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1、お約束の婚約破棄(ただし当事者ではない)1

 

「私は被害者なの! 悪いのは全部、悪役令嬢のサリーネよ!」


 久方ぶりに屋敷の扉を開いた途端、聞こえた自分を貶める言葉に、サリーネは瞳を瞬かせた。


 ここは王都にあるフォルミア子爵家のタウンハウス。

 14才になったサリーネはデビュタントのため、はるばる遠く離れた領地から本邸へやってきたところであった。


「悪役令嬢?」


 聞き慣れない言葉だったので思わず呟いてしまったのが丁度、扉を開いた所だったので玄関ホールにいた人々の視線がサリーネに集まる。

 その視線の剣呑さに小さな身体を更に縮こませサリーネが周囲を見渡すと、見覚えがある父親と義姉のミストの他に、上質なスーツを着た男性二人と、文官のような人物が三名、それに騎士らしき者が数名、睨みつけるような顔をしていた。


 王都へ呼びつけたくせに馬車の手配もお金も準備してくれなかった父親のせいで、サリーネは自分で辻馬車を乗りつぎ数日かけてやっと到着したばかりである。その証拠に着替えなどが入ったカバンは肩から下げたままだったし、珍しい二色の髪を隠す帽子も被ったままだ。

 流石に疲れたので今日はさっさと休もうと思っていたのに、玄関ホールに集結した見慣れない人々と、悪役令嬢呼ばわりされた異様な光景に混乱を極めた。


「えっと……ご紹介に預かりました? サリーネと申します」


 ここで自己紹介をするのは悪手だったと気づいたのは、言ってしまってからだった。

 帽子を取って隠していた髪を曝して挨拶をしたものの、全員の視線がサリーネに突き刺さり、値踏みするような厭らしい空気に背中がじわりと寒くなる。


 知らない人から容赦なく向けられる無遠慮な視線にサリーネが委縮する中、義姉のミストの目がキラリと光った。


「聞いたでしょう? その子が私の義妹のサリーネよ! その子が悪いの!」


 ピンクブロンドの髪を振り乱し、捲し立てるようにミストが騒ぐ。

 ヒックヒックと肩を震わせ泣いているようだが、彼女の明るい空色の瞳から涙は一粒も零れていない。にも係わらず父親はミストの言葉に驚いたような顔をしてサリーネを見ると、不快気に眉を顰めた。

 相変わらず観察眼は皆無のようだ。


「サリーネがゴードン様と結婚するために、彼の婚約者である私が邪魔だったから、婚約破棄を強要されたの! そうしないと酷い目に合わせるって脅されて……」


 泣きじゃくる(一切涙は出ていないが)ミストの意味不明な発言に、サリーネの脳裏は疑問符で埋め尽くされる。


(ゴードン様? 婚約破棄? 脅す? 誰が? 誰を?)


 ゴードンという名前に聞き覚えはある。確か義姉の生母の実家であるライト伯爵家嫡男で、従兄妹同士の二人は婚約していたはずだ。

 ちなみにサリーネは婚約を反対などしていない。そんな権利を持っていたらとっくに乱用してこの家を出ている。


 父親の後妻であるサリーネの母親は平民だ。

 子爵家のメイドだったサリーネの母親は線の細い美人であったため、前妻が亡くなってすぐに父親の手がついたが、平民の身分を気にして後妻になることは拒んでいた。

 だがサリーネを身籠っていることが判明したので、子供のことを考えて籍を入れたに過ぎない。


 しかし父親をとられると思ったのか義姉のミストは、サリーネの母親に虐げられていると嘘を吐き、サリーネが産まれると義妹にも虐められていると訴えた。

 ちなみに現在サリーネの年齢は14歳。義姉のミストは19歳のため、サリーネが産まれた時は0歳と5際である。

 0歳の赤子が5歳の子供をどうやって虐めるのか謎であるが、父親はミストの言葉を信じ、サリーネと母親はその度に叱責された。


 後妻になったとはいえ母親の待遇はメイドと変わらないままばかりか、他の使用人から嫌がらせも受けていた。

 何分、子供の頃の話なのでサリーネはほとんど記憶にないが、いつも義姉の言いなりで不機嫌だった父親の面影と、地味な嫌がらせをする使用人の嘲笑だけは微かに覚えている。


 とはいえ、儚げな見た目に反して母親がたくましかったおかげで、物心がついた頃にはサリーネはミストのことを「頭のおかしい可哀想な人」と認定するようになった。

 義姉が泣いても喚いても、母娘ともども彼女は自然災害だからどうしようもないと思うことにし、他の使用人からの嫌がらせも父親からの叱責も適度にスルーして日々を過ごしていたのである。


 しかし、そんな母親との逆境をものともしない穏やかな生活は、サリーネが6歳になった時に突然終わりを告げた。

 唯一にして絶対の味方であった母親が亡くなってしまったのである。


 その年、王都では質の悪い風邪が流行した。

 心はたくましいものの体が病弱であったサリーネの母親は、流行りの風邪を拗らせるとあっと言う間に重篤な状態となった。

 高熱を出しうなされる母親のために、医者を呼んでもらおうと父親や他の使用人に掛け合ったが、どうせいつもの体調不良だろうと無視されてしまい、サリーネが母親とこっそり溜めていたお金で高価な薬を買って戻って来た時には、母親は既にこと切れた後であった。


 母親の遺体にしがみついて、もっと早くに薬を買いに行っていればよかった、とサリーネは泣いた。

 父親も誰も、母親以外の人間は自分の言うことなど聞いてくれるわけがないのに、どうして医者を呼んでくれるなどと期待をしてしまったのか。

 訴える時間があったならさっさと薬を買いに行けばよかったのだ。

 自分を責めてサリーネは大泣きし、母親が墓地へ埋葬された後も鬱々としていた。


 しかし、そんなサリーネを更なる試練が襲う。


 どういうわけか母親が亡くなったことで、ミストの被害妄想が膨れ上がり、益々サリーネを目の敵にするようになったのだ。

 サリーネの母親が亡くなって、何故継子であるミストの被害妄想が刺激されたのかは未だに謎だが、そこは頭の構造が常人とは違うので理解するのは無理というものだろう。


 ともかく茫然自失で自分を責めていたサリーネに対し、ミストは義妹に虐められていると訴え続け、はては暴力まで振るわれたと言いだす始末で、業を煮やした父親によって、サリーネは捨てられるように領地の屋敷へ追いやられたのである。

 その方法も、ある日突然無理やり馬車に押し込められたかと思ったら、数日後に領地の屋敷の前に放り出されるという無理やりなもので、何の説明も事前の準備もさせてもらえなかった。


 サリーネを連れてきた馭者が去り際に「ミストお嬢様を虐める奴は王都の屋敷へは近づくな」と厳命していったので、何となく自分の境遇を理解できたが、それにしたって横暴である。

 そうかと言って6歳の子供が他に行く所などあるわけもなく、サリーネはそれ以来領地でずっと過ごしてきたのだった。


 そんなサリーネが今回、王都にやってきたのは14歳になり、デビュタントの夜会へ出席するためだ。

 デビュタントなんて面倒な行事さえなければ、王都にもこの屋敷にも生涯来る予定などなかったのだが、貴族の娘(そんな扱いは微塵も受けていないが、招待状が届いてしまったらしいので仕方がない)であれば必ず参加が義務付けられるデビュタントの夜会をすっぽかすわけにはいかず、渋々王都へ来てみた結果が今のこの状況というわけである。


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