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12、突然の魔王降臨3

 

「あ?」


 一言だけで裂帛の殺気を放ったヨシュアに部屋中の空気が震える。

 ちょっとだけ温和になっていた部屋の温度が、また凍てつくような寒さになり、サリーネ達が身を竦ませたが、ヨシュアが不機嫌になったのは一瞬だけで、フッと呆れたようにトンヌラ達へ笑った。


「お前ら、やっぱトンチンカンだな。まぁ、この変装なら仕方ないし、悪い虫もつかなかったようだから良しとするか」


 ツカツカとサリーネの方へ歩いてきたヨシュアが手を伸ばす。


「サリー」


 昔と同じように名前を呼ばれながら、頬に貼り付けてあった吹き出物付き肉厚シートを剥がされ、そのまま流れるように瓶底眼鏡まで外されたサリーネを見てチンクーが目を瞠った。


「! 紫紺色っす……それにその顔……」

「で、でも体型が……そうか! 太ったんだな。やっぱり色々あってストレス溜まってたんだな。可哀想に。まだ14才だったんだもんなぁ」


 チンクーと同じように驚きに目を見開くトンヌラの明後日の推理を、ヨシュアが一瞥して軽く溜息を吐く。


「綿だな」


 言った途端に綿がパンパンに詰まった袖を捲り上げられ、腕が晒される。

 服から覗いた白く細い腕を三人が食い入るように見てきて、なんだか恥ずかしかったので、サリーネは「えへへ」と笑って誤魔化してみたが、ヨシュアは不機嫌そうに袖を元に戻すと眉間の皺を深くした。


「見つからないわけだ。悉く自分の特徴変えやがって。……髪、早く元の色に戻せよ?」

「あ~、う~ん」

「戻せよ?」


 曖昧な返事をしたサリーネに、ヨシュアは不服そうに念を押す。

 そんなことを言われても、逃亡者のサリーネにとっては見た目よりも命が大切なので素直に承諾は出来ないのである。

 笑ってやり過ごそうとしたサリーネだったが、その笑顔にトンチンカンの三人が息を呑んだ。


「女だ……マジか……おかんが若の捜し人。灯台下暗しとはよく言ったものだが、たぶん一生気づけなかった自信がある」

「女っすね……見た目変えすぎっす。全然気づかなかったっすよ。いや、こんなん普通気づかねーっすわ!」

「おかんが女だって認識してなかったしね。すっかり騙された! 若~、コレは無理だよ。絶対わかんないって!」

「お前らの洞察力と想像力が欠如してただけだろうが」


 カントの言葉にヨシュアが鼻で笑う。

 さっきまでの戦々恐々とした空気はどこへやら、気安い遣り取りを始める彼らに、サリーネは昔ヨシュアが言っていた言葉を思い出した。


「あ、もしかして三年前に王都で紹介してくれるはずだった弟分って彼らのこと? でもヨシュアより年上に見えるのに弟分?」

「辺境伯領では実年齢より腕っぷしが全てだからな。俺の方が強いから俺が兄貴分ってわけだ」


 ニヤリと笑ったヨシュアに、サリーネは深く納得する。

 出会った時から規格外に強かったヨシュアだ。きっと今ではこの国でも五指に入る位は強くなっているだろう。


「そういえば若、騎士団を鍛えなおしたとはいえ若がいねぇと周辺の領地へは影響が出るんじゃねぇですかい?」

「そうっすよ! 三年前に若が王都へ行った時は倒しきれなかった魔物が溢れて、辺境伯領も甚大な被害を受けたじゃないっすか」

「若の父君も当時の騎士団長もその時の傷が元で隠居しちゃったもんね。化け物並みの戦闘力を持つ若が戻ってなきゃ、正直あの辺りは今頃魔物だらけになってたはずだし」


 トンチンカンの言葉にサリーネは目を丸くする。

 サリーネの想像通り、ヨシュアは相当に強くなっているらしい。

 ヨシュアの双肩に辺境の平和がかかっていると比喩ではなく論じるくらいは。

 普段一人でどれだけの魔物を倒しているんだと心配になってくるし、そんなヨシュアが不在にしていて辺境領は大丈夫なのかと怖くなってくるが、当の本人は至ってあっけらかんとしたものだった。


「お前らがさっさと任務を熟さなかったからだろうが。とりあえず俺が扱きに扱いた精鋭の騎士団がいるから辺境領は平気だろ? 他領については知らん。俺が継いだのは辺境伯で、魔物が出てもうちが退治して当然だと思っている近隣の侯爵家や伯爵家がどうなろうが関係ないしな」


 潔いまでにすっぱりと言い切ったヨシュアは相変わらずだ。

 だが関係ないと言いつつも、魔物が多くなりそうな時は他領の領民をこっそり事前に避難させたり、行き来する商人にはそれとなく噂を流して被害が出ないようにしているのを、サリーネは知っている。

 偉そうな貴族と役人は助ける義理がないからな、と自分も貴族のくせに他領を回って魔物を退治するヨシュアがいなければ、サリーネは幼いあの日に飢え死にしていたのだから。

 今だっていなくなった幼馴染を心配して、部下に探させてくれていたのが何よりの証拠である。


 強くて優しいヨシュアは、あの頃と変わらないままなのに、サリーネの手の届かない人になってしまっていたことに、少しだけ胸が痛んだ。

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