24話 死体を隠すなら
ダンジョンで行方不明者が出ることは数あれど、死体の発見報告はあまりみられない。
その理由はモンスターが死体を喰うからである。
人を襲うのもこのため。その場に残されるのは持ち主不在の装備一式。
死体を隠すならダンジョンの中とはよく言ったものである。
入り口が潰れたことで、他に入れそうな場所を探す。
シーレの能力を使えば小さな隙間から見付け出すのは容易だ。
土砂を撤去し、崩れそうな場所は敢えて崩すことにした。
土の精霊の力を借りれば補強できるが、アルもカルロスも苦手なためである。
「やっぱり見付かんねーか?」
「空間と違って探し出すのは無理っぽいな」
司教をダンジョンの奥に放置した後、薙刀とハルバードを探すことにした。
だが、土砂に埋もれてしまえばどこにあるのか分からなかった。
隙間を辿って空間を見付け出すのは得意だが、何かに遮られてしまえばそこまでである。
それに目視と違って影として捉えるため、土砂の隙間から突き出た一部分を薙刀として認識するのは難しい。
つまり、アルを辿る痕跡を残すことになったのである。
わざわざ掘り返す者がいるとは思えないが、念の為に明日以降も探すことにして、今日のところはアマツキの街へ戻ることにした。
「んじゃ俺は王都に戻るわ」
「気を付けてな」
「何かあっても死ぬことはねーよ。レオもいることだしな」
「負けてしまってすまなかった、カルロス」
「そのことはもういいって。相手が悪かっただけだろ。お前の強さは良くわかってる」
「妾も愉しい時を過ごせて満足であるぞ」
今回の戦闘でメアにはある変化が起きた。
それは召喚獣に稀に見られる特殊な能力。
彼女は【不死不屈】という才能を開花させた。
「メア様もどうかご壮健であられますようお祈りいたします」
「うむ。お主も精進することじゃ」
「これは手厳しい」
そうして二人は笑い合った。
遺恨を残すこと無く上下関係をキッチリと解らせたメア。神獣の世界は弱肉強食であると同時に、お互いを認め合う心を持っているのだろう。
メアと出逢ってからというもの、とても興味深いことの連続で考えさせられる事が多い。
言語を介することで、意思疎通だけでは図れない心の奥底とでも言うべきものだろうか。それを垣間見る想いだ。
自身の意思疎通を図る技術もまだまだ未熟なのかもしれない。そう思いながら、アマツキの街への帰途についた。
街に戻ってまずやること。
それはメアの武器を新調することだ。
手痛い出費ではあるが、司教の残した精霊石が二つある。それが今回の臨時収入と言っていいだろう。
火と風の精霊石。あと何回使えるかは分からないが、メアの使っていた武器はそれほど高い物でもなかったのでお釣りがくる。
とは言え、メアが望むような耐久力のある武器などそうそう無い。
前回のあれは運が良かったと言えるだろう。思ったとおり、メアを満足させられる武器など置いていなかった。
冗談のように太い薙刀でさえ壊れたのだ。今度はもっと頑丈な物を欲しがるのも無理のない話だった。
武器の耐久力を上げる精霊石を使うことも考えたが、埋め込んだ箇所は当然脆くなる。薙刀全体を使って戦うメアにとっては致命的な欠陥となるわけで、それを許容することはできない。
どうしたものかと唸っていると、店員が解決策を提示する。
「でしたら、皮手袋に精霊石を刺繍した物もございます」
詳しく聞くと、皮手袋に編み込まれたストーン・スキンという土の精霊石を使って武器の耐久力を上げることだった。
注意事項として、間違って皮手袋に魔術を行使してしまうことがあるという事。戦闘では咄嗟の判断が要求されるため、間違うことも多いらしい。
「検討してみます」
皮手袋の案は今回は見送ることにした。
後で確認してみるが、恐らくアルの予想は間違ってはいないだろう。
獅子姿へと戻ったとき、はめている皮手袋の破ける様子が脳裏に浮かんだ。
「お客様、どうかなされましたか?」
「副店長!?」
店員とのやり取りに割って入る初老の男性。揉めていると勘違いしたのだろう。
余計な想像をしてしまったせいで、微妙な顔をしていたという自覚はある。彼女に非はない。
その事を踏まえつつ軽く状況説明をする。
あまりにも説明が不足していたのか、店員が仔細を伝え直す。どうやら焦りすぎたようだ。
その後は副店長が対応することになった。
「耐久力のある品をお求めだそうですが、試作品で良ければお望みの商品をご提供できるかもしれません」
「と言うと?」
副店長の話によると、現在開発中の合金が耐久力に優れているらしい。
開発段階のために切れ味や重量などの問題点があり、生産には至っていないそうだ。
それの試作品ならば提供できるとのこと。
願ってもない申し出に二つ返事で承諾するアル。使用感を報告しなければ成らなくなったが、こちらの望む物を作ってくれるらしい。
切れ味や重量などはこの際気にせず、とにかく壊れにくい薙刀を要望する。
少し渋い顔をされたが何とか契約は成立。一週間ほどで完成する見込みだそうだ。
上機嫌になったアルはその足でギルドへと向かった。
受付で魔鉱石の鑑定をお願いする。
その時、興味深い話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 例の地鳴り」
「あーなんか聞こえたらしいな。俺は聞こえなかったけど。それがどうした?」
「なんでもすげー揺れたらしいぜ?」
「マジかよ」
「その後も小さな揺れと地鳴りが続いたらしい」
「お前それ話盛ってねーか?」
「いやいや、ジルクさんとこのパーティが言ってたんだって」
「マジかよ。ホラ吹いてんじゃねーのか」
「お前、ジルクさんが嘘ついたとこ見たことあんのかよ」
「あるぞ」
「あるのか……。そういや俺もあったわ」
「……」
「……」
「ついにダンジョン崩落か」
「かもしれんな」
洞窟内は音が遠くまで響くとは聞いたことがある。
いくら広大なダンジョンとはいえ、さすがにあの規模の戦闘音は隠し通せるわけがなかった。
こればかりはとぼけるしかない。
入り口まで崩れ去ったのだ。
こちらとしても帰り道が突然無くなって難儀したと被害者ぶることで、外で起こった全ての出来事を知らぬ存ぜぬで押し通す。それしかない。
宿に戻ると入念に口裏を合わせるアルたちであった。
------
執務室で報告書に目を通す人物。名をニコラス・ハーゼルという。
今回の一斉摘発により得られた情報を一瞥すると、大きくため息をついた。
「結局、未解決ということか」
大掛かりな作戦を決行したにも関わらず、組織の上層にはまんまと逃げられる。
内部に居るであろう情報提供者は見付からず。
これでは何のための作戦だったのか。ニコラスは頭を悩ませた。
そして、問題はそれだけではない。
「これはどうしたものか」
執務机の上には一つの石。召喚石と呼ばれたそれに視線を落とす。
報告によれば召喚獣を無条件に呼び出す代物らしい。
どういった仕組みなのかは解明できていないが、捕らえられた者の言によれば強制的に契約を交わして使役できる石なのだとか。
「これではまるで奴隷だな」
この国では奴隷を禁止している。
しかし、それは人の尊厳を守るための法律であり、召喚獣に適用された前例は無い。
召喚獣との契約はどちらからでも一方的に破棄できる。そのため召喚獣の扱いに関する法など不要であった。
子爵である彼には法整備など手に余る問題。まずは寄親であるレイモンド伯爵にお伺いを立てるべきだろう。
彼とは旧知の仲ではあるが、形式は重んじなければならない。
色よい返事を期待しつつニコラスは筆を走らせた。