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18話 奥地

 魔鉱石を鑑定に出したとき、後ろから声を掛けられた。

 その声はどことなく落ち着いていて、敵意があるようには感じられない。

 とても耳心地の良い声にアルは振り返る。


 整った顔立ちに明るい茶色の短髪。その立ち姿には品が感じられる。

 背格好や年の頃はアルと同じくらいだろうか。

 誰の目から見ても好青年の印象を受けるだろう男が立っていた。


「俺はグルーエル。少し話がしたい。時間は取らせないから安心してくれ」

「アルだ。こっちはメアとリル」

「あっちの席で座ってるのがミルド、ゲルド、シンシアだ」


 軽く会釈を交わす。

 青色短髪の二人は髪型も相まって容姿がとてもよく似ていた。恐らく双子だろう。

 もう一人は緑色の長髪を後ろで二つに緩く結んでいる。落ち着いた感じの女性だ。

 三人とも、八つくらい年上だろうか。


「で、俺に何か用か?」

「話は単純だ。俺たちとダンジョンに潜らないか?」

「なぜ俺たちを誘うんだ?」


 当然の疑問だった。

 この男には見覚えがある。アマツキの街に来てから出会った中で一番強い。いや、今まで見た冒険者の中でも群を抜いているように思われる。

 そんな男に共闘が必要だろうか。


「少しだけ移動をしよう」


 人のいない端のほうへと行き、声量を落として理由を語るグルーエル。


「俺たちはダンジョンの奥地へ行くつもりだ」


 話を聞くと、そのための戦力が欲しいとのこと。

 魔鉱石を持ち帰る量を見ても、アルたちを誘うのが一番だと思ったらしい。

 そして今日、それを確信したという。


「君たちが兵士の後を追っていたのは確認済みだ。そして今日の稼ぎをみるに、奥地でも戦える強さを持っているのだろう。それが理由だ」


 峡谷へ入って行くところを見られたのだろうか。

 しかし、こちらから見える範囲には誰もいないことはしっかりと確認した。

 手前の入り口とは違う方向に進んでいく姿を見て当たりをつけたという線も考えられるが、かまをかけているようには見えない。確信めいたものを彼から感じた。


「買いかぶられても困るんだけどな。ダンジョンの奥地は未知の世界だ。危ない橋を渡るつもりはない」


 無理に否定するよりも、それらしい理由を付けて断ることにしたアル。

 下手な誤魔化しは逆効果だろう。


「危ない橋……か。確かに、兵士たちに先を越されて焦っているのかもしれないね。でも、君は気にならないか? ダンジョンの奥には何があるのか」


 気にならないと言えば嘘になる。魔王の残滓というものが何なのか。

 それは魔鉱石が生まれる要因の一つであると共に、モンスターの発生原因とも考えられていた。



 その昔、モンスターを捕獲して研究しようとする動きがあった。

 ダンジョンから連れ出し、街まで運ぶ途中で跡形も無く霧散したため頓挫した計画である。

 しかし、それは一つの可能性を示唆していた。モンスターと召喚獣は同じ存在ではないのかと。

 他にもいくつか理由はあるが、それら全てが召喚獣の性質と酷似しているのだ。


 そういった事情や魔鉱石の性質を鑑みるに、魔王の残滓とは魔力のことではないかと考えられていた。


 そしてダンジョンの出現が確認された年代には諸説あるが、初代聖王が生まれたのが八〇〇年ほど前とされている。

 魔王が討伐された場所にダンジョンが生まれるのならば、それ程までに長い年月、残滓という魔力が残り続けるものだろうか。やはり、奥地にはその発生源があるのではないか。


 それを調べるための難度は非常に高く、未だに誰も核心に迫れないでいた。


「興味はあるが、それで命を落としたら元も子もない。それこそ兵士たちに任せていればいいと思ってる」


 奥地に何があるのか興味はあるが、それよりも神獣の封印されている場所のほうがアルにとっては大事だった。


「そうか。残念だが仕方ない。時間を取らせて済まなかったね。気が変わったらいつでも声を掛けてくれ」


 そう言ってグルーエルは屈託のない笑顔を見せた。


「力になれなくてすまない」

「気にしなくていい。あぁ、それともう一つ。君たちは少々目立ちすぎている。困ったことがあればいつでも相談してくれ」


 周囲を一瞥しながら忠告するグルーエル。

 恐らく彼は周りへの牽制の意味も含めてアルに声を掛けたのだろう。


「ありがとう。気を付けるよ」


 グルーエルという人物は、他の冒険者とは異なるようだ。

 考え方や仕草。柔らかい声に、人を惹き付ける魅力のような何かを持っている。

 そして、アルに警戒心を抱かせない穏やかな人柄の中にも一本の芯が通っているように見えた。

 落ち着きがあり、何事にも動じない凛々しい姿は泰然自若という言葉がとても良く似合う。


 グルーエルと別れたアルは、彼をそう評価しながらギルドを後にした。




 そして翌日、予想だにしない事件が起こる。


 それはアルたちが【奉仙峡】奥の入り口に向かっているときだった。


「メア、ちょっと止まって」


 峡谷の奥で人の集団を捉える。それは昨日、ダンジョン奥地へ向かったはずの兵士たちだった。

 本来ならば五日ほどの予定。それをたったの一日で切り上げ、帰路についていたのである。


「様子が変じゃな」

「あぁ。それに、人数が減ってる」


 高所の木陰から観察していたアルは、シーレの能力で人数を確認。すると、二五名しか居ないことが判明した。


「十一人……この損害は予想してなかったな」

「奥地とやらは魔境のようじゃな」


 練度の高い兵士が大きな損害を(こうむ)り、探索途中で引き返すという大事件に遭遇した。

 数名程度の被害なら有り得るとは思っていた。撤退の指示が遅れるほどの何かがあったのだろうか。


「今日の探索は早めに切り上げるか」


 ここから街まで四時間。いや、兵士たちの今の様子なら五時間は掛かるだろう。

 街に戻って何をするわけでもないが、アルはその様子を見ておくことにした。




 兵士たちの凱旋は重苦しい空気の中で行われた。

 罵声こそ浴びせはしないものの、失望の声や侮蔑の目で溢れている。

 そして冒険者の中にはそれを喜ぶ者もいる始末。要注意人物として心に留めておく必要があるだろう。


 そんな街の人々に一切の反応を見せない兵士たち。彼らの表情からは苦悩や絶望が感じ取れる。

 峡谷で見た時と変わらない。よほど恐ろしい目に遇ったのだろう。それこそ、周囲の様子など目に映らないほどに――。


「これは気合入れていかないとな」


 アルは呟く。


 ダンジョンでは稀に強いモンスターと遭遇することがある。上位種とでも呼ぶべき存在。

 奥地からやってきたであろうその個体は、特殊な能力を持っていることがあった。

 火球を放つ黒犬(こくけん)など、同じ種族でも個体差があり、見た目で判別もできないためにとても厄介な存在だ。

 今まで出会ったことがないくらいには珍しいモンスターだが、奥地にはゴロゴロ居るのかもしれない。


 基本的には召喚獣と性質が同じため、その能力を知る者は多い。

 しかし、全てを把握できているわけではない。当然、召喚陣の見付かっていないモンスターについては知る由もない。


 いくら練度が高くとも、知らない攻撃を初見で防ぐのは難しいだろう。そうして後手後手に回って戦線崩壊、なんてことも考えられる。



 必要ないかもしれないが、その能力を二人に伝えて明日に備えるのであった。




------




 ダンジョンの奥地。

 そこを一言で表すのならば――地獄と言う他無かった。

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