23話 決着
獅子の闘いは決着の時を迎えようとしていた。
いくらダメージを負ってもすぐに治っていくメア。これほどの闘いにも関わらず、目立った外傷は見当たらない。
対するレオは立っているのも不思議なほどにボロボロになっていた。
「レオ! 負けんじゃねぇ!!」
その声虚しく形を維持できなくなった獅子は霧散した。
「レオが……負けた……?」
信じられないといった様子で崩れ落ちるカルロス。
アルはカルロスの前に立つと、彼の真意を問うた。
「答えてもらうぞ。お前はなぜそんな外道と一緒にいるんだ」
カルロスの召喚獣との接し方は、奴らのそれとは違っていた。
多少強引なところは見受けられるものの、レオの様子を見るに、うまく付き合っているように思えた。
「……俺は孤児院で育った。こいつは教会の司教だ。だから教会から仕事を請け負うこともある。それだけだ」
「ペラペラと喋りおって――」
「「お前は黙ってろ」」
「ぬぅ」
「俺は今カルロスと話している。お前はその後だ」
周りが敵だらけになった司教には押し黙るしか選択肢が残されていなかった。
リルとの戦闘でほとんどの精霊石が砕けていたことも、それを後押しする。
「そいつらは召喚獣を奴隷として扱っている。お前はそんな奴らを許すのか?」
「奴隷? そういやさっきも言ってたが、なんの話だ?」
とぼけているようには見えない。
そもそも、カルロスはあまり嘘が得意な人物とは思えない。直情的で、我を通す猪突猛進タイプ。
そんな男が知らないと言うのなら、そうなのだろう。
「こいつらは召喚獣と強制的に契約する術を持っている。召喚主の命令には逆らうことができないと聞いている」
「な……んだそれは」
目を見開くカルロス。
司教へと視線を移すと、問い質した。
「今の話……マジなのか?」
目を逸らす司教。その仕草は肯定を表していた。
少なくとも、カルロスはそう捉えた。
「てめぇ!!」
カルロスは司教の首を片手で掴んで持ち上げた。
「ぐっ、ぅう」
うめき声を上げる司教。
抵抗しようにも腕力の差は歴然であった。
「否定しろよ。てめぇが……いや、教会がそんなことしてんのか!? 答えろ!!」
「知るか……馬鹿、がぁっ」
カルロスは怒りに任せて司教の喉を握り潰した。
飛び散る鮮血。力無く垂れ下がる司教。
彼の腕からは大量の血が滴り落ちていた。もう助からないだろう。
「クソッ!」
それを放り捨てるとカルロスは天を仰いだ。
しばしの沈黙の後、アルに向き直る。
「すまん。つい、リキっちまった」
「気持ちはわかる」
「どうせこやつは何も喋らんじゃろうて」
メアの言ったとおり、組織については何も喋らないだろう。
だが、司教という立場の者が護衛を付けてこんな場所までやって来たことを考えると、ある程度の予想は立つ。
「そうか。それよりさっきの……やっぱりマジなのか?」
「あぁ」
アルは一通りの説明をする。
そして司教のローブから一つの召喚石を取り出した。
「これが奴らの言う召喚石だ。使用した者と強制的に契約を交わして従わせる……卑劣な石だ」
「さっき召喚してたのはこいつの力ってわけか」
「確認してみるか?」
「いや、いい」
沈痛な面持ちで拒むカルロス。召喚獣に対する想いはアルと同じであった。
「試すようなことをしてすまない」
信用できなくて当然。だから気にしなくていいと伝えるカルロス。
それよりも、自分と同じ考えのアルは信用するに足る人物だと評価したようだ。
「ところでそいつ司教とか言ってたけど、他には何か知らないか?」
「こいつはアマツキの司教だな。名前はすまんが覚えてない。長くて覚えらんねーわ」
カルロスはお世辞にも頭が良いとは言えない人物のようだ。
続きを促し聞いてみたところ、この司教はカルロスにとってもよく知らない人物で、三年ほど前に知り合ってからまだ数回しか会ったことが無いらしい。
ここに来た目的も知らされていないとのこと。
