100話 王都までの道中で
兄のクレセント・ヴォルテクスに会うため、馬車に揺られる召喚士のアル。産まれた時より膨大な魔力を有していたことが災いし、無能の烙印を押されて追放された過去を持つ。
通常、魔力の少ない幼年期に魔力操作の感覚を掴む。これは体の動かし方を覚えるのと同じで、自覚の有無に関わらず誰しもが通る道である。
しかしアルの場合、膨大な魔力のせいで感覚を掴むに至らなかった。そんな状態では身体強化や精霊術の行使など出来ようはずがない。泳ぎ方の知らない者が、いきなり大海原へと突き落されるようなものだ。
その後もシーレを召喚したまま魔力負荷をかけ続けた。魔力成長期に効率良く魔力を伸ばし続けた。
身体の成長と呼応するかのように伸びる魔力――。それには体だけでなく、心も含まれている。つまり、心の成長が止まっていたアルは、半年前から絶大なる負荷を掛けて伸ばしていたということ。幼少期から合わせると、増えた量は尋常ではない。
今となっては大嵐の中を泳ぐようなもの。順序良く魔力操作を覚えていれば、結果はまた違ったのかもしれない。
モルドー家の資料から得られた知識を総動員して自身の考察をしていると、一つの加護が消失した。【死と再生】。シリスの加護だ。
実際にはまだ試していないが、破壊の力は相手の魔力を霧散させるらしい。大蛇の特殊能力【魔毒】のようなものだが、使用感は全く異なる。
大蛇の魔毒はその名のとおりに毒であり、じわじわと効果を発揮する。しかし、シリスの力は強烈な一撃に付随して効果を及ぼす。その性質から召喚獣やモンスター相手に有効打と成り得るだろう。
そしてもう一つ、再生の力。効果のほどは分からないが、仙術の治癒能力やミスト・ヒールのようなもの。加護がある限り常に発動している。
次に消失したのはクロの【精強一閃】。最初の街が見えた時だった。
攻撃の瞬間に強く意識をすることで強力無比な一撃を繰り出す。特異技能系統に分類される加護である。
タイミングが難しく成功率は低いが、多少ズレてもある程度の効果は得られる。
流石というべきか、当然というべきか。クロは毎回のように会心の一撃を成功させていた。
助言を求めると「当たった瞬間に意識すればいいんじゃないかな~?」と返ってきたが、余計に失敗を繰り返すだけに終わった。
加護の扱いが悪いのか、それとも単純に反射速度の問題なのか。
そうして最初の街には四時間ほどで到着。明日は八時間ほどの移動となるため馬を休ませる。
領主の屋敷に一泊させてもらい、翌朝に出発した。
しばらく進むと【軽捷自在】が消失。アルの戦闘技術を飛躍的に向上させたテトの加護だ。
素早い器用な動きが特徴で、その名が示すとおりに体を自由自在に操ることができるというもの。戦闘が苦手だったアルの劣等感を払拭するきっかけとなった加護である。
本人も捉えどころのない器用な動きをするが、性格という意味での言動も捉えどころがない。加護は本人の核を成すものだと予想されることから相関関係にあると思われる。
しかし、性格や感情など個別的な要素に深く関わる召喚術において、不変的なものはないだろう。一体化を果たしたラディアンの実力には感嘆するばかりである。
そろそろ昼食を、といった頃に消失したのは【獰猛果敢】というエリの加護。
少し物騒な名称なので普段から気を付けているのだが、思いのほか獰猛要素はみられない。果敢のほうが強く出ている。彼女の理解が進んでいない、ということだろうか。
効果は身体能力の大幅な上昇に加えて判断力を高めることが判明しているが、実感はまだ得られていなかった。
彼女には物事を深く考える前に決断を下す傾向が見受けられ、それが加護によるものだとすれば、こちらも気を付ける必要がある。アル自身もそうなる可能性が高いからだ。
ロプトの件で、すでにやってしまった感は否めないのだが。
ヨルの加護である【生命の躍動】の消失を確認したのは、昼も過ぎて二つ目の街を通過した後だった。
精神を安定させると同時に意気衝天の勢いで物事を成すことができるもので、アルがトラウマを払拭するまでさんざん世話になった加護だ。繊細な召喚術を扱うにあたって、この先も恩恵に与り続けることだろう。
グルーエルのように泰然自若とした対応ができれば、どんな場面においても安定した力が引き出せるようになる。それはアルが求めてやまないものだ。
肉体的な効果は大蛇の加護と同じく粘り強くなるものだが、危機的状況に陥ったことがないため実感が得られていない。とは言え、知る機会など一生訪れないほうがいいのだが。
攻撃面で特徴的なのは、ヨルが繰り出す素早い刺突は姿勢が良くて大変美しい。武器屋の店主が惚れるほどである。
東側に広がる大きな森が見えてきた頃にテンの加護が消失する。【仙術の極意】という特異技能系統に分類される、扱いがとても難しい大器晩成型の加護だ。
