30、万能薬1
かすり傷で大騒ぎして医者を呼べと言っていたくせに自分は後回しでいいとか、先程サリーネを平民で下賤の者と言っていたくせにノブレスオブリージュとか、怪しいことこの上ない。
しかもここは万能薬を売り出した地であり、宰相は薬を国に広めた功労者でもあるのに、だ。
「怪しい……なんで飲まないの? 自分のところで作っている薬なのに」
思わず呟いてしまったサリーネに宰相の肩がビクンッと跳ねる。
「娘、黙れ! 貴様には関係ないわ!」
何故か激高する宰相だったが、その背に冷ややかな言葉が投げつけられた。
「その薬は大量に摂取すると意識混濁を起こし、常習性も強い。ちなみに痛みを感じなくなるのは治ったのではなく感覚がマヒしただけ、なんだろう? ったく、今はそれどころじゃないってのに余計な仕事を増やしやがって面倒くせぇ……」
後半の科白をぼやきながら言い放ったヨシュアだったが、その言葉にサリーネは目を見開くと呆然と呟いた。
「意識混濁……常習性……感覚のマヒ……まさか……。トンチンカンが最初に会った時服用してたのって、やっぱりノモマ草だったの?」
トンヌラが持っていた万能薬をひったくって中身を手にとる。
匂いを嗅いで、錠剤を砕き少し舐めてみたサリーネは青褪めた。
「何が万能薬よ! これ大量にノモマ草が含まれているじゃない! こんなの飲んでたら、いずれ廃人になっちゃうわよ!」
非難めいて言い募るサリーネに宰相が泡を食ったように反論する。
「娼婦風情が変な言いがかりをつけるな! お前ごときに何がわかる! 宰相である儂に逆らうなど逮捕だ、逮捕!」
逮捕と聞いて一瞬怖気づいたサリーネだったが、ここで負けるわけにはいかない。
万能薬のせいでサリーネの薬草は売れなくなってしまったが、効能が高い薬が庶民にいきわたるのはいいことだと思っていた。
サリーネの母親だって万能薬があれば助かったかもしれないのだ。
けれど、違った。
「この万能薬の原料であるノモマ草は、辺境にしか自生していないからあまり知られていないけど毒草よ。それに摘んだ茎から出る液は魔物を呼び寄せる効果もある。今回のスタンピートは万能薬を作るために、ノモマ草を大量に採取したことが原因じゃないの?」
ギク。
サリーネに指摘された宰相の動きが止まる。
確かにもっと財を得るため昨日ノモマ草を大量に採取し工場へ保管したからだ。
三年前に辺境領からノモマ草を黙って採取して自領にて栽培し、万能薬として売り出していたが、この度やっと大量栽培に成功し一気に隣国まで販路を拡大する予定だったのである。
辺境にしかないノモマ草のことなど誰も知らないだろうと高を括っていた。
元手がほとんどかからず大儲けできるチャンスだとほくそ笑んでいた。
まさか、たかが娼婦に指摘されるなど夢にも思ってもみなかった。
焦る宰相だったが、サリーネの糾弾は止まらない。
「大体、辺境にしか自生していないノモマ草がどうして侯爵領にあるの? 毒草を勝手に採取するのは違法だし、ましてや栽培するのは禁止されているはずよ」
「食べられる野草全集の巻末おまけページの危険毒草一覧にノモマ草の記載があったの、サリーも覚えてたんだな」
いつの間に隣に来ていたのか、サリーネを見て微笑むヨシュアは何だか嬉しそうだ。
その笑顔にサリーネも何だか勇気づけられて拳を握る。
「勿論。あの本のお陰で飢え死にしないで済んだもの」
「そいつは重畳だったな。ところで移植したノモマ草ってどのくらいで安定するんだっけ?」
質問の意図は解らないが、あの本のことならばっちり頭に入っているサリーネは自信を持って答えた。
「しっかり根付くまで安定するには三年はかかるって書いてあったわ」
ギクギク。
サリーネの言葉に、宰相の脳裏に三年前に辺境領で起こったスタンピートが蘇る。
違法採取で慌てていたことと利益重視のため、結構な量のノモマ草を摘み取り、折り曲げた茎の残骸を辺境領へ捨てて行った覚えがあった。
「なるほど……根付いたノモマ草を大量に収穫できるようになったのが今ならば、違法採取したのは三年前ってことだな。つまり三年前に辺境領で起こったスタンピートは貴様のせいだったってことか。つーかここ数年凶悪な魔物が出現するようになった原因も貴様のせいだな? 大方ノモマ草を調査するのに勝手に辺境領へ入って採取していたんだろう」
ギクギクギックーン。
魔王ヨシュアの金色の瞳が火花でも飛ばしそうな勢いで爛々と光っているのを見て、宰相は尻もちをつく。
「スタンピートで親父達が大怪我をしたのは弱かったから仕方ないにしても、ノモマ草の汁が魔物を呼び寄せる効果があるのは知ってたはずだ。しかも私利私欲のためにテメーで作った胸糞悪い薬を、テメーの領民に買わせてドラッグジャンキーにするなんざ鬼畜の所業としか言えん。こんな奴が宰相とかこの国終わってんだろ? 国王のおっさんにヤキ入れとかねぇとな」
いや、前辺境伯も騎士団長も全然全くこれっぽっちも弱くないです。あと国王をおっさん呼びとか、ヤキ入れるとか止めてください、というツッコミはトンヌラ達には入れられなかった。
ちなみに強い人間が大好きな国王は、人外魔境な魔王の強さを持つヨシュアを恐れると同時に、辺境伯として全幅の信頼を寄せている。
だからといってヤキを入れていいわけはないのだが、きっと若はやるだろうな、とトンヌラとチンクーは遠い目になり、カントは何故か爆笑した。
「さっすが若、怖いもんなし。あ、いや、一人いたっけ?」
ジロリとカントを睨んだヨシュアだったが、目の前の鬼畜を処断するべく、恐怖で身動きできない宰相に向かい腕を振り上げる。
しかしヨシュアが腕を下ろすより早く、バチコーンという豪快な音が木霊した。




