3話 可憐な少女
ダンジョンの出口まであと少し、といった所でふと疑問を口にする。
「メアの姿を見たら、みんなビックリするよな」
当然の疑問であった。それをアル自身が経験済みなのである。
ダンジョンの中であっても取り乱すのならば、街中であればどれ程の混乱が起こるのか想像に難しくない。
「ふむ。それならば良い手があるぞ?」
そう言ってアルを背中から降ろす。
「どうするんだ?」
「まぁそこで見ておれ」
次の瞬間、メアの全身から光が迸る。あまりの眩しさに目を逸らしてしまう。
そして光が収まり目を開いたときにはメアの姿はそこには無く――袴を身に纏った少女の姿があった。
少し幼くも見えるが端麗で凛とした顔立ち。
深い緋色に染まった大きな瞳。
黄金色に輝く美しい髪を、後ろで一つに纏めた少女の姿が――。
「ほれほれ~、どうじゃ~妾の姿は~」
アルは開いた口が塞がらなかった。
この少女から発せられた声は、間違いなくメアそのものである。
しかし、目の前の光景がそれを完全に否定していた。
無邪気にクルクルと回る少女のそれは、メアとは程遠いものであった。
「どうじゃどうじゃ? めんこいであろう?」
獅子姿のメアからは想像できない、愛らしい笑顔を振りまく少女。
「メア……なのか……?」
アルはそれだけ絞り出すので精一杯だった。
「そうであるぞ、そうであるぞ」
得意気に胸を張る少女、の姿をしたメア。アルを驚かせ、その反応を楽しんでいるようであった。
「妾のような神獣は、盟約を結んだ者と同じ種に化けることができるのじゃ」
人と見分けが付かぬほどの擬態能力。確かにこれなら騒ぎになることもない。
メアの加護も健在であるため、アルにとっても都合が良かった。
「正直驚いたな。普通の人間にしか見えない。いや、この辺で袴着てる人はほとんど見掛けないし、普通とは少し違うか」
「そうなのか?」
肩を落とすメアであったが、すぐに気を取り直し話題を変える。
「それはそうと、この様な長い洞窟で何をしておったのじゃ?」
「あー、もしかしてダンジョンは初めてなのか?」
「初耳じゃな」
「そうなのか。なら、長くなりそうだし歩きながら説明するか」
そうして二人は歩き出す。
「ダンジョンってのは魔王の残滓とも呼ばれる場所で、その中はとても深くて広いんだ。なんでも魔王が聖王に討伐された場所だとか」
「それで残滓、と。魔王も辺鄙な所を好むものじゃな」
「言い伝えによると、魔王は地底からやって来るらしい。で、この中では魔鉱石って言う鉱物が産出されるんだ」
アルたちはこの魔鉱石の採取に来ていた。
自ら光を放つ不思議な鉱石。
その生成条件は未だ不明であるが、ダンジョン内の表面にのみ出現する。昨日までは無かった道に生えていることもある。
この鉱石は発光しているのでそのままでも利用価値はあるが、加工することによりその真価を発揮する。
生活に欠かせないものから魔術と呼ばれる疑似精霊術まで、精霊との親和性が低い者でも簡単に使えるようになる。
その途中で仲間の裏切りに遭ったわけだが……。
「ダンジョン内ではモンスターが出るから危険な場所だけど、魔鉱石にはそれだけの価値があるんだ」
奥へ進むほど採れる魔鉱石の量も多く、質も高い。その分モンスターも強くなるのだが、魔術が使えるほどの魔鉱石ともなればその価値はとても高い。
一攫千金を夢見て無謀な挑戦をする輩が後を絶たない場所でもあるのだ。
「ほう? それでお主も夢に破れた訳じゃな」
「ぐっ……」
痛いところを突かれたアル。
仲間の裏切りに遭ったとはいえ、自分の実力が足りていなかったのは事実である。
幼少の頃にシーレを召喚したことで召喚士としての訓練を重ねてきたわけだが、それは剣の修行をしないことへの言い訳にはならない。
そもそも召喚士としての才能が無いと思っていたのなら、他の事にも目を向けるべきであった。
シーレを召喚できたことから風の精霊との親和性が高いとみて、精霊術の訓練をするという選択肢もあったのだ。
それらを否定してきたアルであったが、偶然にもメアと出逢うことでその選択は間違いではなかったと知れたことが、彼の唯一の救いだろう。
「それにしても酷い奴等じゃな。仕置きするときは加勢してやろう」
