16話 奉仙峡
アルたちはアマツキの街に到着していた。
王都から程近いこの街は、人の出入りも多く活気に満ちている。
中でも魔鉱石の産出量が随一らしく、冒険者の数も多い。
北にそびえる山脈の麓に【奉仙峡】と呼ばれるダンジョンがあり、入り口が三つ存在していた。
手前側に二つと、奥に一つ。
話を聞く限り【渓谷の洞穴】よりも広いという印象を受ける。
そして何より一番驚いたのは、兵を挙げてダンジョンに潜ること。年に二回ほど行っているらしい。
冒険者と違い人数が多くて練度の高い兵士ならば、数日間潜ることも可能。その時に奥の入り口が発見されたという経緯である。
ただ、奥にある入り口の利用者はほとんどいないらしい。麓の先にある入り組んだ峡谷が行く手を阻んでいるからだ。
ダンジョンの探索時間が減ることを考えると、わざわざ苦労してまで利用するほどの価値はない。
それに、初見で見付けるのは困難な場所にあり、一日を潰して探したとしても発見できるかどうかは時の運。ならば普段の入り口を利用しようと思うのは当然の帰結である。
と言う話をギルド職員から聞いたアルは、暫くはこの街に滞在することにした。
神獣探しに時間が掛かりそうだという事と、先日のような不測の事態に備えるためである。
狒々が奴らと言っていた者たちが暗躍しているとなれば、今後、同じような事が起こらないとは言い切れない。
三〇〇年以上も前から存在していた組織。その根はとても深いだろう。
暫くはダンジョンを探索しつつ、お金を稼ぐ。そして武器の新調だが、できれば精霊武具が欲しいところ。
精霊石が埋め込まれた武具はとても高価で維持費も高い。しかし、それに見合うだけの力を発揮する。まずはそれを手に入れることを目指す。
のはずなんだが――。
「妾はいちご大福にしようかの」
「イチゴパフェ」
和菓子のある店を発見してしまったのである。
アマツキの街に到着した日。夕食にと入った店で偶然にもカステラを発見。これは他にも和菓子があるのではないかという話になり、翌日は街を練り歩くことになった。
朝、栗きんとん。昼、栗きんとん。そして今がいちご大福である。
暫くの間滞在するのなら、街中を確認することも重要ではある。なので今日一日は諦めることにしたアルであった。
翌日。【奉仙峡】東の入り口前。
アルたちは前日の遅れを取り戻すべく早朝からやってきた。
「これは時間が掛かりそうだ」
シーレの能力で軽く調べたアルはそう呟いた。
ダンジョン内は迷路のような構造になっており、通路の横幅は兵士が通るだけあってある程度の広さが確保されている。しかし、問題は天井だ。
低い場所もそれなりに散見され、獅子姿のメアが駆け回れるような通路は発見できなかった。
「地道に探すしかないか」
アルは落胆しながらダンジョンに足を踏み入れた。
シーレのおかげで行き止まりに突き当たることがないので、他の冒険者に比べて探索の効率が非常にいい。それでも底が見えない程に広大なダンジョンだと予想されるため、どれほど時間が掛かるのか見当も付かない。
底と言ってもダンジョンの最奥に辿り着いた者はいない。
奥へと進むにつれてモンスターが強くなり、その数も増えるために体力も魔力も続かないからである。
そもそも魔鉱石の採取が目的のため、最奥を目指す必要がない。
そういった事情からダンジョンの奥地は未知の世界なのだ。
「それにしてもここは退屈な場所じゃな」
メアがそう零すのも仕方のないことであった。
今までのダンジョンと比べると、モンスターの数が圧倒的に少ない。それに、地面もそれほど高低差がなく平坦な道が続いている。
端的に言うと、メアは飽きていた。
「お主、わざとモンスターの居ない道を選んでおらんか?」
「……」
メアの勘は鋭かった。
これまでずっとモンスターを避けるように道を選んできたアルにとって、それは体に染みついた癖である。
本人も自覚しておらず、指摘されて初めて気付いたことだった。
「ほら、いちいちモンスターと戦ってたら探索する時間が減るだろ?」
