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15話 神獣と加護

「こやつの相手、か。神獣と戦うのは幾年振りであろうか」


 手応えのある相手と矛を交えることに愉悦を感じるメア。本気で体を動かしながら戦える相手が現れることなど滅多にない。


 薙刀を右手に持ち、深く腰を落とす。


「では、肩慣らしといくかの」


 言い終わりと同時に――跳んだ。

 地面を強く蹴った衝撃で大地が凹み、狒々(ヒヒ)の頭上へと一瞬で到達する。

 そして薙刀を振りかぶる瞬間、またもやメアは弾き飛ばされた。


 その間、リルは背後に回り込もうと移動をしていたが、それに気付いた狒々に森の奥へと弾き飛ばされる。

 メアよりも軽く、武器の重量にも差がありすぎるリルは飛ばされる距離も当然長い。


「厄介じゃな」


 いちいち弾き飛ばされていては戦いに成らない。

 攻撃の予兆を察知できれば、それに対応することも可能だろう。

 しかし、相手の仕草からは攻撃のタイミングが掴めず、気配と同時に弾き飛ばされているのが攻略の難易度を格段に上げていた。


「まずは攻撃の範囲を確かめるべきであろうか」


 メアは薙刀の石突付近を片手で握る。

 常人では持ち上げることなど不可能であろう部位を握り、両手を広げて狒々に向かって走る。

 そうしてまた弾き飛ばされるメア。


「成る程」


 次は薙刀を前に突き出しながら走るが、やはり弾き飛ばされてしまう。


「理解したぞ」


 どちらも薙刀への圧は感じられない。つまり範囲自体は狭いということ。

 しかし、前に突き出した薙刀にすら衝撃が伝わってこなかった事から、相手が認識した部分に直接衝撃を与える系統の攻撃だと推測される。


 攻撃の瞬間を見切れなければ話にならない。


「これはどうしたものか」


 次に試したのは薙刀を地面に突き刺して耐えることだった。

 攻撃のタイミングを掴もうと思ったが、やはりこれも上手くはいかない。

 相手の連射性能が高い。

 薙刀を地面から抜いた瞬間を狙われ、とてもじゃないが近付くことなどできそうになかった。


 そこへ森からリルが現れる。

 狒々もそれに反応したが、リルはそれを躱してみせた。


「あれが見えるのか?」

「見えない。なんとなく、避けた」

「為に成らない意見じゃな」

「でも、わかった。速く動けば、当たらない」


 それを聞いたメアは声高に笑う。


「そうじゃな。妾もお主の姿勢を見習うとしよう」


 回避が無理なら躱さなければいい。全ての攻撃を耐えてみせよう。


「わたしも、もっと速く動く」


 二人は元の姿へと戻る。


「さて。続きといこうではないか」




------




「何なんだ、あの化け物共は!?」


 男は狼狽える。

 今まで冷静だったのが嘘のように動転していた。


「さて。神獣には勝てないって話だったと思うけど、神獣同士ならどうなるんだろうな?」


 アルもこの戦いには興味を惹かれるものがあった。


 端的に言ってしまえば、召喚者の魔力量が多い方が勝つのだろう。死なない者同士が戦えば、そうなるのは必然ともいえる。

 同じ強さだと仮定して、相性次第ではそれも覆るのだろうがこちらは二体。負けは無いだろう。


「これは一体何なんだ。私は夢でも見ているのか」


 男は目の前の光景を理解できないでいた。それも無理からぬことではある。

 ようやく手にした神獣が。それを試しに召喚したとき、別の神獣二体と対峙することになるとは夢にも思わないだろう。



 狒々の攻撃に獅子は耐える。

 重量が増したこと。地面を抉る鋭くも大きな四足の爪。攻撃を受けながらも前へと進む。


 狼は避ける。

 圧倒的な速さをもって。目で追うその姿がブレるように。前後左右に反復しながらも着実に距離を詰める。


 その姿にアルは安堵する。この様子なら何も問題は無いと。


「さぁ、こっちも続きをやろうか。お前ら全員、赦す気はないからな」