不敵な笑みを浮かべる少女はどこか楽し気に笑う。
そこまでする気はないと諭されたメアは、肩を竦めながら口を開く。
「お主は余程のお人好しと見える。楽観的というか、能天気というか」
呆れられたアルであったが、彼らと出会ってからの半年間は収入が倍以上になっていたという事実もある。
今回の件は普段とは違うルートを辿り、そのうえでいつも以上に深い所まで潜っていたことが大きな要因だろう。ならば彼らにばかり責任を押し付けるのは憚られた。
この件はギルドに報告して終わりだとアルは考えている。
「メアと出逢うきっかけにもなったわけだし、悪い事ばかりじゃないさ。それに、ほら」
ダンジョンの外に出ると、高い壁の連なる景色が瞳に映る。
ここは【渓谷の洞穴】と呼ばれるダンジョン。その名が示すとおり、山とも崖とも呼べるような高台が幾重にも連なった起伏の激しい場所。
渓谷の洞穴はとても広大で、入り口はそこかしこにある。
「俺はこうして生きて戻ってこれた。これ以上は何も望まないさ」
「それはただの結果論であろうに」
不満気なメアを他所に方角を確認するアル。まだ日が出ている時間で助かった。
「街はこっちか」
知らない場所に出てしまったので、方角を頼りにメメクの街を目指す。行きは一時間ほどの距離だったが、帰りはどれくらい掛かるだろうかと一抹の不安を抱えつつ歩き出した。
「そういえばお主のことを何も知らぬな。妾に教えてはくれんか」
興味深そうにこちらの顔を覗き込むメア。唐突な質問である。
「そうは言ってもなぁ。自己紹介して欲しいってことか?」
「そうじゃな、自己紹介じゃ」
何か興味を引くような事でも言ったのだろうかと思い返すアル。思い当たる節は見当たらず、何が聞きたいのかが分からないので無難な返答をすることにした。
「名前はアル。今年十九になった。冒険者としての生活を始めて五年目で、まだ初心者の域を出てない。と、こんなところか?」
「なんじゃ。つまらん自己紹介であったな」
どうやらお気に召さなかったらしい。
何がいけなかったのか思案するアルに、メアはため息まじりに続けた。
「もっとこう、好きな物とか嫌いな物、やりたい事とかあるじゃろうて」
「あんまり考えたことなかったな」
メア本人の自己紹介では一言も触れなかった事を求めていたらしく、それに対し多少の理不尽を感じつつも聞き返すアル。
「メアはどうなんだ?」
「妾か? そうじゃな、妾は甘い物が好きであるぞ。紅茶よりもお茶派じゃな。特に緑茶を好んでおる」
獅子も化けると食性が変わるらしい。そもそも召喚獣が何かを摂取すると言うのは初耳である。
召喚主の魔力を糧に存在していることから、魔力を摂取していると言えなくもない。が、それが全てである。
そんな話をしていると、見覚えのある景色が見えてきた。そこは普段から利用している場所だったので、日が沈んだとしても帰れることは確定した。
(それにしてもやりたい事か。今なら出来る事の幅は増えただろうし、落ち着いたらゆっくり考えてみるかな)
安堵したアルは、そんなことを思いながらメメクの街へと急いだ。
辺りが暗くなり始めた頃、メメクの街に到着した。
門番にギルド証を呈示して門を通る。
この街で過ごし始めてもう二年以上になるので、メアのことは軽く聞かれただけで特に怪しまれることはなかった。
物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回すメア。田舎者丸出しである。
そのお陰なのか、地方の村からやってきた村娘とでも思われたのだろう。田舎娘が都会に憧れてやって来るのは、ままある事である。
あれはなんじゃこれはなんじゃと質問してくるメアに、軽く説明をしながらギルドへ向かう。
街に入ってからこんなに時間が掛かるとは思わなかったアルであったが、なんとかギルドに辿り着く。辺りはすっかり夜になっていた。
ギルドの受付に行き、事情を話す。足を掛けられダンジョン内に独り取り残されたことも。
すると何かを確認した職員は、当惑した表情で告げる。
「《双炎の牙》はまだ帰還していないようです」
それを聞いたアルは頭が真っ白になった。