14話 悪逆非道
翌朝、パンや果物などを譲ってもらい、村を出発した。
次は北西に向かって進む。大きな森を迂回する形だ。
森の中は整備されておらず、足元も悪いために迂回した方が早い。それに、森に沿って進むと次の村まで迷うことがないので確実だ。
「……居る」
暫く歩いていると、リルがそんなことを口にした。
「どこかわかるか?」
メアが問う。
「あっち」
リルは森の中を指差した。どうやら二人は尾行に気付いたらしい。
アルはシーレの能力を使い、その方向を探した。
「居た。四人居るな」
わざわざ森の中を通り、付かず離れずの距離を維持している。
「どうする?」
「理由が知りたいところじゃな」
「確かになんか気持ち悪いよな」
尾行されている理由が分からないのは少しだけ居心地が悪い。
なので、アルは呼びかけることにした。
「出てきたらどうだ?」
すると、森の中から三人が顔を出す。
「もう一人居るだろ?」
その言葉でようやく全員が出揃うことになった。
「良い索敵術をお持ちのようだ。少々見くびっていた」
「なんで後をつけてたんだ?」
村では見なかった顔ぶれ。
全員の顔を確認した訳ではないので、村との関係性は現時点では不明。
「ヴァンの冒険者で間違いないな?」
「確かにヴァンからここまで来た。それで、つけていた理由は?」
ヴァンからさっきの村までは平原続きで隠れるような場所は無い。村で恨みを買うような事でもしたのだろうか。
理由は分からないが、相手からはただならぬ雰囲気を感じた。
「なに、大した事ではない。少々お付き合い願おうか」
すると、男の取り巻き三人が右手を突き出し、光る石をこちらに向けた。
「気を付けろ、精霊石だ。何が飛んでくるか判らない」
メアとリルに注意を促す。
精霊石による魔術の行使――。それは精霊術と違い、無詠唱で強力な攻撃を放つことができる。
「そんな玩具と同列にされては困る。言うなればこれは――召喚石だ」
その言葉を皮切りに、三体の狼が現れた。
「召喚石の魔力がどれほど持つのか、実験開始といこうか」
三体の狼がこちらに向かって走り出す。それなりに上位の狼なのか、その動きは速かった。
しかし、こちらの方が何枚も上手。メアの一撃で二体が吹き飛ばされ、もう一体はリルによって一刀両断にされる。
「ほう? 冒険者風情がここまでやりおるとはな」
斬られて霧散した一体の狼も、すぐに再召喚された。
「その石、召喚士と何が違うんだ? 魔術の方がよっぽど怖いと思うが」
メアたちを封印していた精霊石と何か関係があるのかもしれない。そう思ったアルは相手を挑発しつつ、情報を引き出せないかと試す。
すると、相手は目論見通り雄弁に語り出した。
「召喚士のデメリットは何か解るか? それは魔力を使いすぎることにある。しかしこれは中に込められた魔力を使用している。私の研究成果によって強制的に契約を交わすことができ、尚且つ加護も得られる。素晴らしいとは思わんかね?」
つまりは本人の資質を伸ばしたうえで、召喚士の恩恵も受けられる。
男の言が確かならば、本人の資質以上の強さを得られるだろう。
しかし、これはあまりにも――。
「強制的な契約、か。……外道め」
「下衆じゃな」
「最低」
幼少から家族同然に過ごしてきたアルにとって、それは許し難い行為であった。
意思を捻じ曲げ、思いのままに操る。それは奴隷と変わらない。
「この素晴らしさが理解できんとは。やはり冒険者とは愚鈍なものよ」
「今すぐ開放しろ」
「なぜ私がお前の言うことを聞かねばならんのだ。なに、石を壊せば開放される。簡単な話だ」
「なら、力尽くでそうさせてもらおう」
「できるものなら――な!」
そう言って男は鈍く光る石を掲げた。
するとそこに姿を現したのは――体長、三メートルはあろうかという大きな狒々であった。
獅子姿のメアよりも一回りほど大きなそれは、こちらを一瞥してからゆっくりと口を開く。
「お主らに恨みはないが……ここで消えてもらうことになる」
