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2話 ネメアの獅子

「幾年振りであろうか。妾を呼び起こす者が現れようとは」


 声の主に驚き、腰を抜かしてしまったアル。言葉を用いる獅子など聞いたことがない。

 それに加え、見ただけで解る圧倒的強者の風格。次の瞬間には死んでいてもおかしくはないと思えるほどの威圧感。


「お主、妾と盟約を結ぼうぞ。……どうかしたのか? 盟約は初めてではなかろうに」


 シーレに視線を送り、不思議そうに問い掛ける。

 アルに視線を戻すと、小さく頷き獅子は続けた。


「ふむ。この状況に混乱していると見える。案ずるな、妾は敵ではない。お主が妾を召喚したのだぞ」


 状況を飲み込めていないアルであったが、魔力の吸い取られる感覚には覚えがあった。シーレを召喚した時と同じ、久しく忘れていた懐かしい感覚。

 ならば、この人語を介する獅子は自身が召喚したとみて間違いないのだろう。

 猜疑心はまだ払拭し切れてはいないが、少しだけ落ち着きを取り戻すアル。


 立ち上がり襟を正すと、一呼吸置いてから獅子に問う。


「いくつか、質問したい。……いいか?」

「盟約に際しての条件か? ならばそこの精霊と同様であるぞ」


 恐る恐る尋ねるアルとは対照的に、飄々とした様子で答える獅子。

 敵意は感じられない。害意が無いのならばと平静を装いつつ続ける。


「あんたは一体何者なんだ? 俺が召喚したと言ったが、なぜ召喚獣が人の言葉を喋れるんだ?」


 そうか、と呟きつつ獅子はそれに答える。


「自己紹介がまだであったな。妾はネメアの獅子。神獣である」

「神……獣?」


 聞き慣れない言葉に戸惑いを見せるアル。神なのか獣なのか。煙に巻こうとしているのではないかと疑いを深める。


「なんじゃ、知らんのか。……まあ()い、説明してやろう。神獣とはその種の頂点――(すなわ)ち、神に等しき存在と云えよう」


 誇らしげに答えた獅子は、アルの反応の薄さに少し残念そうに続けた。


「妾のような獅子を見たことはあるか? あれらは眷属。神獣である妾を召喚するためには膨大な魔力が必要になる。お主、誇って良いぞ」


 それを聞いて苦い顔をするアル。

 彼はシーレを召喚したのを最後にあらゆる召喚に失敗していた。


「俺には誇れる才能なんてない。シーレを召喚できたのも偶々で、それ以来まったく召喚に成功した試しがない」


 目を丸くする獅子。しかしそれは一瞬のことで、すぐに舐め回すような視線へと変わる。

 一通り観察し終えたのか、獅子が小さく頷く。


「成る程。お主、自身の魔力量の程を自覚したことは? それと、そこの精霊。高位の存在と見受けられるが、理解しておるのか?」

「シーレが……?」


 シーレは幼少の頃、唯一召喚に成功した召喚獣である。

 それが高位の精霊であり、加えてアル自身の魔力量も膨大であるかのような言い方には違和感を覚えた。


「ふむ。自覚は無し、と。そうじゃな……お主、妾を見て腰を抜かしておったであろう?」


 含んだ笑みを浮かべる獅子。

 アルの様子に満足し、高らかに笑う。


「それと同様であるぞ。お主の魔力を恐れ、召喚に応じられる者がおらなんだだけであろうに」


 当然、アルにその自覚はない。

 索敵能力に優れたシーレではあるが、その加護は感覚を強化することのみ。戦闘能力は無に等しい。

 つまり、アルも戦闘においては何の役にも立てない。そんな自分のことを特別だとは到底思えなかった。


「俺に、そんな特別な力があるのか……?」

「妾と盟約を結べることこそが、その証拠であろう」


 しかし、獅子の話には筋が通っているなと思わされた。

 これほどの強者を使役できるとなれば、それはアル自身も強者であることの証左。


「俺は、あんたと契約できるのか?」