「今さらだが俺はカルロス。そっちは?」
「アルだ」
「妾はメアじゃ」
「リル」
「覚えやすくて助かるわ」
カルロスも短い名前を付けていたことを思い出して苦笑するアル。
覚えやすいからという理由で名付けをしたわけではない。……とは言い切れないんじゃないかと、アルは自問自答することになった。
「で、アルはこれからどうするんだ?」
「ん? あぁ、これからな。これから?」
余計なことを考えていたせいで間の抜けた返事をしてしまったアル。
それを気にすることなくカルロスは持論を展開した。
「俺は教会を調べるつもりだ。召喚石ってやつを持ってたらこいつの仲間ってことだろ? 教会からの依頼をバンバンこなしてたら派閥とかも見えてくるんじゃねーかな」
確かにこれはカルロスの立場ならではの作戦ではある。
教会も一枚岩とは限らないので、彼はそれを調査するにはうってつけの人物だろう。
しかし、懸念されることが一つ。
「今回の件はどう言い訳するんだ?」
それは問題ないだろうとカルロスは指摘する。
「いつもは教会から依頼されてるんだが今回はこいつから直接依頼されたからな」
目的も告げず、ただ護衛としてついてこいと。そしてこの事は他言無用と念を押されていたという。
ここまで聞けば、司教の行動は教会を出し抜こうとする動きにもみえる。【奉仙峡】に封印された神獣を無理やり使役し、何かを成そうとしていたことは想像に難しくない。
その目的までは分からないが、よからぬことを企てていたのだろう。
「で、アルはどうするんだ?」
「俺は今までどおりダンジョンに封印された神獣を探すよ」
アルの目的は変わらない。
組織の姿が見えてきたが、教会の腐敗がどこまで進んでいるのかわからない。
ならば先に確実性のあるものから解決していき、その過程で自身が強くなってから教会と事を構えればいい。
「そうか。俺は普段は王都で活動してるから、何かあったらギルドにでも寄ってくれ」
三日に一度くらいは顔を出していると言われたが、あまり当てにならない連絡手段だった。
「そういやずっと気になってたんだが」
前置きを入れつつリルを見るカルロス。
「どうした?」
「そっちの嬢ちゃん、もしかして神獣だったりするのか?」
「そうだ」
「マジかよ。どおりで強いわけだ」
カルロスは当初、闘士と言われたらしい。
詳しく調べると戦士や忍士の資質も高く、将来、一対一の戦闘においては右に出る者はいなくなるだろうと言われていた。
それに加えて魔力量も多いことから召喚獣との契約を勧められたところ、まさかの神獣と契約するに至った。
「腕には自信あったんだけどな。上には上がいるもんだ」
「こっちは神獣二体だぞ? むしろ一体でそこまで強いカルロスの方が異常だと思うが」
「冗談だろ?」
アルの発言に信じられないといった様子のカルロス。こちらを観察し、それが冗談ではないと悟るとため息をつく。
「普通、二体も召喚できる魔力はねーだろ。こっちはもうレオを呼び出す魔力も残ってねーぞ」
「そうなのか?」
「お前……どうなってんだよ」
呆れ果てるカルロス。なぜか頷くメアとリル。
「お主はもう少し自覚するべきであろう」
何度言われたことだろうか。
魔力は目に見えないもので、今までその限界値など知りようも無かった。
しかし、カルロスはそれを認識している。アルの限界値はまだまだ底が見えないということなのだろう。
ともあれ、今はそんな話をしている場合ではない。
ある程度の情報も共有できたことで、次は現状の解決を図る。
こちらの装いを知っていたということは、何らかの容疑者としての情報を集めていたということ。
それは一つしかない。
ナレク村付近で襲ってきた男たちの死体が見付かったと考えるのが妥当。埋めるだけでは足りなかったようだ。
これ以上アルに繋がりかねない情報を隠匿するため、頭を悩ませるアルたちであった。