21話 予想
ダンジョン。それは魔王の残滓が漂う場所。
洞窟内の表面にある何かと反応して、魔鉱石と呼ばれる鉱石が生み出される場所。
残滓とは魔力であると予想されていること。
魔力体とされる召喚獣が、モンスターの性質と酷似していること。
それらを鑑みるに、予想されていたことではある。
しかし、それを正しく理解している者がいるだろうか。
その時を見た者はおらず、誰しも自ら経験しないと物事の本質は見抜けない。
虚空に突然、姿を現すことの恐怖を――。
それはダンジョンの奥へと足早に進んでいるときだった。
いつもより数の多いモンスター。それらを軽々と処理していくアルたち。
開けた場所に出ると集団で固まっていることが多くなり、そのほとんどをメアとリルが手早く片付けていた。
一息ついた時、アルは意識を集中して索敵を開始。すると、範囲の中に突如として何かが現れた。
範囲内のすべてを捉えるシーレの能力であっても、遠くを確認するには時間のズレが生じる。
しかし、突然現れた影は、範囲の外からやってきたとは到底思えなかった。
「メア、リル。ちょっと戻るから付いてきて」
「なんじゃ。愉しくなってきたところであるぞ」
「少し確認しておきたい」
可能性の一つとして語られていたこと。
それは最奥で起きている出来事なのだと。
その誰も目撃したことのない現象が、どこにでも起こり得る可能性を秘めているのだとすれば――。
「ダンジョンで死者が出る理由……か」
シーレの能力で捉えたそれは、やはりモンスターであった。
アルは思考を巡らせる。
召喚獣は召喚主と魔力の糸で繋がっている。
お互いの距離が遠ざかるほど、糸は細くなっていく。
それは魔力供給の遅延から始まり、供給効率の低下、果ては供給の完全停止からの加護消失にまで至る。
そして糸が切れた召喚獣の残存魔力が一定値を下回ると、形を維持できなくなり霧散する。
この場合、魔力は還ってこない。
召喚主と繋がっている状態で、例えば供給量以上のダメージの蓄積や精神異常からの強制解除など、そういった場合は還ってくる。
ならば霧散した魔力は一体どこに在るのか。
それが残滓と呼ばれる魔力なのだろう。
形を維持できなくなったモンスターが霧散し、残存していた魔力がその場に留まる。
大量のモンスターを狩り、一時的に魔力濃度が高くなった場所は、その現象が起こる確率が上昇するのではないかと推測できる。
多くのモンスターと連戦した後は、体力も魔力も消耗している。誰もが一息つきたいと思うだろう。
そして周囲を索敵し、モンスターがいないことを確認する。そこには当然、油断が生まれる。
その現象は、誰も見たことがないというのは正確ではなく。
見た者は帰って来れなかったと言った方が正しいのだろう。
「これを説明するのは難しいな」
魔力とは目に見えないものである。
それを検証も行っていない段階、かつ、学者でもない者が説いたところでいったい誰が信じるのか。むしろ、不確かな情報を流布することで、新たな犠牲者を生む可能性が高い。
恐らく貴族側も同じ考えに至り、いたずらに混乱を招くのを避けようとした結果の秘匿だと思われた。
今の段階では注意喚起するくらいが関の山だったのだろう。
「今日はもう切り上げようか」
モンスターの間引きは果たして正解なのだろうか。
アルの推測が正しければ、間引きをすることでより危険度が増すのではないか。
これはしっかりと考える必要がある。そう思い、街に戻ることにした。
「誰か入って来た」
昼を少し回った頃だろうか。ダンジョンに足を踏み入れる三人組の姿を捉えた。
グルーエルたち以外にも奥地を目指す人物がいたようだ。
「いや、調査隊か?」
あまり深くは考えずに出口手前の大広間ですれ違うことになった。
二人はかなりの手練れだと思われる男。
最後の一人は白い髭を蓄えた老人。
護衛を引き連れた学者が調査に来たと言われれば納得するような組み合わせではある。