他とは違って身体能力の上昇は一切感じられないが、氣を練ることでそれに相当する効果に加えてさまざまな恩恵が受けられる。
アルは現状、薄皮一枚程度に纏わせるのが関の山だが、テンの技術は圧倒的だった。
普段から氣を練り体外へと放出させる練習をしているため、アルとは天と地ほどの差がある。そのせいか、話を聞いていないのではと疑うこともしばしば。
メア曰く、彼女は興味のない事にはとことん無関心であり、アルもそれには同意するところである。話を聞いていないともメアは指摘していたが、意外にもちゃんと聞いているらしく、関心薄くも反応は得られる。
加護自体の性能は有用ではあるものの、現状ではまだまだ修練が足りていなかった。
そうして王都の門を潜った時、【瞬速の極】が消失した。特異技能系統に分類すべきか迷うほどに、リルの加護は特徴的な性質を持つ。
狼の特殊能力【神速】さながら瞬間的な速さが特徴で、リルの加護は初速に大きく関係している。
【精強一閃】のように強く意識をして発動させるが身体能力の上昇は【瞬速の極】のほうが上なので、どちらに分類すべきか分からない。
分からないと言えば、リル自身もそうだ。口数が少なく、表情も読めない。
ただ、強情な一面が見受けられるのと、行動に移すまでがすこぶる早い。どちらも加護の性質と密接に関係していると思われる。
行動の早さは言わずもがな。そして発動中は速すぎて、事前に思い描いた動きしかできないところが強情な一面と酷似していた。
彼女の性格を矯正すると、加護の性質も変化してしまうのではないか。そんな恐れがアルの頭をよぎる。有用性の高い加護であるため、そのままでいてほしいと願うアルであった。
大通りを抜けて王城へ。三つの加護を保持したままここまで来られたのは予想外だった。
特に意外なのは、契約して間もないハクだ。充分に理解できているとは思えないが、もしかすると【虎軍奮闘】が関係しているのかもしれない。
ハクの加護は名前から察するに、単身立ち向かう孤軍奮闘を連想させるもの。つまり、ただのジョークである。
しかしながら、彼女はメアやシリスのように特殊能力に目覚めていた。その名は【虎軍召喚】――。眷属の猛虎を召喚する能力であり、それら全てに因果関係があるのではないかと推測される。
ハクの加護が消失しないのは、神獣が持つ特別な何かに該当するものだろう。
逆に、メアの加護には特別なものは感じられない。ただそこにあるのは純粋な力。どの加護と比較しても、湧き上がる力は群を抜いていた。
戦闘能力自体も高く、百獣の王としての威厳をみせる。圧倒的な身体能力を余すことなく操り、相手が誰であろうとねじ伏せる。
卓越した戦闘技術は彼女の肉体的強さからくるものだろう。そこに驚異的な反射速度が加わり、本人が言うように無敵の強さを誇る。
レオとの戦闘で【不死不屈】という特殊能力に目覚めたメアは、その強さに拍車を掛けた。しかし、彼女が傷を作るところなど、わざと攻撃を食らっていたレオとの戦闘以外では見たことがない。どんな攻撃だろうと適切に対処し華麗にいなす。
無駄な能力ではないかとアルは内心思っていた。
無駄と言えば、彼女には妙な拘りがいくつかある。一番でないと気が済まないというのが最たる例だろう。戦闘への気構えにも影響しているため、良いことではあるのだが。
そんなメアと出逢えたのは、シーレの特別な力によるものだ。
当時は本人でさえ自覚がなかった【風の啓示】。詳細はまだ掴めていないが、状況を打開するための導きを与えてくれるようだ。【サーチ】と同時に使うものだが、シーレの能力はそれと一緒くたにできないほど高性能である。
【感覚強化】の加護は、五感を増幅することで人より優れた感覚や感性が得られるというもの。アルの瞳に映る景色を色鮮やかにしていることもそうだが、船酔いや痛みの増加など負の一面も併せ持つ。
シーレには引っ込み思案なところがあり、加護の影響を受けているのだとすれば一つの推測が立つ。アルのトラウマを悪化させていた可能性だ。
もしそうだとしても、解決策はあった。シーレに自信を付けさせることである。
召喚主と召喚獣は相互関係にあるため、彼女が前向きになれば必然的にアルも前向きになるということ。精霊王エアリエルから力を引き継いだ今のシーレなら、それも時間の問題だろう。
改めて彼女たちの考察を済ませたアルは、王との謁見に臨んだ。
100話を記念して人物?紹介風の構成でお送りしましたが、いかがでしたでしょうか。
当初は説明できないと思っていた設定も、意外と説明の機会があるものですね。シーレの加護がトラウマを悪化させていたことなどは裏設定にしようと思っていたことです。
物語は終盤に差し掛かっていますが、まだまだ書かなければならないことが多いので、低速更新ではありますがもう暫くお付き合いくださると幸いです。
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