27話 ギルド証の使いどころ
ギルド証の有効期限は三か月である。
この証明書にはギルドからの寸評が記載されており、それは当人の信用度合いを示す。
問題行動を起こせばその都度追記し、再発行時にはそれを考慮した寸評が新しいギルド証に記される。
追加記入を拒否したり、書き換えなどが発覚すると除名処分も有り得る。
何かあったときには提示を求められ、日頃の行いが良くないと自分の首を絞めることになりかねない。
報告を忘れていたアルがお咎めなしだったのは、ギルドからの信頼を勝ち得ていた証拠。多少のことなら大目に見てもらえるのだ。
「四冊ですね。返却期日は明日の夕刻までとなります」
図書館では書物の貸し出しも行っているのだが、ここでもギルド証が役に立つ。
素行の悪い者は借りることができないばかりか入館を断られることすらある。
その点、アルはなんの問題もない。
他の職業よりも平均して素行の悪さが目立つ冒険者だが、その恩恵を知る者ほど優等生を演じるものだ。
街の散策をしながら図書館へ行き、書物を漁る。
書物を借り、街を散策しながらギルドへと赴く。
そうしてギルドでカルロスを待っているのだが、五日目にしてまだ出会えていない。三日に一度は顔を出しているという話は一体どこへ行ったのだろうか。
カルロスが寝泊まりしている場所は、宿とは名ばかりの寮である。
成人すると孤児院を離れる決まりなので、大半の者は教会関係者が経営している宿を利用する。
彼もその内の一人。なので、直接宿を訪ねるのは憚られた。
こうしてギルドで待っているのはそれが理由である。
「何かあったのかなぁ」
彼の性格を考えると、召喚石を見るや否や殴り掛かる可能性を否定できない。その結果、命を落とすことになったとしても驚きはしない。
しかし彼らの強さならば、一大事件として掲示板に張り出されることだろう。
それが無いということは、やはりこれも彼の性格ゆえの問題。大雑把でいい加減で粗暴な彼ならば有り得る。忘れていたという事が――。
そんな失礼な事を考えながら、味方にする人を間違えたかなぁなんて思っていると現れた。
「お、早かったじゃねーか。そいつが……」
「そうだ」
人目を気にするように言葉を濁す。
「そっちはどうだ?」
「さすがにまだ何にも変わんねーな」
「そうか」
その言葉は吉報でもある。
司教という立場の者が行方知れずとなれば、当然カルロスの耳にも届くだろう。そして、真っ先に疑われるのが彼である。
そのどちらでもないことから、司教は秘密裏に目的を果たす腹積もりだったことが窺える。
教会も一枚岩ではないと知れたのは大きな収穫だろう。
司教の死とカルロスを関連付けることもなさそうなので、安心して教会の調査を任せられる。
「これから暫くは連絡が取れないだろうな。そうだな……ギルドまで手紙を届けてもらうことにするよ。手紙が届いたら内容に関わらず見付けたと思ってくれ」
各地を巡る予定のアルと連絡を取るのは難しい。ここから先は各々の裁量で行動することになるだろう。
とは言え、細かな作戦などは無いのだが。
「了解。こっちはこっちで好きにやっとくからよ」
「くれぐれも先走らないようにな」
「わかってるって」
少し不安ではあるが、あまり言っても意味はないだろう。彼には彼なりのやり方がある。無理強いするものでもない。
仲間というよりは共闘といったところだ。
カルロスの無事も確認できたことで、アルは当初の予定通りに神獣探しを優先すればいい。
それが終わる頃には敵の判別が完了していることを信じてカルロスと別れた。
そして翌日。メアの新しい武器を受け取るために、アマツキの武器屋へ向かう。
街を離れることになったが、使用感などは手紙をしたためると副店長に伝える。
やはり渋い顔をされたが契約を破った訳ではない。
こちらから契約を破棄する気はさらさら無いと、ギルド証を提示しながら力説する。こういった場面でもギルド証は役に立つのである。
肝心の薙刀はというと、少し物足りないといった様子。こちらの要望は伝えたのだが、その形状は常識の範囲内に収まっていた。
前回の武器に比べれば、という枕言葉は付くが。
「よっ……と。見た目よりも重いのじゃな」
薙刀を持ち上げたメアは感嘆の声を漏らす。見た目に反して前の武器より重いらしい。
刀身を十センチほど長くしてもらったことも、重量の増加に拍車を掛ける。ハルバードより短かったことを気にしていたようで、それを少しだけ超える長さで作ってもらったのだ。
「こちらは当店自慢の逸品。ご要望通りの耐久力に仕上がったと自負しております。斬撃よりも破壊力に拘り、その威力は岩をも砕くでしょう」
アルはメアが大岩を砕いた光景を思い出し、苦笑いを浮かべる。次は鉄でも粉砕するのだろうか。
どれほど硬いのかは知らないが、その圧倒的質量から放たれる一撃は生半可な武具では太刀打ちできないだろう。
「うむ、気に入った。なかなかに良い品じゃな」
開発中の合金は従来の素材とは一線を画す強度らしく、メアは満足そうに薙刀の感触を確かめる。
後は実際に試してみてどうなるか。メアならば何でも使いこなしてそうではあるが。
何はともあれアマツキでの用事も済んだので、ようやく次の目的地に向かうことができる。
王都から西へ。海に面する港町。
アルたち一行はその長い旅路を行く。
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とある一室。男は豪華な椅子にもたれ掛かる。
全てを任されたノルディは、一週間も戻らぬ司教の真似事をしていた。
「報告します。監視の結果、召喚したのは狂犬と狼。現時点での魔力総量は不明ですが、魔王である可能性は低いかと思われます」
「ふむ」
ノルディは暫し考えると、下卑た笑みを浮かべる。
「親を消せ」
「宜しいのでしょうか?」
「空きはある。やれ」
「……仰せのままに」
教会は孤児を受け入れている。有能な者を孤児院で育てるためだ。
それは将来、教会の手足となって働いてくれることだろう。
そしてもう一つ、重要な事。それは聖王と魔王を探し出すこと。
聖王に成り得るほどの逸材ならば育て、魔王の疑いがある者は消す。
件の子供がどちらになるかは現時点では分からない。どちらでも無いとしても、教会のために働く有能な者として育て上げれば良い。
わざわざ監視を付けるよりも、手の中に治めた方が効率がいいのだ。
その手段を選ばぬ程にノルディは強硬派だった。
「しかし……そろそろ報告せねばなるまい」
司教が今どこで何をしているのかは分からない。それに乗じて好き勝手に振る舞っていたノルディであったが、一週間も音沙汰無しという現状を放置することはできない。
報告すれば代理の司教が送り込まれるだろう。なので、その前に済ませたかった。
暗号化された文書を解き明かし、神獣の召喚石を我が物にするチャンスだったのだ。
司教には隠し事が多く、神獣を隷属させる術も報告していない可能性が高い。
であれば上位の召喚獣を隷属させることで、より上位の召喚石が研究対象として支給される。それはやがて神獣の召喚石に行き着く。
しかし、新たな司教が配属されたとなれば、司祭であるノルディの手柄にすることはできない。
秘密裏に解読を進めたとしても、神獣の召喚石を手にするのは司教。その者の意向次第ですべては水泡に帰す。
そのためアマツキ支部の頂点に君臨する必要があるのだが、司教不在の報告をすれば代理の者がやってくるのは明白。かと言って報告しないのも、それはそれで問題である。
ともかく、明日中には一報を入れるとして、今日のところは解読を急ぐノルディであった。