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7、隣人達1

 少ない給金でも、オンボロアパートの家賃なら支払えるし、貧困層が多い居住区では物価もそれなりだ。

 もちろん値段に見合った品質の悪さであるし、家賃と食事代でカツカツの生活に変わりはないのだが、職があるだけありがたい。


 それにたまにいいこともある。

 患者さんからのお礼だ。


 今日は先日まで入院していた患者さんが、すじ肉を大量に持ってきてくれた。

 早速シスター達が大鍋で煮てくれた(下拵えはサリーネがしたが)すじ肉のスープは、蕩けるように柔らかくなっており、教会にきた子供達や患者さんに振るまわれ大層好評だった。

 しかも余ったからと残った分を貰えたサリーネは、スープが入った鍋を抱えて上機嫌で帰宅の途についていた。


 シスター達は病院だけでなく教会のトイレ清掃や、身元不明の死体の洗浄など、彼女たちがやりたくない仕事をホイホイと引きうけるサリーネを重宝しており、見返りとして今日のように食事が余れば、彼女に残った分をくれるのである。


 魔物を狩って食を得ていたサリーネにしてみれば、シスター達が嫌悪する仕事は全く苦ではなかったし、なんなら食費が浮くことの方が嬉しい。


 ルンルン気分で、今にも崩れそうなオンボロアパートの階段を軽やかに駆け上がり、自室の前に辿りついたサリーネの耳に犬が唸るような声が聞こえた。


 一瞬、動きをとめて周囲を見回すも犬の姿は見当たらない。


 空耳だったのかと、建付けが悪く蹴破ったらすぐにでも壊れそうなドアに、申し訳なさ程度に付いている鍵穴に鍵を差し込む。

 すると今度ははっきりと苦しそうな唸り声がした。


「う、ううう……うう……」


 サリーネは耳を澄ませる。

 唸り声はどうやら隣の角部屋の方から聞こえる。サリーネが住むアパートは二階建てで、彼女の部屋は階段から一番奥の一つ手前だ。

 隣人とは会ったことがないが、飼っている犬か猫あたりが調子を悪くしているのかもしれない。


 動物の治療は専門外だが応急処置位なら出来るかもしれないと、とりあえず、スープの入った鍋をドアの前に置き、隣室をノックする。

 しかし唸る声が聞こえるだけでドアが開く気配はない。

 飼い主が留守中に調子が悪くなったのかとサリーネが青褪め、思わずノブを回すと、ドアが開いた。


 そこでサリーネが見たものは、床に転がり苦しむ男性×3の姿であった。


 20代と思しき成人男性が三人、床でえずいている光景にサリーネはギョっとする。

 関わり合いになりたくはないが、扉から一番近くに横たわっていた赤い髪をした男性の顔色は青白く目の周りには赤い斑点があり、口からは紫色の唾液を流していた。

 よく見ると他の二人にも同じ症状がありサリーネはハッとする。


「これノモマ草の毒素を大量摂取した時の症状に似ている? ……それならあの薬が効くはず!」


 急いで自分の部屋へ戻り、王都へ来る前に売れ残っていた薬草とシーツを鷲掴みにする。

 とんでもなく臭くて苦いが解毒作用はお済付きだ。しかも口に含むだけで効能が現れる即効性の優れものである。


 隣人の部屋へ戻ると、シーツを引き裂いた布を少し水で湿らせてから解毒薬を包み、男性の口へ片っ端から押し込む。

 意識がない人間に何かを飲ませるのは大変だが、この方法なら誤飲する心配もないので安心だ。

 乾燥状態ならともかく、水を含むと非常に臭いのが難点だがこうした方が効能は高いので、この際構っていられない。


 ついでに意識を戻した時に解毒薬を吐き出さないために、申し訳ないが口元を布で覆い、両手を後ろ手に縛りつけ、身体を柱に固定する。

 男性たちはみな大柄だが細身であったため、何とか三人共柱へ括り付けたところで、一人が意識を取り戻したのか盛大な呻き声をあげた。


「うううううう! ううううう!」


 呻き声ではあるが、きっと抗議の声をあげた男性に、サリーネは眉を下げる。


「すみません。完全に解毒するまでそれは取れないんです。その証拠に、まだ首から上しか自分の意志で動かせませんよね?」


 口に怪しげな物を突っ込まれ身体の自由まで奪われた挙句、勝手に自分達の部屋に上がりこんだ知らない女の言葉だというのに、男性は納得したのか大人しくなってくれたことにほっとする。


 その間に他の二人も気がついたようだが、案の定、自分達の置かれた状況に抗議の呻き声をあげた。

 しかし先に起きた男性が睨みつけると、目を瞠ったものの抵抗する様子は鳴りを潜める。

 良かったと安堵しつつも、サリーネは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ごめんなさい。この匂いと苦みは、どんどん酷くなるんです。でも匂いがなくなれば解毒完了の合図ですから、もうちょっと我慢してください」


 もう十分に臭いはずの解毒薬が更にひどくなると聞いて三人は絶望の表情になり、いたたまれない気持ちになるが仕方がない。

 そう割り切って、三人が悶えている間に汚れた床を掃除する。

 ついでに解毒薬の匂いが酷いので換気のために窓を開け、澱んだ部屋の空気を入れ替えた。


「スー、ハー、スー、ハー、あ~、生き返る~」


 窓の外で深呼吸をしたサリーネが振り返ると、三人から恨めしそうな眼差しで見られたが笑って誤魔化す。

 そうこうする間にも匂いはどんどんきつくなり、男性達があまりの臭さに白目を剥き脂汗を流して耐えている中、唐突に匂いが消えた。


「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」


 そう言って拘束していた布を解く。

 すると男性達は口に入っていた薬入りの布を盛大に吐き出して、大きく息を吐き出した。


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