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17、ヨシュアの誤算2

 デビュタント当日、ヨシュアは随分早めに夜会会場の入り口で待機していた。

 時折煩わしい秋波を送ってくる令嬢がいたが全て無視して、サリーネが現れるのを今か今かと待ちわびる。が、待てど暮らせどその日サリーネは夜会へやってこなかった。


 サリーネは約束を反故にするような人間ではないので、訝しんだヨシュアはその晩の内に調査を開始する。

 翌朝にはフォルミア子爵家で起こった出来事を知り愕然とした。


「サリーがいなくなった……?」


 漸く手に入れられると浮かれて、彼女が言うまま先に王都へ帰したことが悔やまれる。

 一緒に帰っていれば、こんな事態にはならなかったのに。

 しかも辻馬車を乗り継いで帰っていたなんて知らなかった。

 いや、サリーネのフォルミア子爵家での扱いを知っていたのだから考えられることだったのに、完全に浮かれて油断していたヨシュアの落ち度だ。


「バカか、俺は……!」


 もしサリーネがライト伯爵に監禁され、いかがわしいことをされていたら王都は消し炭になっていただろうが、危機管理能力の高いサリーネは自ら逃げ出したようだった。

 しかしそのせいで捜索のハードルが上がったことも事実だ。

 サリーネに自覚はないが、何せ彼女は辺境伯も騎士団長も泣いて縋るほどの腕前を持つ魔王ヨシュアの相棒なのだから。


「マジか……サリーが本気で逃げたら跡を追うのは困難だぞ……」


 呟いたヨシュアの金色の瞳がいつになく動揺の色を見せる。

 だが魔の悪いことは続くもので、ヨシュアがサリーネを探すため王都での滞在を延長した矢先に、辺境領から魔物のスタンピートが起き父親と騎士団長が重傷との急報が届いたのである。


 サリーネの行方を追いながら知らせを聞いたヨシュアは、黒い髪を掻きむしるだけではあきたらず、尋問していたライト伯爵とその息子ゴードン、彼らに買収された文官と騎士の背後にあった石壁を殴り壊し、王宮中を震撼させるような絶叫をあげた。


「があああああああっ! 死にさらせぇ! くそがぁあああ!」


 ただでさえ歴代最強の魔王と噂される次期辺境伯からの鬼気迫る尋問で、ライト伯爵達は恐怖に慄いていたというのに、分厚い石壁を素手で粉々にし雄叫びを挙げたヨシュアを見て意識を保てるはずもない。


 ヨシュアにしてみれば、半分はこんな時にスタンピートを起こした魔物に向かって放った暴言だったが、その衝撃と内容に100%自分達に激高していると勘違いした伯爵達は、生温かくなった下半身と共に白目を剥いて気絶した。

 その後、気絶している間に王城の正門前へ並べられると、罪が書かれたプレートを首からぶら下げられ、失禁した跡までしっかりと衆目に晒されて、大いに笑い者になったのだった。


 ちなみにサリーネの父親であるフォルミア子爵と義姉のミストは、ライト伯爵が訪れた日の夜半に金目の物を持って家から逃げてしまい行方が知れない。

 サリーネがさっさと逃げだしたため、自分達も身の危険を感じて出奔したのだろうが、身を立てる術がない子爵達はきっとすぐに行き倒れていることだろう。

 置き去りにされた使用人は、領地の使用人共々いきなり職を失い途方に暮れたようだが、ヨシュアにとっては、子爵もミストも使用人達もどうなろうかなど、どうでもいいことである。

 勿論、後からきっちり報復はする予定であるが。


 それよりも、とにかくいなくなったサリーネを捜すことが先決で、何よりも優先すべき事柄だった。


「サリー……どこへ行った……」


 デビュタントでエスコートして王家にお披露目したら、さっさと実家とは縁を切らせて辺境領へ連れ帰って結婚するつもりだったのに、とヨシュアは眉間の皺を深くする。


 こんなことになるのなら、もっと早くにフォルミア子爵家も、ライト伯爵家も潰しておくべきだった。

 だが、そうなるとサリーネが平民になってしまい、貴族であるヨシュアとの結婚に弊害がでてしまう。

 魔物相手のように正攻法だけではなく、色々と根回しをしておくべきだったと痛感するがもう遅い。


「くそったれが……! 俺は辺境領へ戻るが、お前らサリーのこときっちり捜して連れてこいよ? 本気で逃げてるあいつは相当に手強いが絶対に見つけろ。必ず五体満足で俺の元へ連れてこい」


 トンチンカンの三人にそう言い捨てると、ヨシュアは眉間に盛大な皺を作りながらも辺境領へ戻っていった。

 まさかこの後三年も、サリーネが見つからないなど、さすがのヨシュアも考えてはいなかったのだ。

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