29話 戦闘狂とイイコト
オルラント王国の街は城壁に囲まれている。
各地の都市は貴族が統治しており、各種ギルドを設置して施政をする。そして近隣の村々を管理し、それがその貴族の領地となる。
城壁に囲まれた都市を街と呼ぶのに対し、町とは城壁に囲まれていない都市のこと。
現在、アルたちが居る場所は町に該当する。
この辺りにはいくつもの村が点在し、街と街を繋ぐ中間地点でもある。そのため交通の要所として発展し、村から町へと成り代わった。
今ではそこらの街と変わらないほどの規模を誇る。
ギルドで掲示板を眺めていると、追い剥ぎ注意の見出しが目に留まった。
詳細を確認すると、どうやら各地で野盗が出没しているらしい。前日も被害に遭った者がいるようで、それが記事になっていた。
------
白昼堂々の犯行! またもや犯人の特徴掴めず!
昼前に町を出た商人が四人組の男に商品の一部を強奪される事件が発生。
男たちはフードを被り、口元を布で隠すといういつもの恰好だった。
だがしかし、それ以外の特徴は毎回変わるために捜査は難航している。
似たような男が別グループに居たりと、やはり裏で糸を引く者の存在が窺える。
今回は特徴的な男、痩せ型長身マンが混じっていたのだ!
前回の報告では三人組。そして他の二人は今回の事件に関わった者とは特徴が一致しない。
過去の事件を総合すると、犯人の総数は三十人はくだらないだろう。
今回は商品の一部を奪われただけで済んではいるが、なかには怪我をした者や、殺害されてしまった者もいる。
町の中でも被害が報告されているので、裏路地などは避けるべきだろう。
毎回、忠告していることではあるが、相手は少数なのでこちらの人数が多いと手を出してこない。
団体行動を心掛けるべし! である。
------
「この町は治安が悪いようじゃな」
同じ記事を読んでいたメアがそう零す。
「なんか面倒くさそうな野盗だなぁ」
記事を読んでみただけでは犯人の目的がいまいち掴めない。愉快犯という印象を受ける。
野盗も生きていくために盗む。これで大人数が食っていけるだけの利益が得られるのだろうか。
拠点の確保、生活必需品の入手、盗品の売却。
それらを問題なく行うには膨大なコストが掛かる。一部の商品で賄えるとは到底思えない。
思考を巡らせたアルが出した結論。それは、副業としてやっている集団がいる。
街は城壁で囲まれているが、この町はそうではない。加えて村と違って人口も多い。
これでは人々の往来を監視するのは現実的に不可能だと思われる。なので、町の中で堂々と暮らしている可能性が極めて高い。
外敵のいない発展途中の町は城壁を造る手間を惜しむ。またすぐに拡張することになるとコストだけが嵩むので、それを避けたいと思うのは当然のこと。
その結果が今回の野盗騒ぎだろう。
野盗を捕えると褒賞金も出るらしいので、この町で金策をするのも悪くない。
こちらは男一人に、容姿だけならか弱そうに見える女三人。薙刀さえ無ければ女目当てに寄ってくるだろう。
ギルドで野盗の出現場所を聞き、宿に戻って作戦を立てると明日に備えて早めに就寝することにした。
翌朝。
町で準備を済ませ、少し遅い時間に北へと向かう。
野盗は人目に付かない時間と場所を選んでいる。ならば、この時間でも人通りの少ない道を選べば遭遇する可能性が高くなる。
そうして歩いていると、四人組の集団を発見した。
物陰に隠れるようにしてこちらを窺っているが、シーレの能力で全てが筒抜けである。
なかには親指の先を口元に持っていき、恐らくは爪を噛んでいるだろう者までいる始末。これなら間違いなく襲われるだろう。
気付かぬ振りして通り過ぎようとしたとき、威勢よく男たちが現れた。
「荷物置いてとっとと帰りな」
