26話 やはり偏食
仙術。
それは魔力を氣に変換し、体中に循環させることで様々な効果を及ぼす。
曰く、身体能力の大幅な上昇を。
曰く、鋼のような頑丈な肉体を。
曰く、体の傷を癒す治癒能力を。
それだけではない。
武器に纏わせることで、攻撃力と耐久力の底上げが可能となる。
【仙術の極意】はそれら全ての効果が得られるという優れものだった。
しかし、氣を練るにも相応の時間と技術が必要で、慣れていないと効果が低く効率も悪い。
循環させる技術も重要で、これが苦手だと多くの魔力を浪費しただけに終わることになる。
そして、特に難しいのが武器に纏わせること。氣を体外へ放出したまま維持し続ける難易度は圧倒的に高い。
水路を歩きながら試しにと氣を練ってみたが、どうも上手くいかなかった。
練り上げたという感覚は微かに感じられるものの、その効果が実感できない。
「仙術とは奥が深いものじゃ。すぐに使えんでも気落ちする必要などありはせん。気長に励むと良いじゃろう」
「そうだな。まずは感覚を掴むことから始めるか。そのためにも普段から練っておこう」
練り上げた氣は時間と共に消失していく。その速度は慣れていない現状だと驚くほどに速いようだ。
「あまり無理をしなさんな。魔力が枯れてしもうては元も子もないじゃろう」
そのとおりではあるが、氣を練る速度もまだまだ遅いアルにはあまり関係のないことだった。
氣というものをいち早く理解するため【感覚強化】に多くの意識を割いていたことも、氣を練る速度の低下に繋がっている。
「まぁほどほどにやるさ。それよりも」
水路を越えて広場に出た所で、気になっていたことを確かめることにした。
「テンは人の姿だとどんな衣装なんだ?」
「氣のことはもう良いのか?」
「聞きたいことは粗方聞けたしな。そっちは一歩ずつ地道にやるさ」
「そうか。ならば見せてしんぜよう」
微かな光と共にその姿を変える。
一言で表すのならば――妖艶。
整った顔立ちにどこまでも深い黒の瞳。
一七〇センチを少し超える長身にすらりとした長い手足。
腰ほどまでに伸びた真っ直ぐな白い髪には狐色をした数本の線。
白地の着物には川を流れる色鮮やかな紅葉の様子が描かれていた。
「どうやらまた腕を上げたようじゃな」
「腕を……上げる?」
「良く見るのじゃ。この艶やかな色使い、見事なものであろう?」
「う、うん?」
アルには言っていることの意味が分からなかった。
確かに目を見張るほどに絢爛な衣装ではあるが、その言い方には違和感を覚える。
まるでテン自身の手で作られたかのような……。
「そうじゃろう? この色合い、再現するのにどれ程の時を要したことか」
鼻高々といった様子のテン。同意するかのように頷くメア。
話が見えないアルは疑問を呈した。
「もしかして、神獣が着てる衣装は自作なのか?」
「今更何を申しておるのだ?」
さも当然であるかのように答えるメア。
「妾らは人に化けておるのだ。その姿は想像の産物であるぞ」
要するにイメージによって自身の姿が形作られ、それには着ている物も含まれると。
そしてテンは閉じ込められていた長い歳月を利用し、艶やかな色使いを再現したと言う。
もし封印されたのが初代聖王の時代だったのならば、八〇〇年ほどの時間を費やしたことになる。何たる執念だろうか。
しかし、それは他にやる事がなかったということでもある。その絶望は地獄と表現するに相応しいだろう。
幾千年の時を生きる神獣とは時間の感覚が異なるのだろうが、少なくともアルにとってはとても耐えがたい苦痛。ひと月もあれば音を上げることだろう。
ともかく、あまり暗い事ばかり考えているとまた余計な心配を掛けてしまう。辛い過去をいつまでも思い悩むより、今後について考える方が建設的だ。
そう気持ちを切り替えたアルは、氣を練りながら帰途についた。
ギルドへ戻ると、やはりと言うべきかグルーエルに声を掛けられた。