アルはそれらしい口実で乗り切ろうとした。
「そんなもの、妾が全て相手をしてやろう」
「わたしも」
頼もしい二人の発言。それに甘えることにしたアルだったが、どのルートを辿れどモンスターの数が少ないことには変わりなかった。
そうして奥へ進んでいくと、ダンジョンの様相が少しずつ変わり始める。
道幅は狭くなっていき、代わりに開けた場所が増え始める。それに伴い、モンスターもちらほらと見掛けるようになった。
入り口近辺の探索はあまり意味がないのかもしれない。
ようやくダンジョンらしくなってきたわけだが、ここまで来るのに数時間。
これは数日かけてダンジョンに潜るか、いっその事、奥の入り口を利用したほうがいいのかもしれない。
魔鉱石自体はいくつか採取できたので、これを元手にその準備を整えるべきかと思案する。
入り口の場所さえ把握すれば、二つの選択肢が得られる。一つはメアに乗って向かうこと。そしてもう一つは奥の入り口前で野営を行うこと。
どちらも探索時間の大幅な延長が期待できる。だが、ギルドで大まかな位置は聞いたものの、その場所の特定に一日を費やすことになるだろう。
このことは持ち帰って検討するとして、今は探索を続けた。
ギルドへ戻ると掲示板に人だかりができていた。
受付で魔鉱石の鑑定をお願いしながらその声に耳を傾ける。
「もうそんな時期かー」
「また魔鉱石取り尽くされるのか。今回はどこの入り口だって?」
「えーっと、おいマジかよ。奥の入り口だってよ」
「ならついて行こうぜ。場所が分かるだけでもデカいだろ」
「バッカお前、帰りはどうすんだよ? 峡谷越えはキツイって言うぜ?」
「俺らレベルじゃどうしようもねえか」
どうやら年二回の恒例行事が始まるらしい。
これなら入り口を探す手間が省けそうだ。知っている人を探そうかと思っていたが、どうやらその必要は無くなった。
質の良い魔鉱石以外の鑑定はすぐに終わるため、その場で代金が支払われる。それを受け取ったアルは掲示板へと向かった。
探索開始日は一週間後。五日ほどの日程らしい。
ダンジョン内では時間感覚が狂うため、その日程も多少は前後するだろう。
アルは頭の中で予定を立てる。
まずは兵士たちを尾行し、入り口の場所を確認。その日から数日は兵士たちとは逆方向へと進み、手前の入り口までを把握する。
そして兵士たちの探索が終わってから奥の探索を開始。
といった具合がいいだろうか。
一週間という長い空白期間はこの際仕方ないだろう。
東側の探索もまだ終わりを見せていないうえ、西側はまだ手付かずだ。そちらを先に済ませるとしよう。
明日からは魔鉱石の採取にも力を入れることにして、今日一日を終えた。
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「報告します。ヴァンで一斉摘発があり、組織はほぼ壊滅。ブルガルド他数名が脱出に成功したようですが、ナレク村に潜伏したという報告以来、連絡が途絶えております」
「例の石の行方は?」
「そちらは無事だそうです」
「あやつめ、失態を犯しただけでは飽き足らず、貴重な石を持ち逃げしようというのか」
「その可能性は充分に考えられます」
男は白い髭を撫でながら思案する。
組織が壊滅したとしても、男との繋がりまで発覚することはない。ブルガルドもそこまでの愚は犯さないだろう。
それよりも今問題にすべきは石の行方である。
「あれが紛失したとなれば大問題になる。何としても探し出し、ここに連れてこい」
「仰せのままに」
男は豪華な椅子に深く座ると天井を見上げた。
背もたれに体重をかけながら、どうしたものかと呟く。
「あやつの功績は確かに認めざるを得ない。しかし、石まで渡したのは悪手であったか」
ブルガルドにそこまでの野心があると見抜けなかった。いや、失態による懲罰を恐れての離反の線が濃厚か。
どちらにせよ、石の紛失は明確な失態である。
「このままでは私の命も危ういな」