1-9
「そうだ、今日はフェリーチェにプレゼントがあるんだ」
ふいにルドヴィク様が明るい声で言った。
フェリーチェが「何ですの?」と身を乗り出す。ルドヴィク様はビロードの箱を取り出すと、ふたを開けた。
「まぁ、綺麗! これは?」
「婚約を決めたときに持つ契約石だ。といっても、本物ではないけれど。本物は婚約者同士でしか持てない決まりになっているから、似たものを用意させたんだ」
ルドヴィク様はそう得意げに説明する。
その光景を見ていたら気分が悪くなり、俯いて唇を噛んだ。
私の制服のポケットには、ルドヴィク様と婚約を結んだときにもらった契約石が今も入っている。
この国での貴族の婚約は少し特殊だ。両家で神殿に行き、神官様に魔力を込めた契約石をもらうことで正式な婚約者になれる。
婚約解消も少々手間がかかり、二人揃って神殿に行き、神官様に契約石に込められた魔法を解いてもらわなければ解消できない。
お互いが納得していないと、婚約解消はできない仕組みになっているのだ。一つの例外を除いては。
だからこそ契約石は特別な意味を持っている。契約石に見立てた石を婚約者以外に送るなんて、普通だったら考えられないことだ。
石を受け取ったフェリーチェは、目を輝かせていた。
「まぁ、嬉しい! 契約石に見立てたものをくださるなんて……! それって、そういう意味ですわよね?」
「フェリーチェの考えている意味で合っていると思うよ」
ルドヴィク様はいたずらっぽく笑って言う。フェリーチェは嬉しそうに口に手を当てていた。
その様子を見て笑っていたルドヴィク様は、ふいに難しい顔になると、ため息交じりに言う。
「本当にフェリーチェが婚約者だったらよかったのにな……。俺もジュスティーナに何度も婚約解消したいと言ってるんだ。けれど、ジュスティーナが絶対嫌だと言って聞かなくて。偽物の石しかあげられなくてごめんな、フェリーチェ」
ルドヴィク様の言葉に、私は思わず固まった。
私が嫌だと言って聞かない……? 一体何を言っているのだろう。
婚約解消したいなんてルドヴィク様の方から言われたことはない。反対に私の方がそこまでお嫌ならと婚約解消を提案したのに、両親が許さないからとあっさり断られたのだ。
悲しそうなルドヴィク様の手を、フェリーチェが眉根を寄せてぎゅっと握る。
「まぁ、ルドヴィク様……! 悲しまないでくださいませ。ルドヴィク様ではなく、お姉様が悪いのですから……。お姉様、外見も地味ですし、魔法も植物にしか効かないくらいですから、きっとルドヴィク様を逃したらほかに相手がいないと必死なのですわ」
「わかってくれてありがとう、フェリーチェ。君はなんて優しいんだ……!」
二人はまるで悲劇に耐えるかのようにお互いを抱きしめ合っている。
これは一体何の茶番なんだろう。
私は婚約解消を拒んでなどいない。ルドヴィク様さえご両親に逆らう気になれば、いつだって神殿に行って婚約解消できるのだ。
まるで私を悪者かのように言う二人に、ふつふつと怒りが湧いてきた。
そもそも今までどうして私は耐えてきたのだろう。両親に言い聞かされたから? 私より優れているフェリーチェが優先されるのは仕方ないから?
勝手なことばかり言う二人を眺めていたら、どうにか波風を立てないようにと頑張ってきた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
ふと、私のことを褒めてくれたラウロ様の言葉が蘇った。彼は私の力をすごい能力だと言ってくれた。髪や目を美しいと言ってくれた。
『あまり自分を卑下しては君自身がかわいそうだ』
彼の言葉が頭の中をリフレインする。
心臓の音が早くなる。もうこんな風に我慢ばかりしているのは嫌だ。自分を卑下なんてしたくない。
気が付くと私の足は二人の方へ踏み出していた。