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10、突然の魔王降臨1

 バキィッ! ブツッ! バーン! ドーン!


 突然、響いた轟音にサリーネは飛び起きる。

 まだ早朝だというのに、あまりの騒音にびっくりして身を起こすと、素早く服を着こみ逃走用の鞄を引き寄せる。

 逃亡者として、いつでもすぐに逃げ出せる習慣のようなものだが、サリーネの部屋が襲撃されたようではないようなので、ひとまず状況確認のために耳を澄ませた。


 オンボロアパートのため壁は薄い。

 激しい音は一旦収まったようだが、聞き耳をたてると隣の部屋から男性の声が聞こえた。

 勿論、サリーネの隣には例の三人の男性が住んでいる。

 けれど、三人ではない声が混ざっているような気がして、サリーネは耳を隣室との壁へくっつけた。


『一体いつになったら見つかるんだ? 俺がどれだけ待ったと思ってる?』

『無能なくせに女を出入りさせているなんて、いい身分だな』

『能無しは畑の肥料になるか、魔物の餌になるか、どちらがいい?』


 聞こえてきた物騒な科白に加え、声だけなのに威圧感を覚えサリーネは竦みあがる。

 たぶん言っていることからして、三人の上司だと思われるが、轟音と共に現れたことといい、本当に怖い人らしい。もしかしたら堅気の人ではないのかもしれない。


『ど、どうして若がこちらに? 魔物は……』

『待てど暮らせどお前らが連れてこねぇから、騎士団に任せてきたに決まってんだろ?』

『うわぁ……まさか騎士団を鍛えたのって自分が領地から出るためだったんすか?』

『それ以外何があるってんだよ? で? 女侍らせてるくらいなんだから、居場所位は余裕で見つけたんだろ?』

『お、王都にいることは解ったんすよ!』

『へ~、ふ~ん、王都ね。で? 王都のどこ?』

『王都の……』

『まさか、この広い王都のどこか、なんてオチはないよなぁ?』

『ハ、ハハハハ。まさか……』 

『だよなぁ? で?』

『で……で……でででので~』


 あまりの恐怖でおかしくなったのかカントが意味不明な返事をした途端に、ゴッという鈍い音がして、サリーネの部屋の壁がミシミシと鳴りパラパラと白い石膏屑が落ちてきた。


『若っ! 落ち着いてくだせぇ!』

『カントがマジで死にそうっす!』

『あはははは~、川のほとりにいるババァが俺の服を脱がしてくるよ~。俺、脱いでも凄いからいいけど~』


 トンヌラとチンクーが必死に止めようとしているが、カントは既に片足をあの世に突っ込んでいるらしい。

 鈍い音から察するに暴力を受けたのかもしれない。

 一発で致命傷を与えるなんて、彼らの上司はどれだけ強いのかと益々怖くなる。


『ところで出入りさせてる女ってのは何者だ? お前らが世話になったんだから挨拶位はしねぇとなぁ? その女に骨抜きにされたせいで、お前らが腑抜けになったのかもしれないし?』

『い、いや、彼女は事情を知らない堅気の人間でさぁ! それに探し人が見つからないのは偏に俺たちが不甲斐ねぇからで』

『そうっす! 俺たちが勝手にメシ作るのをお願いしてただけで、寮母みたいなもんっす! 決して若が思っているような魔性な女じゃないっす』

『おかんのメシには骨抜きにさたけど、そもそもおかんは女じゃない!』


(いや、デブワンピースを着用しているとはいえスカートはいてるだろ! そもそもおかんは女性名詞だ!)


 半分あの世に逝っているとはいえカントの科白にツッコミそうになるも、サリーネは逡巡する。

 逃亡者のため面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。

 けれど、親しくなった友人達をこのまま見殺しにするのは気が引ける。

 それにカントはともかく、トンヌラとチンクーはサリーネを巻き込まないように庇ってくれているのだ。


 サリーネは瓶底眼鏡と吹き出物肉厚シートを急いで装着すると、デブワンピースの裾をギュッと握って部屋の外へ出る。

 とりあえず怖い上司とはいえ相手は人間だ。

 領地で幼馴染が倒してきた魔物よりはマシなはず。


 そうは思うも、自室を出ると無残に壊された隣室の扉が目に入り、否応なしに恐怖を煽る。

 なけなしの正義感から隣室を覗いたサリーネが見たのは、床に転がるカントを放置したまま、トンヌラとチンクーに土下座させている黒髪の男性の後ろ姿だった。

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