「ダンジョンの奥で何かあったみたいだね。君は何か知らないか?」
奥の入り口を利用していることはバレているので、いつかは聞かれるだろうとは思っていた。
なので打ち合わせどおりに答える。
「凄い音がしたから戻ってみたら入り口が沈下しててな。おかげで戻るのに苦労した」
「良く無事だったね。ギルドには報告したのかい?」
「あっ」
完全に忘れていた。
さまざまな出来事が重なり、すっかり頭から抜け落ちていたようだ。
ギルドからの信用を落としかねないのですぐに報告することにした。
「すっかり忘れてた。今すぐ報告してくる」
それじゃ、とグルーエルから逃げるように受付へと向かう。話し込んでいるうちにボロが出ないとも限らないので、抜け出す口実としては充分だろう。
魔鉱石の鑑定をお願いし、事のあらましを伝える。簡易的な入り口を作ったので、出入りには問題ないだろうことも付け加える。
多少の小言は頂いたものの、信用を落とすほどではなかったようだ。
報告を終えた頃にはグルーエルの姿はなかった。
あまり詮索されたくないので助かったが、彼の目的は恐らく話している所を周囲に見せ付けること。そうすると、余計な騒ぎが起こりにくくなる。
話し掛けた時点で彼の目的は達成されたのだろう。驚くほどにお人好しである。
そんな彼に感謝しつつギルドを後にした。
偏食であろう神獣がまた増えたことで、夕食に悩むアル。食べなくても問題のない神獣ではあるが、店に入って一人で食べる訳にもいかない。
屋台ばかりというのも味気無い。
なので、まずはテンの食性を確かめることにした。
「そろそろ夕食にしようと思うけど、テンって好きな食べ物とかある?」
「わっちは何でも食べる故、気にしなさんな。そこの二人とは違い偏食家ではないからの」
予想と反し、テンの食事に悩まされることがないようなので一安心のアル。これならいつもの店で問題はなさそうだ。
と、思ったのも束の間――。
「こやつの好物は油揚げであるぞ」
「確かにわっちは油揚げを好んでおる。しかし、甘味にしか興味のない偏食家には言われとうない」
「よくいう」
「こやつ、店の油揚げすべてを食した奴じゃ。気を付けると良い」
「あ、あれは――」
その昔、とある店の油揚げを大層気に入ったテンは、二日連続で店の油揚げ全てを平らげ出禁になったことがあるそうだ。
必死に言い繕うテンであったがリルにまで反論される始末。
アルの足は自然と屋台へ向かうのであった。
翌日。
少し遅い時間に武器屋へ向かう。特注したアルの片手剣を受け取る日である。
刃渡り六二センチ。少し幅の広い分厚い刀身。耐久力を重視した、長剣よりも重い武器。
その柄頭には精霊石が取り付けられるようになっている。
通常であれば鍔の部分に武器用の精霊石をはめ込み、柄頭でも攻撃が行えるようにしている。
しかし、武器用の精霊石は通常の物より一回りほど小さく値段が高い。
そしてそれは武器自体を強化することに主眼を置いているため、それ以外の精霊石を使用したい場合は発注しないといけなくなる。
一定の街に留まることのないアルにはその時間が惜しく、通常の精霊石も取り付けられるようにとこういった形にした。
今なら精霊石が二つある。鍔迫り合いになったときに役立つだろう。
片手剣自体の耐久力も申し分無い出来栄えだった。
それに満足したアルは、次にギルドへと向かった。
掲示板で新しい情報が無いことを確認すると、受付で預金を全額下ろす。
これから王都に拠点を移し、色々と調べ物をするためだ。
アマツキの街から一時間もかからない程度の距離なので、王都から【奉仙峡】へ通う冒険者もいると聞いている。カルロスがまさにそれだ。
特に西の入り口までの距離はさほど変わらない。ならば王都で活動したほうが効率がいいだろう。
露店でどら焼きとリンゴといなり寿司を買ったアルはアマツキの街を出発した。