11話 誤解
兵士に問い掛けられたアルはギルド証を呈示しながら答える。
「見ての通りダンジョン帰りです。俺はアル。こっちの二人はメアとリル」
「いつから潜っていた? ここには賊が居たと思うが」
冒険者ではなく、賊。その言葉を使うということは、何か決定的な証拠が見付かり討伐対象になったということ。
「今朝方ですね。昨日その話を聞いて確認のために割と早い時間に来ましたけど、その時はもぬけの殻でした」
「ふむ。そこで少し待て」
そう言って兵士は指揮官らしき人物の元へと走って行った。
上手く誤魔化せたかは分からないが、ひとまずは乗り切ったようで安堵するアル。二人に視線を向けると、我関せずといった様子でつまらなさそうにしていた。
割って入られると話がややこしくなるので、一人で受け答えしている今の状態が一番なのは確かだ。だとしても、せめて当事者としての自覚は持ってほしいものだと切に願うアルであった。
「部下から話は聞いた。これからヴァンへと帰還するところだが、参考人として同行を求める」
優しい言い回しだが、つまりこれは強制である。
同行を拒否すれば、賊の仲間として捕えると言外に告げていた。
「分かりました」
選択の余地は無い。なので、アルは素直に従うことにした。
その甲斐あってか特に怪しまれるような事もなく、別々の馬車に乗せられることにはならなかった。
大捕り物の日と被ってしまったようで複雑な心境のアル。一日待てば余計な事をせずともダンジョンに潜ることができていた。
しかし、考え方によっては間に合ったともいえる。
あの構造のダンジョンならば、誰も居ない間に事を済ませられたと喜ぶべきだろう。朝早くに出発することで、兵士よりも先に到着したのは幸運だった。
惜しむらくは帰りの時間が被ってしまったこと。その一点に尽きる。
隣国との小競り合いで兵士の数が足りないとシアンは言っていたが、その情報はブラフだったのだろうかと思案する。
小競り合い自体は事実である。ギルドの掲示板にも張り出されていた。
ヴァンの街は隣国と接しているわけではないが、そのひとつ隣にある街だ。
派兵したと見せかけて、一気に殲滅しようとしたのだろう。それでも何かが引っ掛かるが、これ以上の考察は無駄だろうと考えるのはそこまでにした。
そうしてヴァンの街に到着する。
身分確認として、数名の兵士に同行してギルドへと赴く。事情は馬車の中で説明していたので、後はそれを証明するだけである。
ギルドに入ると少し様子がおかしいと感じた。
冒険者たちは小声で何かを話し合っている。普通の冒険者なら、もっと声量が大きい。これがヴァンの普通なのかと考えもしたが、おかしいのはそれだけではなかった。
職員の数が圧倒的に少ない。受付も一つしか稼働しておらず、その受付嬢も何かの作業に必死な様子。
「忙しいところすまない。確認したいのだが、この者たちが昨日到着したというのは事実か?」
下を向いて何かを見比べながら書き留めていた受付嬢は顔を上げる。
アルの顔を確認すると、爽やかな笑顔で答えた。
「はい。昨晩、その方が到着され、私が担当したので間違いありません」
それだけ言うと、彼女はまた下を向いて作業を続けた。
兵士がこちらに向き直り、告げる。
「これでお前たちの潔白は証明されたとみていいだろう。上には伝えておくので安心するといい」
そう言ってギルドから去っていった。
正直、助かったと安堵するアル。リルのことをどう説明すればいいのか、まだ答えが見付かっていなかった。
二人の行き違いのお陰で心配事も過ぎ去った。職員が多忙を極めていなければ、こうはならなかっただろう。
それにしてもギルド内の様子は依然として変わらない。ギルドに兵士が訪れることなど滅多にないはずだ。