「最初からそう言っておろうに。妾もお主と盟約を結びたく思っておる。後はお主さえ良ければ、妾に真名を与えると良い」


 召喚獣に名を与えることにより、現世に留まれるようにする。それが真名を与えるということ。

 双方合意の下で行われるこの儀式により契約は完了する。


 これで本当に契約できたとすれば、今まで培ってきたアルの努力は無駄ではなかったということ。それは当然、自信にも繋がる。


「ネメアの獅子、と言ったか。……なら、【メア】でどうだ」

「ここに盟約の儀は果たされた。(あるじ)として認め、妾はお主に付き従おうぞ」


 その瞬間、アルは身体の奥底から力が湧き上がるのを感じた。止め処なく溢れ出すそれは激流となって全身を駆け巡る。


 アルは力の源泉に意識を傾けた。


 驚異的な力をアルに(もたら)した加護の名は【力の象徴】。その強大過ぎる加護によって、アルは得も言われぬ万能感に包まれる。


 事の成り行きをつぶさに観察していたメアが口を開く。


「お主。身体に違和感は無いか?」

「違和感も何も、今なら何でもできそうだ。力が(みなぎ)ってくる」

「ふむ。矢張り、妾の見立て通りであった」


 メアはシーレに視線を送るとそのまま続けた。


「神獣である妾だけでなく、高位の精霊と同時に召喚しておるのだ。それで身体に違和感すら抱かぬのならば、それはお主の魔力量が底知れぬという事に他ならぬ」


 確かに並の召喚士ならば、二体同時に召喚することは稀である。特殊な状況下において、それぞれの加護を受けたほうがいい場面もある。

 しかし、より強力な召喚獣を使役するために、片方のみで臨むことの方が圧倒的に多いのだ。


 そしてアルの場合、それだけではない。召喚し続けることによる弊害も、アルにはみられなかった。

 それはシーレが下位精霊なのだと思い込んでいたからであったが、通常、召喚獣を使役し続けるのは召喚者への負担が大きい。

 召喚時に魔力を分け与え、そのうえで召喚獣が使用する魔力を肩代わりしなければならないからだ。

 勿論、召喚を解くと魔力は還ってくるが、召喚獣が受けたダメージや疲労の分だけその量は減る。


 シーレの召喚を今まで一度たりとも解除していないアルが特殊なのである。


「その顔を見るに、少しは自覚できたようじゃな」

「そう……みたいだな」

「では、そろそろ行くとしようか。妾も久方ぶりの現世。心が躍るというもの」


 周囲は高い崖に囲まれている。

 どうやって脱出するんだと問うアルに、背中に乗るよう促すメア。


「振り落とされぬよう掴まっておるのだぞ」


 そう言ってメアは地面を踏み締め――跳んだ。

 大地の割れる音がダンジョンに響き渡る。それほどまでに強靭な脚力を見せた。

 壁を蹴り、より高い場所へ。時には走るようにして崖上目指して駆け登った。



 そのままシーレが示す先へと進んでいく。道中に遭遇するモンスターなど障害には成り得なかった。

 道行く先のモンスターをすべて薙ぎ倒しながら進む姿はまさに獅子奮迅。破竹の勢いで駆け抜ける。


 そんな中、アルは言い知れぬ高揚感に包まれていた。

 先刻の裏切りなどは些末な事。ギルドに報告して終わりであると。

 それほどまでに今の状況に酔いしれていた。




------




(リザ――)


 メアは遥か遠い昔に想いを馳せていた。

 記憶が色褪せる程の、遠い過去。




 堅牢な扉向こうに固く閉ざされてしまった妾らのことを案ずる声。それを最後にお主との盟約が潰えてしまった日。

 あの後、お主の身に何が起きたのかは妾には解らぬ。

 お主のことだ。自身のことよりも、妾らの心配をしておったのであろう。

 しかし、案ずる必要は、もう無い。


 妾は開放されたのだから――。

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