15、とばっちり再び2
翌朝、いつものように身支度をしようとしたサリーネは、アパートの外から感じる気配に眉を顰めた。
そっと窓の隙間から覗けば、数人の見慣れない男達が見える。
破落戸がどこかから流れてきたのかとも考えたが、整った服装からして十中八九、男達は昨日の令嬢が雇った者達だと思われた。
令嬢のドレスが破れたのは完全なる自己責任だが、彼女は何としてもサリーネに弁償させたいらしい。
ドレス代の徴収のためにわざわざ人を寄越す方が不経済だと思うが、相手は損得よりもメンツで動く貴族令嬢。そしてそこはかとなく義姉と同じ人種の彼女に、理不尽を訴えても聞き入れてなどもらえるわけがない。
ヨシュアに会えたことに浮かれて、逃亡者だということを忘れていた昨日の自分を、サリーネは殴ってやりたくなった。
男達はドレス代を支払わなければ大仰に騒ぎ出し、サリーネを引っ立てていくのだろう。
こんなオンボロアパートに住んでいるのだ。
令嬢だってサリーネにお金がないこと位わかっているはずである。
それでも大がかりな取り物を指示するということは、婚約者なのにヨシュアに会えないらしい令嬢の八つ当たりに過ぎないのだろうが、もしかしたら部下が住むアパートの騒ぎを聞きつけ、ヨシュアがやってくることを少し期待しているのかもしれない。
しかし騒ぎになって自分の存在が公になるのは、サリーネにとっては死活問題である。
何より自分という逃亡者と関わりを持ってしまったヨシュアに迷惑をかけることが嫌だった。
「……逃げよう!」
自分に言い聞かせるように呟いたサリーネは、意識を集中しアパートの周りの気配を探る。
幸いまだ男達はサリーネのいるアパートの周辺を窺っている最中のようだ。
サリーネは音を立てないように素早く最低限の荷物を鞄へ詰め込むと、天井部分の板を外し屋根裏へ上がりこむ。
トンヌラ達がくれた鍋を持っていけないことが残念だったが、もう大鍋を使う機会もないだろうと自嘲した。
逃亡生活が長いためいつでも逃げられるよう脱出経路を確認しておいたことが功を奏し、屋根裏から隣のアパートの屋根へ飛び、そのまた隣の住居の雨樋をつたい階下へ降りると、男達に気づかれないまま脱出に成功する。
その足で大家さんの家まで早足でやってくると、扉の隙間に退出書類と今日までの家賃を無理やりねじこませ、城門へ向かい踵を返した。
まだ眠りから覚めたばかりの王都は行き交う人もまばらだったが、商人や冒険者など早朝から忙しなく動く人間も皆無ではないので、黙々と歩くサリーネを不審に思う者はいない。
王都の門をくぐる際に、後ろ髪を引かれる思いで一度だけ振り返った王城は、朝焼けに照らされ金色に輝いていてとても綺麗だった。
逃亡生活が始まってから、危険を感じて住処を離れるのは今回が初めてではない。
逃げ出すことには慣れていたはずなのに、サリーネは無性に悲しくなる。
金色に光る朝日から瞳を背けるように下を向いたサリーネは、行く宛のないまま王都を後にしたのだった。