ビッグニュースといえる事態にも関わらず、反応が薄いことに疑問を感じたアルは辺りを見回す。
シアンたちが居ることに気付き、話を聞こうと声をかけた。
「昨日はありがとう。改めて礼を言うよ」
「気にしなくていい。こっちも色々聞けたしな」
「そうか、助かる。それでまた聞きたいんだが、何かあったのか?」
手招きしながら隣の席に座るよう促すシアン。
「どうしたんだ?」
「ほら、受付前のあそこ。冒険者風の男たちが居るだろ? あれ、この街の憲兵なんだぜ?」
小声でそう伝えるシアン。
釣られてアルも小声で返す。
「なんでまたこんな所に?」
「詳しい事情はまだなんとも。けど、さっきから何度か受付で騒ぐ奴らが居てな。ほら、昨日話した奴らだ。なんでも化け物を見たとかなんとか。そしたらあの受付前の憲兵がそいつらをしょっ引いてくんだぜ? 妙な話だろ?」
それでギルド内が静まり返っているのかと納得するアル。小声で話をするのも、兵士が来て騒がなかったのも頷ける。
「問答無用で連れていくのか?」
「そうみたいだ」
賊とまで言われていた者たちは、やはり何かしらの犯罪の証拠を掴まれたのだろう。
本当は【鉄の森】の入り口で一網打尽にする予定が、アルたちのせいで狂ってしまったようだ。
申し訳ないという気持ちはあるが、さすがにこれを予見することは不可能だ。
「それに関連しているだろう話もまだある」
ドルトンが割って入る。その言葉の先をシアンが続けた。
「そうそう。今朝、貧民街のある南区で騒ぎがあったみたいだ。聞いてみた感じ、あれは捕り物の類だな」
「つまり、そこを拠点にしていた犯罪組織との繋がりが見付かったってことか」
「俺たちもそう予想してる」
想像以上の大ごとになっていたようだ。
考えられる犯罪は魔鉱石の横流し、つまりは脱税だろう。しかし、それだけで賊呼ばわりされることは無いはず。
その犯罪組織がよほど凶悪だったのだろうか。
「麻薬関連なのではと話していた」
「幻覚見ちゃってるみたいだしね~」
それを聞いたアルは噴き出しそうになった。
相手にされないと思っていた者たちの弁は、どうやら別の話に信ぴょう性を持たせてしまったようだ。
幻覚ではなく、事実。そう思いメアを横目で見ると――リルと一緒に指遊びをしていた。
お互いに両手の人差し指を出し、交互に数を足していく遊びだ。庶民の子供たちの間で親しまれている。
その様子になぜか落ち着きを取り戻すアル。
「ヴァンでは麻薬が横行しているのか?」
「実は今まで聞いたことがなかった。な? 妙な話だろ?」
「だから流行る前に気付いて捕まえたんだって~」
「それにしたって、犯罪組織が捕まるまで噂すら聞かないのはおかしいだろ」
「そこはほら、あいつらで実験してて、最近完成したとか?」
「この調子で意見が割れている」
事実を知らなければ興味深い話ではある。
人の噂とは面白いもので、事実とはまったく異なる結論であっても、それらしい理由付けが成されるのだ。
その議論は盛り上がりを見せ、とんでもない尾ひれが付くこともある。それでも人を納得させるだけの力を持つ。噂とはとても厄介なものだ。
「ラティのはただの屁理屈だろ」
「あ~、ひっど~い」
「ドルトンはどうなんだよ?」
「そうだよ、さっきから全然味方してくれないよね~」
「妄想を語るのは好きではない」
「そうやっていつも誤魔化すんだから!」
「そうそう、ドルトンの悪い癖だぜ」
敵同士だった者が味方になる瞬間を目の当たりにした。例えるならばそんな感じだろうかとアルは口元を緩ませた。
それにしても二人の会話を妄想だと一蹴するドルトンも、シアンの発言と変わらないのではないか。そう思うアルであったが、気付いていないようなので黙っておくことにした。
そうやって話はいつまでも平行線をたどるのであった。