を向ける。男がつらつらと弁明しているうちに、それは同情や批判の声に変わっていく。
その様子にほとほと呆れるアルであったが、こういったときほど毅然とした対応が求められる。
「昼前に野盗を捕らえた者だが、その時に対応してくれた職員に確認してほしい」
ギルド証を提示しながら冷静に告げる。それを聞いて職員の一人が奥の部屋へと引っ込んでいくが、同時にギルドを去る者が現れた。
こんな状況でギルドから離れる理由は一つしか無い。冒険者の中に仲間がいる。
してやられたと苦い顔をするアル。仲間のもとへ知らせに行く時間と、この場を離れにくい状況を作られた。
今から追いかけたとして、顔も分からなければ証拠もない。判断が遅れたことで、すでに人混みに紛れて判別は不可能。
随分と大人しいと思えばこんな事を企んでいたのか。
アルの言が正しいと証明するのは簡単だ。ほんの少しの時間があれば、納得のいく説明ができる。そして調査を行えば、すぐに確証を得られるだろう。
その僅かな時間を最大限に利用された。
職員に確認が取れたころ、痩せ型長身マンは静かに笑っていた。それは目的を果たしたということで、アルの推測の正しさをより強固なものにする。
口惜しいが賞金稼ぎはここまでのようだ。野盗も暫くは鳴りを潜めるだろう。
「では、あとはこちらで処理しておきます。確認が取れ次第褒賞金が出ますので、後ほどギルドまでお越しください」
「わかりました。あ、それと」
アルは痩せ型長身マンにも聞こえるように伝えることにした。
「先ほど、ギルドから出ていく人影が見えました。恐らく、仲間かと」
ここから先はアルの関知するところではない。その意見をどう受け止めるのかは相手次第ではあるが、野盗を捕らえるための一助になればと。男の目論見には気付いているのだと言外に告げる。
これから芋づる式に捕まえていくことになるだろう。その容疑者が自分のせいで一名増えたことを理解した男の顔が歪む。
「肝に銘じておきます」
男の変化を見逃さなかった職員が力強く答える。
ダンジョンが近くにない土地の冒険者は数が少ないので特定は容易だろう。
職員は周囲を見回し、確認する。この場に居る者は白。それ以外で依頼を請けていない者から順に調べればいずれは辿り着く。
この町に本当の意味での平穏が訪れる日がくるのはまだまだ先になるだろうが、それも時間の問題。あとは住人の努力次第である。
何はともあれ十二日目にしてようやく纏まったお金が入ってくることになった。七人分の褒賞金ともなれば、目的地までの路銀としては充分に過ぎる。
王都周辺は街が多くて散々足止めされたが、ここから先は予定通りの道を辿れるだろう。
二つの街を越えた先。
そこが今回の目的地、ガンドルの港町だ。
今日のところはゆっくりと町を散策し、翌日に褒賞金を受け取り出発することにした。
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ニコラスからの報せを受けたエルヴィス・レイモンド伯爵は、彼に賛同の意を示す手紙をしたためると共に、ある作戦を実行していた。
レイモンド家自慢の特殊諜報部隊《陽炎》。三チーム、総勢十八名から成る精鋭部隊である。
今回彼らに与えられた任務はナレク村の調査。そこはレイモンド伯爵領であり、ニコラスからの報告によると、捕らえた者の大半がナレク村出身であった。
そこで調査を行ったところ、組織との繋がりが認められる者が複数確認された。
「外ばかりに気を取られて、内の管理を怠ってしまったか」
ため息交じりに独り呟く。
報告によると、組織の頭であるブルガルドなる者の行方が分からず、捜索に乗り出すかどうかで討論が行われた。
勝手な行動は慎むよう厳命されていたようで、意見が合わずに二の足を踏んでいるという。
再三にわたり行われた討論の場に居合わせた者の総数が現在、九名。結論に至るには程遠く、これからも増えるだろうことを考え暫くは泳がせておくことにした。
彼らの動向は筒抜けなので、結論を出す頃に摘発すればいい。その準備だけ済ませておけば問題はない。
頭を先に叩くことも視野に入れてみるが、それはあまり良い選択とは言えないだろう。
隣国の動向にナレク村の調査。この二つは外せない。そのうえ最後のチームまで動かすのは如何なものか。
容姿すら分からぬ者の捜索に最後の《陽炎》を投入することはできない。そちらはナレク村の問題が片付いてからになる。
他に重要な案件が舞い込んできた時のために待機させておく必要があり、それはもうじきやってくる。
もう一つの組織の存在。
それを疑わずにはいられない文書が見付かっている。
取り調べでも何かを隠しているとしか思えない者が数人。今は尋問中であるが、これから拷問にかけて聞き出すそうだ。
その結果次第で《陽炎》を動かすことになる。
壊滅目前の組織と未だ謎に包まれた組織。どちらが重要なのかは一目瞭然であった。
まだ実在すると決まったわけではない。
しかし、ニコラスがその存在を疑うのであれば、それはきっと在る。そして、すぐにでも証明してくれるだろう。
こちらはただ、待っていればいい。
今は王都に居る彼も、そろそろ戻ってくる頃合い。近日中には答えが出る。
「私の領内で好き勝手してくれた報い、必ず受けてもらうぞ」
静かに闘志を燃やすエルヴィスであった。