13、突然の魔王降臨4
「そっか、ヨシュアは辺境伯になったんだね」
感慨深げにサリーネが呟く。
かろうじて子爵令嬢だった昔と違って、今のサリーネは平民どころか逃亡者だ。
ヨシュアは辺境伯に相応しいと思うし立派な彼を幼馴染として誇らしいが、あらためて違う世界の人だったのだと認識して、無理やり笑顔を作ったサリーネにヨシュアは不思議そうに首を傾げた。
「まぁな。それよりサリーは、いつになったら領地へ帰ってくるんだ?」
「それは……」
逃亡者なので帰れない。とは言い出しづらい。
サリーネが逃亡してからずっと探してくれていたヨシュアなら理由を話せば匿ってくれそうだが、それは申し訳なくて出来ない。
言い澱んだサリーネだったが、彷徨わせた視線の先でチンクーが頭から流血していることに気がついた。
「尤もサリーがフォルミア子爵家へ帰る必要は……「それより、ヨシュア、暴力はいけないと思う!」
言いかけたヨシュアの言葉を遮って、サリーネが詰め寄る。
優しい所もあるヨシュアだが、如何せん強すぎるため昔から手加減が下手なのだ。
豚の魔物の厚切りステーキを食べようと言っていたのに、うっかり挽き肉にしてしまいハンバーグになったりとか、高価な一角獣の角を売るつもりだったのに粉々に砕いてしまったりとか、目的のため手加減したサリーネがちょっとでも傷を負うと、そこから相対している魔物をフルボッコにしてしまうのである。
しかし魔物ならいざ知らず相手が人間では看過できない。
「カントなんてあの世に片足つっこんじゃったし……」
そう言ってカントの傷を確認するためヨシュアの隣をすり抜けようとしたサリーネだったが、腕をガシッと掴まれた。
「言っておくが、トンヌラとチンクーの土下座はともかく、カントがあの世を見たのは自業自得だからな?」
「自業自得?」
「俺の突然の来訪にビビッたのか、勝手に足を縺れさせて盛大に転んで、頭から壁に激突しただけだ」
「でも音が……」
「音?」
「バキィッ! ブツッ! バーン! ドーン! って最初に聞こえた」
自室で聞いた音を再現したサリーネだったが、自分で言いながら壊れた玄関扉を見て察する。
バキィッ! でドアノブを破壊。
ブツッ! でドアノブを引っこ抜く。
バーン! でドアを全開。
ドーン! で勢い余ったドアが飛んでいった。
その光景がありありと見えて、サリーネは呆れて溜息を吐いた。
「あ~、なんか……理由わかった。けどドアを壊しちゃだめじゃない」
「こいつらが素直に開けないからだ」
ムスッとしたヨシュアに、トンヌラとチンクーが情けない声をあげる。
「情けない話、ドアを開けたら殺られると思ったんでさぁ」
「だって怖かったんっすよ! 魔王の襲来に怯えない人間はいないっす!」
ブルブルと肩を震わせる二人に、どんだけ上司が怖いんだと思いつつも、確かにヨシュアの圧は凄いもんね、と苦笑する。
それにしても三人が捜していた人物が自分だとは思わなかった。
しかもヨシュアと再会まで果たせたのだ。
「とりあえずドアを修繕する前に、カントの傷の手当をしなきゃね」
安堵したら、冷静に周囲の状況が確認できるようになったため、サリーネがカントの方へ近づこうとした途端に、また腕を掴まれた。
「俺の前で別の奴に触れようとするな」
ムスッとした表情で呟くヨシュアに、サリーネは驚いたように目を瞬かせる。
「でも、カントの傷を診ないと……」
そういえば辺境で狩りをしていた時も、ヨシュアは助けた民とサリーネが接触するのを嫌がっていた節があった。
きっとサリーネの他に友人がいないから寂しいのだろうが、怪我をしている部下にまでこの態度はいただけない。
流石に注意しようと口を開きかけたところで、チンクーが焦ったようにカントを抱き起こした。
「だ、大丈夫っす! 全然平気っす! な? カント、この位の傷、平気だよな?」
「ウンダイジョウブオレゼンゼンヘイキ」
何故か棒読みで答えたカントの頭に、トンヌラがどこから取り出したのか包帯を巻きつける。
「自分が手当しやしたんで心配無用でさぁ!」
トンヌラもチンクーもカントもサリーネに笑顔を向けているが、「頼むからこっちくんな!」 とありありと顔に書いてある。
どうやら部下に暴力は振るっていないようなので安心したが、ここまで怖がられるってどうなんだと、思わずジト目になったサリーネの頭をヨシュアが優しく撫でた。
「だってさ? ほら、サリー、久しぶりだから、ちゃんと顔見せろって?」
ちなみにサリーネを撫でる時のヨシュアの手は、心地がいいだけで全く圧や痛みはない。
この位の力加減で部下にも接すればいいのに、と思いながら見上げると、ヨシュアはニカッと微笑んだ。
「色々面倒な手続きを済ませたら、また来るからここにいろ。今度は約束破るなよ?」
今度は、ということは、あの時の約束をヨシュアは覚えていて敢えて言ったのだろう。
不可抗力とはいえデビュタントの夜会をすっぽかしたのはサリーネである。
屈託のない笑顔は昔のままなのに、ヨシュアの金色の瞳は射抜くようにこちらを突き刺してくるので、サリーネは冷や汗をかきながらコクコクと頷いたのだった。




