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27、魔王の相棒3

視点がサリーネに戻ります。

 

「三人共、無事だった? 良かった!」


 早々に空中戦を終え、ヨシュアと共に城門に押し寄せていた魔物を背後から挟撃していたサリーネが、最後の一体が倒されるのを確認してトンヌラ達へ走り寄る。


「お嬢こそ無事か? 怪我は……ねぇな」

「いや~、マジで強かったっす!」

「さすが魔王と呼ばれる若の相棒だけあるね」


 絶賛する三人だったが、サリーネは不思議そうに瞳を瞬かせた。


「え? 私は全然強くないけど? どれも戦ったことがある魔物だったし、ヨシュアがいたから倒せただけだもん」


 辺境領にいた時は、いつも魔物を倒すサポートをさせられたが、それはヨシュアが強いだけでサリーネはお手伝い程度の働きだった。そうサリーネは本気で思っている。

 今だってヨシュアの邪魔をしないように、弱そうな雑魚だけを相手にしていたつもりだ。

 だからこそ否定したのだが、言われた三人は微妙な顔になった。


「いや、確実に俺らより強いってば」

「その魔物、人里どころか辺境でも滅多に出ない凶悪な部類に入るっす……」


 カントが呆れたような視線を向け、チンクーが折り重なった魔物を指さしながら困惑の表情を浮かべる。


「ちなみに辺境領で若と一緒に討伐した魔物ってどんなでした?」


 怪訝そうにトンヌラに聞かれ、サリーネは困惑しながらも記憶を探った。


「ええっと、大変だったのは、さっき倒した黄色いオオトカゲの大軍とか、炎と氷と毒の息を吐いてくる頭が三つある大きな蛇とか? あ、今回倒した蛇は翼があるけど大きいだけで毒がなくて良かった~……なんて思ったり……」


 周囲の者達の視線がどんどん奇妙なものを見る目に変わってゆくことに、サリーネも自分か何かおかしなことを言っているのかもしれないと思いはじめ、段々と尻つぼみになってゆく。


「黄色いオオトカゲ? 頭が三つの大きな蛇?」


 地面に横倒しになっている黄色の魔物と切り刻まれた大蛇の残骸をトンヌラが指さし、ゆっくりとサリーネに向き直る。

 チンクーとカントも同様にサリーネを見つめるので、何だか居た堪れなくなったサリーネが曖昧に微笑むと、背後から愉快そうな声が掛けられた。


「オオトカゲはドラゴンで、頭が三つある蛇はキングヒドラのことだな」


 事も無げに言ったヨシュアに三人が目を丸くする。

 ドラゴンだって破格の強さだが、キングヒドラは最早伝説級の魔物と呼ばれ、この魔物が現れたら国も人類も滅亡すると噂されていた。

 それにサリーネは大きな蛇と言っていたが、大きいどころではなく小山ほどもある魔物である。


「辺境伯の屈強な騎士団でも全滅すると噂された、あのイエロードラゴンの大軍やキングヒドラを、若が幼馴染の相棒と退治したと聞いた時、俺は勝手にその子はごつい男の子を想像してやした。それが女の子だったと聞いて、てっきり後方支援だとばかり思っていたんですが……そうですかい、幼馴染はお嬢で、まごうことなき若の相棒だったというわけですね」

「俺はてっきり相棒は若の妄想だと思ってた~。若って昔から友達少ないから、執着している幼馴染の女の子に引かれないために、魔物狩りの相棒なんていう想像友人を作った可哀想な子だって憐れんでたんだけど、本当に存在してたんだね~」

「うわっ! 何でカントは余計なこと言うんっすか! でも、俺も少しだけそうじゃないかと思ってたっすけど……あっ!」


 真面目なトンヌラが呆然と呟く傍らで、余りに驚きすぎたのか本音を暴露してしまったカントとチンクーが、殺気を感じて自分の主を振り仰いだ。


「お前ら、俺のことなめてんだろ?」


 笑顔なのに全く瞳が笑っていないヨシュアに、二人が声にならない悲鳴をあげる。


「サリーネのこと、みすみす逃がしたこともまだ許してはないんだよなぁ。捜しだす方が優先だと思ってたからさ?」


 ヨシュアの言葉に一人難を逃れたと思っていたトンヌラも青褪め始めたのを見て、サリーネが慌てて割って入った。


「ヨシュア、やめて! 私が勝手に逃げただけで彼らに落ち度はないでしょう!」


 そう、王都から勝手に逃げ出したのはサリーネだ。

 だから彼らが叱責される謂われはない。

 自分がまた何も言わずに逃げ出したからヨシュアが怒っているのだとしたら、その怒りの矛先はサリーネに向けられるべきである。


 だがヨシュアは三人を庇うように前へ出てきたサリーネの頭をポンポンと優しくたたくと、魔王の眼差しでトンチンカンに向かってボキボキと指を鳴らした。


「つーか、お前ら俺の部下だってこと忘れてない? お前らの生殺与奪の権利は辺境伯である俺にあるんだけど?」


 ヨシュアは何気なく発しただけなのかもしれない。

 けれど辺境伯という言葉の重みにサリーネの心臓がゴトリと重くなる。


 この国で辺境伯といえば侯爵と同等の高位貴族だ。

 侯爵の上には公爵と王族しかいないため、平民になったサリーネにとって彼らは最早雲の上の人達なのである。

 その現実をヨシュアから突き付けられたような気がして、彼が何だか遠い存在に思えてきて心がざわつく。


 結局、権力がある人間には逆らうな、ということなのだろう。


 サリーネだって、三年前も先日も権力のせいで逃げるはめになった。

 逃亡生活はひもじくて寂しくて情けなかった。

 このままずっと一生逃げ続けなければいけないのかと、未来を悲観して泣いた夜だって何日もある。

 娼館への身売りだって最後まで悩みに悩んだ。


 権力の前に屈せざるを得なかったからの辛酸だが、大好きな人でさえ権力で部下を従わせようとするのかと思うと、どうしようもないやるせなさに襲われる。


「権力を笠に着て暴力を振るおうとするなんて最低……」


 サリーネの呟きに、トンヌラ達へ薄ら寒い笑みを浮かべていたヨシュアが怪訝そうに眉を顰めた。

 今度こそ主にボコボコにされると震えていた三人も顔を見合わせ首を傾げたが、サリーネの積りに積もった鬱憤は、ここにきて爆発する。


「貴族が、身分が、なんだって言うのよ! 父もミストもライト伯爵もゴードンも、名前も知らない伯爵令嬢も、権力を振りかざす貴族なんてみんな嫌い!」


 思えばサリーネは散々貴族に振り回されてきた。


 無能な父親に妄想癖の義姉、娼館に売ろうとする義姉の実家の伯爵家の人達、それに言いがかりをつけてきたヨシュアの婚約者だという伯爵令嬢。


 父親と義姉には迷惑ばかりかけられ、伯爵家の人達や令嬢とは会ったこともなかったというのに、被害を受けるのは権力を持っていない自分だけという理不尽。


 ずっとずーっと我慢していた。けれど本当は……。


「辺境伯が偉いのは知ってるわ! だからなによ? 権力を振りかざす貴族なんか……」


 こんなことをヨシュアに言うのは完全なる八つ当たり。

 それは解っているのに止められなかった。


「ヨシュアなんか、大っ嫌い!」


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