 それを聞いた取り巻きの一人が逃亡を図る。一気に距離を詰め、背後から無防備な首を刎ねる。攻撃の瞬間に【力の象徴】に意識を傾けることでその威力を上げた。


「な、何をしている! 早くあの男を殺せ!」

「か、風の精霊よ、風の刃となりて敵を――」


 震える喉に短剣を突き刺し詠唱を止める。そしてそのまま首を掻っ切った。


「残るはお前だけだ」

「どいつもこいつも使えない無能ばかり! おい、神獣! こいつを何とかしろ!」


 そちらを見やると既に大勢は決していた。

 四肢はもがれ、首元は狼に咬み付かれ、胴の上には獅子が乗っている。


「年貢の納め時だ。覚悟しろ」


 そうしてアルは短剣を振るう。

 狒々の加護が健在な男はそれを受け止めるだけの気力がまだ残されていた。


「調子に乗るなよ小僧。お前が召喚士だと言うのなら、お前を殺せば私の勝ちだ」


 何度も剣戟を交わす二人。その優劣は次第に傾いていく。

 二つの加護を同時に扱うアルは、その難しさにも順応し始めていた。


 いや、二つではない。

 シーレの加護である【感覚強化】。それも合わせ、三つを同時に意識していたのだ。

 感覚を強化したことにより、複数の加護を同時に扱う技術は驚くべき速度で上達していた。


「こんな、こんなことが――」


 アルは男の首を刎ねた。

 悶絶したような表情で固まった男の首が宙を舞う。これで終いだ。



 血で染まった短剣を拭って鞘に納めると、男たちの胸倉から召喚石を取り出した。


「どうやら終わったようじゃな」


 狒々は召喚主が死んだことで、その姿を消していた。


「あぁ。これを壊せば開放されるってあの男は言ってたけど、狒々は何か知ってるのかな」

「聞いてみれば良いじゃろうて」

「それはそうなんだけどな」


 狒々を召喚するということは、強制的に契約するということ。一時でもそれを行うことに少しだけ抵抗を見せるアル。


「仕方ないよな」


 自分に言い聞かせるように呟くと、狒々を召喚した。


「次はお主が我の(あるじ)ということか」

「いや、違う。聞きたいことがあるだけだ」

「我の知る限りのことなら何でも話そう」


 そうしてアルは質問をしていく。それに偽りなく答える狒々。


 契約を断ると封印されたこと。

 それが三〇〇年ほど前だということ。

 それから数回召喚され、また封印されたこと。

 最近になって強制的に契約を結ばされ、召喚主の指示には逆らえないこと。

 そして最後に、石を壊して開放して欲しいと――。


「これを壊せば開放されるんだな? 死ぬことはないんだな?」

「奴らの口ぶりからして間違いないだろう。それに、死は怖くない。逆らうことのできぬこの身の方が恐ろしい」

「……わかった」


 少し迷ったが、これが狒々の望みであるなら叶えてあげるべきだ。アルにはそうする事しかできなかった。


「感謝する。我はトート。お主の名を聞かせてほしい」

「俺の名前はアル」

「その名、我の心に刻もう。重ねて感謝を」


 そうしてアルは狒々の召喚を解くと、その石を砕いた。

 それは塵となって消えていった。


「どこかでまた会えるといいな」

「召喚すれば良いではないか」


 胸に迫る想いをぶち壊すメアの発言。さすがに空気を読んでほしい。


「狒々の召喚陣はまだ見付かってないんだ」

「さっきまでおったであろうに」

「奴らってのが知識を独占してるんだろうな。世間には知られてないんだ」


 知ってたらとっくに召喚してると言いたいが、これ以上雰囲気を壊したくないアルは堪えることにした。

 今度みっちりと言い聞かせてやろうと心に誓うアル。


「それより早く次の村へ行こう。到着が遅れるとパンと果物を齧るだけになってしまう」

「妾も甘い物が食べたいぞ。さっきの村のクッキーはなかなかの物じゃったしな」



 こうして予想外の出来事はあったものの、その後は予定通りに進み、無事にアマツキの街まで辿り着いたのであった。

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