6、出会いは黒歴史2
今はまだ大ムカデの肉だとは知らないサリーネは、久しぶりの食事に大満足して人心地つくと、少年に向かい丁寧に頭を下げた。
「ご馳走様でした。ありがとう」
「お前、名前は?」
「……サリーネ」
家名も名乗った方がいいのかと思ったが、何となく言いたくない気がして、少し躊躇ったサリーネは名前を言うだけに留める。
一方少年の方は気にした風でもなく、ふうん、と鼻を鳴らすとマジマジとサリーネを見つめた。
冒険者のような装いをしているが、黒髪金目の少年は改めて見ると整った顔をしており、見つめられたサリーネの心臓がドキドキする。
何か変な所でもあるだろうか(草を食べている時点で十分変ではあるが)と髪を撫でつけると、少年が金色の瞳を細めた。
「お前の髪の毛、綺麗だな」
「え?」
髪色を誉められたのは初めてだった。
頭の外側が父譲りの金色で内側が母譲りの水色という二色に分かれたサリーネの髪色を、義姉はいつも気味が悪いと言って貶していた。
だから少年の言う言葉が信じられずに呆けてしまう。
そんなサリーネを不思議そうに見返した少年だったが、夕焼けが近づくと「またな」と言って去って行った。
サリーネはそれを社交辞令として受け取ったのだが、それ以降少年は毎日のようにサリーネを引っ張りまわすようになる。
出会って二日目から魔物退治の手伝いをさせられるとは思いもしなかったが、報酬の肉目当てにサリーネは頑張った。
やはり草ではなく、肉が食べたい。
食べるために無我夢中で魔物狩りを手伝ったサリーネだったが、いつしか屋敷から連れ出してくれるのは少年の優しさだと気が付いた。
何故なら少年は6歳のサリーネより2つ上なだけの8歳という子供にも関わらず、めっちゃ強かったからだ。
豚の怪物もお化けコンドルも自分の背丈よりも大きい魔物なのに、少年は余裕でぶっ倒しては、その肉を美味しそうにサリーネと食す。
自分の食料確保のために一緒にいてくれるのだと、鈍いサリーネでも気が付いた時には、とっくに少年のことが好きになっていた。
言わずもがな、その少年が件の幼馴染である。
ちなみにサリーネがフォルミア子爵家の娘であることを、辺境伯の嫡男であった幼馴染はとっくに知っていたらしい。彼が辺境伯の嫡男だと知った時、サリーネは白目を剥くほど驚いたというのに。
しかし幾ら辺境伯の嫡男といえども他家の使用人へ口出しする権利はないため、サリーネに一冊の本をくれ、連れ出してくれていたのだ。
その名も『食べられる野草全集』である。
好きな人に初めて貰った本のタイトルがこれって……泣きたい。
出会いからして草を食べていたわけだし、相当飢えてると思われたのだろうとサリーネは遠い目になったが、薬草の作り方も載っていたその本はかなり重宝した。
何故なら父親の命令でサリーネが領地の管理をするようになっても、使用人達は失礼な態度を改めなかったため、サリーネのサバイバル生活は続いたからだ。
狩りの獲物で食べ物を確保、薬草販売で得た収益で衣類を確保、そうやってサリーネは幼馴染の協力の元14才まで生きてきたのだ。
だからこそ、逃げ出す決断も早かったのだといえる。
そして王都の屋敷から逃げ出してから三年。
さすがに一人で魔物狩りは怖くて出来ないが、逃亡中も彼からもらった本の知識のおかげで、薬草を売って小金を稼ぎ何とか生活していたサリーネは、実は今、王都に戻ってきていた。
最近万能薬が開発されたとかで、サリーネが売っていた効能毎の薬草が全く売れなくなってしまったのだ。
宰相肝いりの万能薬は少し割高だが何にでも効くと瞬く間に国中に喧伝され、その他の薬草はかなり安価な物以外見向きもされず、売上は目に見えて減少した。
他の仕事を探そうにも、地方ではその仕事ですらあまりない。
今日食べる物にも困窮するようになり、サリーネは王都へ戻ることを決めたのである。
賑わう王都へ行けば何かしらの仕事に就けるし、あの騒動から三年も過ぎているから、と迷った末の決断だった。
危険は承知だがお金がなければ飢え死にする。
それにサリーネには、見つからない自信も少しだけあった。
逃亡二日目からサリーネは、市場で買った瓶底眼鏡で瞳を隠し、頬には吹き出物の模造品をつけた手作り肉厚シートを貼り付けて過ごしていたのだ。
更に一番目立つ珍しいツートンカラーの髪色は蔓草の染色剤で真っ黒に染め、自分で考案したデブワンピース(ボリュームのある綿をこれでもかと生地に縫い込んだ夏は地獄の代物)を着込んでいる。
そのせいで見た目は恰幅のいい中年のおばさんにしか見えない。
だが、この変装のお陰で今の今まで逃げきれているという実績がある。
こうして変装がすっかり板についていたサリーネは、今現在、教会に併設されている病院で医者の助手として働くことができたのだった。
重労働な上にあまり清潔とは言えない、おまけに給金が安いという人気がない職業なので、若い子には向かない。
見た目オバサンなサリーネが、すぐに雇ってもらえたことは行幸だった。