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1話 裏切りの先で出逢ったもの

「クソッ! どうしてこんなことに……ッ!」


 息が上がる。心臓がはち切れんばかりに脈打つ。

 アルは独り、ダンジョン内を必死に駆け回っていた。


「シーレ! 次はどっちに行けばいい!?」


 意識を集中すれば、人語を介さない召喚獣ともある程度の意思疎通ができる。

 しかし、今はそんな余裕はない。

 それを察してか、シーレは先の壁を指し示す。そこにはモンスターとの戦闘によって崩れたのであろう土塊が、壁際に散乱していた。


 シーレはアルが召喚した索敵能力に優れた風の精霊である。風を頼りに周辺一帯の地形を把握し、動くもの全てを捉える。

 そのシーレが示すのならばとアルは壁際へと急ぐ。


「はぁ……はぁ。これは、風穴……か?」


 壁には小さな穴が空いていた。

 周囲の壁を軽く叩いてやると、ボロボロと崩れ落ちる。どうやら壁は薄いらしい。

 そうしている間にも後ろから迫りくるモンスターたち。考えている時間はなかった。


「クソッ!」


 アルは力を込めて壁を叩き、通れるほどの大きさに広げてその穴を潜った。


 中はとても狭い。が、通れないほどではなかった。

 四つん這いになりながらも上に下に、右へ左へと道なき道を辿る。奥へ行くほど暗くなっていったが今さら戻ることはできない。手探りで進む。


 だんだんと斜面が傾く。長い下り坂に入ったようだ。

 滑らないよう地面に体を擦り付けながら取っ掛かりを探していると、手を付けた地面が崩れる。

 あっ――と思ったときには遅かった。

 斜面を滑る勢いを抑え切れず、抵抗虚しくもゴロゴロと転がり落ちていき――その先の崖から転落した。


(なんでこんなことに……)


