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4、お約束の婚約破棄(ただし当事者ではない)4

 二人の後を追いかけたサリーネは、正面玄関前のスロープを駆け抜け生垣を曲がろうとしたところで急停止して身だしなみを整える。


 謝罪は誠意が大切だ。

 サリーネはドレスを持っていなかったし、一人で領地からやってきたため今は平民の男の子のような服装である。


 けれど、せめて小綺麗にしてから謝罪をしようと、カバンを下ろし服についた埃を払っていると、豪華な馬車の前で足を止めた伯爵が、子爵家の庭園を見渡しながらニヤリと笑った。


「まさか、ここまでうまくいくとはな」


 伯爵の笑みに、隣を歩いていたゴードンも同じような顔つきで目尻を下げる。


「本当に。正直、子爵の無能っぷりは亡くなった叔母に聞いていたとおりですね」

「あいつも子爵家を牛耳って、これからという時に病気で死んでさぞ悔しかっただろう。だが我が伯爵家の血を継いだ姪があそこまで愚かだとは思わなかった」

「父親の方の血が濃いのでしょう。本当にバカな女で辟易しましたよ。こちらが誘導したとはいえ、まさか国王主催の夜会で婚約破棄をしてくるなど正気の沙汰ではありません」

「スティーブも、金を貰わなければあんな気狂い娘の相手はごめんだと言っていたからな。亡き妹の遺言とはいえ、ゴードンにあんな癇癪持ちで危ない娘を押し付けやがって」

「ええ。全くですよ。次の婚約者選定では気をつけてくださいよね」

「そうだな。子爵家の領地が手に入った今、益々我がライト伯爵家は潤い、侯爵家や公爵家との縁組も夢ではないだろう」

「見目のいい女でお願いしますよ? ブスは抱けませんから」


 気狂い娘という言葉に盛大に頷きつつも、二人の会話を息を潜めて聞いていたサリーネは、ゴードンの発言に、思わず「お前が言うな!」と、ツッコミそうになってしまい我に返る。

 婚約破棄もスティーブも義姉の暴走かと思っていたが、子爵家を乗っ取るため(あと気狂いの義姉を切り捨てるため)裏で糸を引いていた輩がいたのだ。


 まさかサリーネに聞かれているとは知らずに、全て計算通りにうまくいったことで上機嫌になっている二人の会話は続いてゆく。


「そういえばあのメイドの娘はどうします?」

「ふむ、平民のガキような貧相な身なりをしていたが素地は悪くなかったな。娼館に売ればいい値がつきそうだ。明日にでも人をやって捕らえてしまおう」

「その前にちょっと遊んでもいいですか? 金髪に水色のツートンカラーなんて髪色は滅多にないですし、見目もいいから楽しめそうだ」

「処女の方が、高値が付くぞ?」

「子爵家の財産が手に入った今、その程度の差額どうってことないでしょう。ところでミストも娼館ですか?」

「バカを言うな。アレでも一応血の繋がった姪だ。そんなことをすれば私の名声に傷がつく。大体、あの十人並みの容姿では二束三文にしかならん。それよりも、子爵は娘の失態を恥じ、自ら領地を慰謝料として差し出し爵位を返上して娘の命を絶とうとしたが、私がそれを止めて修道院送りにしたという美談を広めた方が得だ。子爵は私に感謝して隠居したことにしておこう。なぁに、あの無能な子爵のことだ。直に手を下さずとも身一つで郊外の森へ放り出せば、数日で野垂れ死にするはずだ」