ただ、老人の風貌が特徴的だった。
いくつもの精霊石をローブに縫い付けてある。大貴族でもやらないような、とても悪趣味な見た目をしていた。
「少し待ちたまえ」
すれ違ってすぐ、その老人に呼び止められる。
「珍しい服装をした女二人。うち一人が大きな武器を所持。男一人、女二人の三人組。報告にあった者たちの内の一組か」
振り返ると老人は何やら呟いていた。
「君たち、最近アマツキの街に来たようだね」
「それがどうかしたのか?」
ただならぬ気配を漂わせ始めた老人に、アルたちは身構える。
「念の為だ。ここで死んでもらうことにしよう」
老人は両手を広げると、魔術を行使した。はだけたローブから幾重もの火球が放たれる。
突然の攻撃であったがその全てを避ける。しかし、火球に紛れて風の刃も放たれており、数か所の浅い切り傷を作る。
「大丈夫か!?」
「この程度、問題ない」
「大丈夫」
メアは頑丈でびくともしない。リルは全てを避けた。流石の一言である。
「こいつら強いじゃねーか。俺にも遊ばせろよ」
金髪オールバックの男がアルに視線を向ける。
「レオ、お前は薙刀の相手だな」
「相変わらずですね、カルロスは」
レオと呼ばれた黄褐色の髪を逆立てた男。ハルバードというダンジョンに似つかわしくない武器を持っていた。
「まぁそう言うなよ。似たような武器使ってんだろ」
カルロスと呼ばれた男は一対一を好む戦闘狂のようだ。
「どうやら少しは愉しめそうじゃな」
こちらにも似た者がいることに肩を竦めるアル。
しかし、降りかかる火の粉は払わなければならない。
「あまり勝手をされては困る」
「人の獲物に手ぇ出すんじゃねぇぞ!」
言葉と共に走り出したカルロスは、末尾と同時にアルを斬りつける。
袈裟に振るわれた長剣を、短剣で捌きながら距離を取るアル。
「あんまり気乗りしないんだが」
「まぁそう言うなよ。命まで取ろうってわけじゃねぇんだ。純粋に楽しもうぜ?」
カルロスと老人の意見が食い違っていることに違和感を覚える。
どちらにしても、ここでカルロスに負けると老人が止めを刺しにくるだろう。戦闘は避けられそうになかった。
「そこの爺さんは死んでもらうって言ってなかったか?」
「お前が俺を満足させれたら殺させねーよ」
そうしてアルとカルロスは剣戟を重ねる。
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「お主、なかなかやりおるではないか」
アルたちが剣戟を重ねる少し前には既に戦闘が始まっていた。
このレオという男はメアと互角に渡り合っていた。
「ここまで強いお方は初めて見ましたよ」
ハルバードのリーチを生かして相手の範囲外から攻撃を重ねるレオ。重量武器を難なく振り回すこの男の膂力は凄まじい。
それに対してメアは柄の中ほどを持ち、近接戦闘を仕掛けた。
穂先と石突、交互に振りながら体術も織り込む。圧倒的な重量武器の慣性を余すことなく利用し、まるで舞っているかのように攻撃を繰り出す。
「やりますねぇ!」
レオは渾身の一撃を振り下ろした。
メアはそれを華麗にいなすと、勢い余ったハルバードが地面を砕いた。強烈な一撃により辺りに礫が飛散する。
同時に距離を取って仕切り直そうとしたレオ。その動きにメアが反応する。
薙刀を突き出し持ち手を柄の端まで滑らせる。体を回転させながら撃ち出した穂先は曲射のような軌道を描いてレオを襲った。
引き戻したハルバードの柄で受け止めるレオ。高速で迫る圧倒的質量を一身に受け、レオは弾き飛ばされ壁に激突した。
「まだ終わりでは無かろう?」
土煙の中から顔を出すレオ。手に持つハルバードは完全に折れていた。
「あなたは強い。これは本気で戦わなければならないようですね」
レオは微かな光を放つ。
予想だにしないその姿にメアは口元を緩ませた。
「どうやら妾がおらぬ間に頂点を主張しおったな」
三メートル近い獅子の姿がそこにあった――。