「へへっ」
「おっと、帰るのは男だけな」
「へへっ」
「嬢ちゃんたちは俺らと遊ぼうぜ」
「へへっ」
記事で読んだとおりの恰好だが、痩せ型長身マンはいないようだ。
「妾と遊びたいのか?」
そう言って前へと躍り出る。とても愉しそうにしているのが見て取れる。
これから起こるであろう出来事を想像してアルは彼らに同情した。
「おっ! 嬢ちゃん、わかってるね~乗り気だね~」
「へへっ」
「そんな奴じゃ経験できないイイコトしようぜぇ」
「おぅふ」
「満足させてやるからよ、病みつきになるぜ?」
「おぅふ」
男たちがメアに近付く。それを冷めた目で眺めるアルたち。
戦闘狂と遊ぶとはどういうことか。それに気付く前に男たちは地に倒れ伏した。
「ま、こんなところじゃろう」
無手の心得もあると言っていたとおり、見事なものだった。
みぞおち目掛けて掌底を一発ずつ。それだけで意識を刈り取るには充分だった。
「まぁ……さっさと憲兵に引き渡して次行くか」
今日中に五件ほどは回りたい。
仲間が捕らえられたことに気付かれる前に、どれだけ捕まえられるかが勝負。
縄で縛り、水の精霊石を使って叩き起こす。そしてギルドまで届けたら後の事は職員に丸投げである。
二件目は空振りに終わり、続いて三件目。橋の下に隠れている三人組を発見する。
怪しい動きをしているが襲って来ない。なので、橋の両側から挟み込むようにして飛び降りた。
「この辺で野盗が出たらしいな。何か知ってる?」
「へっ? そんな話、聞いたこともないぜ?」
「そ、そうだぜ。朝からここに居るけど見てねえな」
「誰も今日とは言ってないけど?」
バツの悪そうな顔をする男。それを睨みつける痩せ型長身マン。
「ところで、その手に持ってる布は何に使うんだ? 他の二人も持ってるよな」
痩せ型長身マンは大きなため息をついた。すると、雰囲気が一変する。
「バレてるなら仕方ねえな。生きて帰れると思うなよ?」
そう言って腰に差した短剣を抜いた。
------
【奉仙峡】沈下した奥の入り口前。
「彼の言ったとおり、沈下してるね」
一向に調査隊を送らない貴族に痺れを切らしたグルーエルは、自ら現場に赴いた。ここには数回訪れていたので変わり果てた様子が見て取れる。
「どうして沈下なんだろうね」
「と、言いますと?」
不思議そうにグルーエルに尋ねるゲルド。他の二人も同様の反応を見せる。
辺りを一瞥しながらそれに答えるグルーエル。
「ここからだと、どう見ても沈下してると思うだろうね。でも、彼はダンジョンの中に居たと言っていた。それなら崩落と表現するのが普通なんじゃないかな。まるで上から見ていたような言い方だよね」
それを聞いて三人は頷く。しかし、もしそうならなぜ彼は嘘をついたのか。
「彼は想像以上に面白い人物のようだね。もう少し強引に誘っておくべきだったかな」
「さすがに危険すぎるのでは?」
「情報は個人の命よりも大切だよ。それに、近くに居ることでより安全になる場合もあるからね。そこは一長一短だ」
情報を手に入れるのなら近付くのが手っ取り早い。それに――。
「一人増えていたのも気になる」
増えた途端に姿をくらませた。
謎多き彼と親密になれば、さまざまな情報が得られるだろう。彼はきっと、ダンジョン奥地の秘密を知っている。
これからダンジョンへと潜るつもりであったが、彼の動向を探るほうが堅実か。
「今日はもう戻ろうか」
「えぇー。せっかくここまで来たのにもう引き返すんですか!?」
シンシアの表情が歪む。
彼女は精霊術士なので体力がない。必死に歩いてきた道を引き返すことに難色を示す。
「すまないね。少し休憩してから戻ろうか」
「結局、引き返すことには変わりないんですね」
シンシアの苦悩は続く。