「さすが、父上。そこまで熟考していたとは恐れ入ります」


 生垣に隠れて二人の会話を聞いていたサリーネは、娼館に売られるという言葉にゾワリと悪寒に襲われ足が竦む。

 しかし逡巡したのは一瞬だけだった。


 踵を返しながら下ろしていたカバンを再び肩掛けにすると、チラリと一瞥したものの屋敷の前をダッシュで素通りして裏口に向かう。

 外へ出ると乱暴に髪を帽子に突っ込んで、先程領地から来た時に降りた辻馬車の待機場へ向かい、遠方へ向かう最終の馬車に乗り込んだ。


 行先は知らない。

 けれど、とにかく遠い所へと考え、なけなしの所持金をはたいて一番運賃の高い所にした。


 父親と義姉に黙って出てきたことが人として正しいのかは解らないが、きっとグズグズとあの場にいて割を食うのは、何もしていないサリーネだったはずだ。

 サリーネは辺境の領地で暮らしていた時に、一緒に遊んだ二つ年上の幼馴染がよく言っていた言葉を実行したに過ぎない。


「いいか? 強い魔物に出くわしたら、まず真っ先に逃げるのが基本だ。たとえ逃げ遅れた者がいたとしてもそれは運がなかったと諦めるしかない、危機管理能力が欠如している奴から淘汰されるのが自然の摂理だからな。お前も、よく覚えておけよ」


 この場合、強い魔物とはライト伯爵とゴードンだ。

 サリーネが盗み聞いたことを役所へ訴えても、文官や騎士を味方につけた彼らに対して勝ち目はない。

 そんなこと14才のサリーネだってわかる。


 だから逃げた。


 父親と義姉を置いて一人だけ逃げてきてしまったことはモヤモヤするが、説明しても義姉はサリーネの言うことなど頭から信用しないだろうし、父親が伯爵へ反論できるとは思えない。


「でも黙って一人で逃げてきたのは卑怯だったかな……」


 ゴトゴトと馬車に揺られながら、サリーネは溜息を吐き幼馴染の顔を思い浮かべた。

 強敵に会ったら逃げろと言っていたが、彼はいつだってサリーネを見捨てたりはしなかった。


 領地は田舎だったから普通に魔物が出るし、遊んでいる途中で奴らに出くわしたこともある。

 けれどもサリーネと一緒にいる時、彼は絶対に逃げたりしなかった。


 畑を荒らすオオトカゲの鋭い爪や、住民を悩ませる毒蛇の牙がサリーネを襲った時も、真っ向から立ち向かってゆき見事にぶっ倒してくれた。

 そのくせサリーネ一人の時は、絶対に逃げろと口を酸っぱくして言ってくるのだ。


 領地が隣同士でたまたま屋敷が近かったため一緒によく遊んだ幼馴染は、むちゃもするし偉そうだけど、すごく強くてとても優しい。

 今回のデビュタントの夜会でも、父親との仲が悪いから一人で出席するつもりだと話したら、辺境伯の嫡男である彼がエスコートをしてやると当然のように言ってくれたのだ。


「サリー、夜会で会おう、約束だ。その時に俺の弟分も紹介してやる」


 まさかサリーネが領地から王都まで辻馬車で向かうとは知らなかった彼は、早めに領地を立つと言い出したサリーネに、女は何かと用意があるからな、と心得顔で頷くと笑顔で送り出してくれた。


「夜会、行けなくなっちゃった……約束破ったから、めっちゃ怒るだろうな」


 ポツリと呟くと、幼馴染の怒りの形相が頭に浮かんで一瞬寒気に襲われたが、ギュウッとカバンの肩紐を握りしめる。


 もう会えないと解っていたら、ちゃんと好きだと言えばよかった。

 そう思っても時は戻らない。


 それにサリーネを娼館へ売ろうとしている伯爵達が追手をかけるかもしれず、領地に戻れば幼馴染に迷惑をかけてしまうかもしれない。


「卑怯でも何でも、今は逃げることが上策だった。うん。しょうがないよ。とにかく明日からどうやって生きていくかが大事だよね」


 自分に言い聞かせるようにサリーネは頷く。

 そのまま王都を離れると、全く知らない地方の街を転々とする逃亡生活が始まったのだった。


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