 死に直面したアルは、先ほどの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。






「おい、アル。こっちでいいのか?」


 パーティ《双炎の牙》のリーダー、レックスが問いかける。


「あぁ。この別れ道はまっすぐだ」


 シーレの示す先を伝える。


「ここ、さっきも通らなかったか?」

「この辺のモンスターは動きが激しいみたいだ。挟撃されない道を選んでいる」

「そうかよ」


 ウォルドの問いに答えるが、本人は不満気な様子。


「この先に大蛇がいる。それを倒せば暫くは安全なはずだ」


 長くてウネウネと動く影を捉えた。大きさからみて大蛇と推測する。


「えぇー歩き疲れたから休みたいー」

「そうよ。さっきからずっと歩いてばっかりじゃない!」


 こっちの二人は精霊術士のサラサと回復術士のレリィ。

 前衛二人と比べると、体力が無いので疲れるのは仕方ない。だが、召喚士のアルも似たようなものである。


 契約した獣や精霊を召喚し、使役することができるのが召喚士だ。

 呼び出す際に魔力を分け与え、その代わりとして加護を受ける。効果はそれぞれで違いはあるが、風の精霊シーレの加護は【感覚強化】。体力などは無いに等しい。


「早く行こう」


 ぶつくさと文句を垂れる二人に先へと進むよう促すアル。あまり悠長に構えていると、戦闘中に新たな敵が現れかねない。


 そうして少し開けた場所に大蛇が見えた。

 全長五メートルほどの、頭に一本の角を生やした一角蛇だ。


「あれならすぐ終わるな」

「作戦は?」

「いつも通りだ」

「オーケー」


 レックスとウォルドが剣を手にして走り出す。


「火の精霊よ、敵を討ち滅ぼす力を授け賜え――【ファイア・ギヴィング】」


 レックスの大剣、ウォルドの長剣が炎に包まれる。その燃え盛る剣で一角蛇を斬りつけた。

 頭を狙ったウォルドの攻撃は何とか躱した一角蛇であったが、腹の辺りをレックスに輪切りにされる。同時に斬り掛かることで、片方の攻撃を通すことに成功した。


 しかし、蛇の生命力は強い。この程度では死なないことが分かっている二人はそのままの勢いで追撃する。


「風の精霊よ、風の刃となりて敵を切り刻み賜え――【ウインド・スラッシュ】」


 追撃を入れてすぐさま離脱。怯んだ一角蛇をサラサの精霊術が襲う。

 計三発の刃が深手を負わせる。のた打ち回る一角蛇に、止めとばかりに二人が斬りかかる。


 何度も斬り刻まれた一角蛇は、やがて黒い霧となって霧散した。




「やっと休憩できるぅー」

「お疲れ様」


 三人は手頃な岩に座り、サラサは地面に寝そべる。

 アルはもしもの事を考え周囲を警戒する。今のところは大丈夫なようだ。


「アルはいいよな。何もしてなくて」


 レックスが嫌味を言ってくるが、アルもシーレの能力で周辺を索敵している。

 それに、もしものときは後衛二人を護る立場だ。なのに近頃、文句を言われることが多くて苦笑するアル。反論するのも既に飽きてしまっていた。



 暫くして異変に気付く。

 シーレの索敵結果を検証すると、モンスターの動きがどうも怪しい。こちらを逃がすまいと包囲しているようにも思えた。

 当然、モンスターにそんな知恵はない。しかし、警戒しておくに越したことはない。


「モンスターの動きがおかしい。早く移動した方が良さそうだ」

「えぇー。もっと休憩しようよー」

「暫くは安全なんだろ? なら大丈夫だろ。モンスターの気配もしねぇし」

「いや、それが様子が変なんだ。囲まれる前に移動しよう」


 この違和感は説明し辛い。ただの予想であるため具体的に伝えるのは難しい。

 実感が湧かない事だから動こうとしないのか、それともアルが軽んじられているからなのか。

 どちらにせよ時間が経つにつれて、その違和感の正体がはっきりとしていった。


「ダメだ! もうそこまで来ている! 早く逃げよう!」

「チッ。おら行くぞ」

「えぇー」


 文句を垂れつつも、レックスが言うなら仕方ないとばかりに重い腰を上げるサラサ。

 もう連戦になるのは避けられそうにないが、それでも逃げるのに最適な道をシーレに問う。


「こっちだ」


 ようやく移動を開始するも、別の道からモンスターが現れたことにより一斉に走り出した。


「もう来てんじゃねぇかよ! なんで早く言わねぇんだ!」

「言っただろ!」


 今は言い争いをしている場合ではないと、アルは二の口を飲み込んだ。

 思考を切り替え意識を集中させる。


「この先モンスター三体。倒さないと進めない」

「んだよもう! 使えねぇな!」


 ぶつくさ言いつつモンスターと会敵し、鮮やかな動きでそれを処理する。


 シーレの示す先は小型のモンスターしかいない道だった。強敵はいないが、それでも数の多さに辟易する。

 後方からモンスターが迫っている中、足を止めることも手を抜いて時間を浪費することもできない。

 パーティの不満はどんどん募っていった。



「クッソ! てめぇのせいだぞ! 責任取れや!」


 その言葉と共にアルは地面に倒れた。

 レックスに足を掛けられ、転倒させられたのだ。


「時間稼ぎ、任せたぞ!」


 そう言って走り去っていく。

 視線の先では戦闘が行われたが、仕留めきれてはいなかった。

 何とか起き上がり後を追うが、仕留め損なったモンスターがアルに気付く。

 レックスたちは右の通路に進んでいったが、同じ方へと向かうことはできなかった。

 仕方なく左の道を選び、独りダンジョンを彷徨うことになったのである。






「ゲホッ、ゲホッ――」


 崖から転落したアルは辛うじて助かっていた。崖下には地底湖が広がっていたからだ。

 何とか陸地に這い上がり、呼吸を整える。

 ここから戻れるのだろうかと周囲を見渡す。


 縦穴に落ちたかのような高い壁に囲まれた空間。そこには幻想的な光景が広がっていた。

 魔鉱石が放つ強い光によって映し出された景観に、アルは一瞬にして目を奪われる。


 岩壁にはいくつもの魔鉱石が点在し、その輝きが水面を淡く照らして美しい碧を見せる。

 放たれた光は反対側の壁面まで到達し、ダンジョン内であるにも関わらず、人の手が加わったつくりを見せていた。


「……祭壇、か?」


 その少し手前。

 水面に浮かぶ陸地の中央に、何か光る物があることに気付く。

 それに触れた瞬間、地面が光り出す。と同時に魔力が吸い取られる感覚。とても懐かしい感覚だった。


「幾年振りであろうか。妾を呼び起こす者が現れようとは」


 虚空に突如として現れた巨躯なるものに驚き、アルはひっくり返る。

 そこには体長、二メートルは優に超える獅子の姿があった――。

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