狒々は左手に本を抱え、右手を掲げた。
「ぅぐっ!?」
見えない衝撃が全身にぶつかり、アルたちはその場から弾き飛ばされた。
ダメージはそれ程ではない。しかし、見えない攻撃はとても厄介なものである。
「大丈夫か!?」
「妾は大丈夫じゃ。それより、見えたか?」
「気配だけ」
「可笑しな術を使う奴じゃな」
二人は何らかの気配を感じたらしい。が、アルには何も解らなかった。
「ほう? 中々にしぶとい。神獣の攻撃を食らって尚、立ち上がるとは」
やはり神獣。
メアと出逢う前ならば、恐らく腰を抜かしていただろう。そう思える程の強烈な威圧感を放っている。
「あぁ、すまないね。神獣という言葉の説明をしていなかったようだ。しかし、死にゆく者が理解する必要はあるまい」
アルとは相性の悪い相手。ここは二人に任せるべきか。
「メアとリルは狒々を頼む」
「仲間を犠牲にするその姿勢。なんと情けないことか」
「残りは全員相手してやる。かかってこいよ」
「いいだろう。その挑発、乗って差し上げるとしよう。しかし、私には狒々の加護があるのを忘れたわけではあるまい」
口元が緩むアル。狒々の加護がなんだと言うのか。
「何が可笑しい? 気でも狂ったか」
「いや、なんでも。死にゆく相手に教える必要はない」
アルは男の皮肉をそっくりそのまま返した。
こちらは二体分の加護。数で勝るこちらが負ける道理など無い。
「では、そのまま死んでもらうとしようか」
狼がアルに向かって襲い掛かる。その全てを弾き飛ばしながら男に肉薄する。
剣と剣がぶつかり合う大きな音が鳴り響く。
「中々やりおる。その強さ、闘士と見受けられるが、短剣など矮小な得物を使うとは戦い方を知らぬとみえる」
アルの一撃を止めたこの男は恐らく戦士。そこに神獣の加護が加わり強大な力を得ていた。
男の後方へと散った取り巻きたちが、アル目掛けて精霊術を行使。そちらを先に片付けようと右斜め前へと回避し、そのまま一人の腹を切り裂く。
「浅いか」
【瞬速の極】に意識しすぎたせいで【力の象徴】への意識が薄れた。
追いかけてきた男の一撃を短剣で受け止め、鍔迫り合いになる。
「その速さ、忍士の資質も持ち合わせているのか」
「どうだかな」
これは教会が定めた資質の名称である。
闘士、戦士、忍士。それらは肉体の強化を得意としている。
その中でも力、技、敏捷のどれに重点を置いているのか、その違いで大別されていた。
【力の象徴】を強く意識し、男を弾き飛ばす。
すぐさま【瞬速の極】に意識を切りかえ取り巻き一人の首を斬る。回復術を使わなければ助からない程の致命傷を与えた。
精霊術士程度ならば【力の象徴】を意識せずとも一撃で倒せることが判明した。
「何という力と速さ。それをこの若さで両立させる程の資質を持った者を、今この場で失うことになるとは」
「自分の心配をしたらどうだ?」
今はあくまで実践練習。二つの力を使いこなすための訓練でしかない。
【瞬速の極】にも慣れてきた。二つを同時に意識できないのなら、今は素早く切り替えることでこの場を対処しようとしていた。
「私が負ける事は万に一つも無い。神獣を倒せる者などこの世に存在しないからだ。あちらもすぐに片が付く。そうすれば次は、お前の番だ」
「確かにな。とんでもなく強いよな」
メアは強い。同じ神獣のリルも同等の強さを誇るのだろう。
どうやったって勝てる気がしない。それ程までに規格外なのだ。
「やはり冒険者というものは思慮に欠けている。その強さを理解しながらなぜ嗤う。……いや、到底理解できているとは思えんな」
「残念ながらこっちには二人ほどいるんでね。お前よりは理解しているつもりだ」
「何を言っている?」
アルは顎で視線を誘導する。
その先を見た男の顔がみるみるうちに変わっていった。
「な、なんだあれは――」
そこには三体の神獣が姿を現していた。
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