研修8 発展する領地3
カーン男爵領に戻って2日後、冒険者や商人達総勢30人位がやって来た。今も領主様やオゴディさんを始めとした息子さん達と冒険者や商人の代表者と協議している。
そんなとき、イサク司祭が話しかけてきた。
イサク司祭の話によると報奨金は金貨50枚が出るそうだ。一般人なら2~3年は普通に暮らせる額だ。報奨金の半分は教会の運営費に、半分は領主様に納めることになったそうだ。
「金貨25枚でも十分な上に治療師として、ダンジョン近辺に常駐すればいい儲けになるし、臨時にパーティーに加入すればそれもそれで儲かるしね。それに趣味のダンジョン研究も再開できるし、君達には感謝してもしきれないくらいだよ」
イサク司祭は嬉しそうだった。
私の中では、十分やり切った。後はダンジョンに戻ってゆっくりと研修すればいいかと思っていたがヘンリーさんは違っていた。領主様にいただいたダンジョン入口の土地で燻製肉の工房を運営するように指示された。ダンジョンでは魔物から高確率で魔獣の肉がドロップするからだ。この地域では元々燻製肉を作る習慣があったが、それは産業と言えるほどの規模ではなく、各家庭で冬の保存食として細々と作る程度だった。それを1箇所でまとめて作り、産業にしようということだった。
ヘンリーさんの説明では、魔獣肉の燻製が産業になれば、雇用が生まれてカーン男爵領が潤うとのことだった。燻製肉に必要な肉も岩塩も豊富にあるし、いい商売だとは思った。私達が来る以前にも燻製肉工房のように1箇所でまとめて作ってはどうかという話もあったが、個性の強い面々が多く、話がまとまらなかったみたいだ。それに、岩塩が隣領に抑えられている以上リスクは取れないしね。
それから2週間があっという間に過ぎていった。私は今日も地元のおばちゃん達とともにせっせと燻製肉を作っている。
工房で雇っている地元のおばちゃん達や偶に手伝いに来てくれる領主の奥様とはかなり仲良くなった。作業しながらもお喋りに花が咲く。
「5番目の息子がロイっていうんだけど、なんと勇者パーティーに選ばれたのよ。だからここのグレートボアの燻製肉を餞別で送ってあげたのよ」
「勇者パーティーってすごいじゃないですか!!」
「でもサポーター職よ。平たく言えば、荷物持ちのお世話係だから」
「でもすごいと思います!!やっぱりお子さんはいくつになってもかわいいものなんですか?」
奥様とそんな会話をしていたら、おばちゃん達も会話に入ってくる。
「ナタリーちゃんのところは、新婚だから毎晩頑張ってんのかい?」
「疲れたらちょっと、旦那さんを貸してくれてもいいんだけどね」
いつものことだ。私が顔を真っ赤にして俯いていると、更にからかってくる。反応が新鮮で、面白いらしい。一応これでも燻製肉工房の経営者なんだけどね。
その後、燻製肉工房も軌道に乗ったので一端、ダンジョンに戻ることになった。燻製肉工房の2階には簡易の転移スポットを設置している。
ダンジョンのマスタールームに戻るとマーナさんが喜んで迎えてくれた。業績の報告会に一緒に参加してほしいとのことだった。
会議が始まるとスタッフさんが興奮して業績を報告する。
「これは凄いことです。オープンしてすぐにここまでDPを稼げるダンジョンはまずありません。それにダンジョンの入口よりも少し町側にDP回収ゾーンを設置する発想はありませんでした。1階層無駄にするからと反対した自分が恥ずかしいです」
「そうね。うちのグループではほぼ使ってない手法ね。そうだ!!入りたてのスタッフも研修生もいることだし、DPの獲得条件と今回使ったDP回収ゾーンを町側にずらす手法がなぜ有効かについて、おさらいしましょうか。
それじゃあ、ナタリーちゃん。DPの獲得条件と町側にずらす手法の有効性について、答えてもらえるかな?」
いきなり話を振られた。ドキっとしてしまった。講義や実習で習ったことを思い出しながら答える。
DPとはいわゆる魔力のようなものだ。DPは汎用性が高く、様々な魔道具や魔石に変換できる。ダンジョンの目的はDPを稼ぐことにある。DPは専用の回収機で回収するのだが、主な獲得方法はダンジョン入場者からの回収だ。個人差はあるが、一般人レベルであれば1時間ダンジョン内に滞在してくれれば、約10ポイント回収できる。Sランク冒険者などの強力な個体になると20~50ポイント位の回収が見込める。滞在している冒険者に影響が出ないくらいの生命力を吸い取っているみたいだ。
基本的な戦略は滞在ポイントを稼ぐこととなる。だから、魔物やトラップが全く出現せず、ゆっくりと滞在できるセフティースポットを設置しているダンジョンも多い。
滞在ポイントの他にも滞在する冒険者が激しく戦闘をしたり、大怪我をしたりすれば、ボーナスとして大きなポイントが入る。大怪我をした場合は、基本ポイントの3倍、死亡した場合は100倍のポイントが入る。それならば、入ってきた冒険者を片っ端から殺していけば大きく稼げると思うが、そう上手くはいかない。
そんなことをすれば、冒険者は来なくなるし、場合によっては冒険者ギルドや国軍が動いて、ダンジョンを破壊されてしまう。その昔には稼げるだけ稼いで、夜逃げするぼったくりバーのようなダンジョンもあったみたいだが、ダンジョン協会の厳しい取締りによって、ほぼ壊滅している。
次にダンジョンの入口よりも少し町側にDP回収ゾーンを設置する利点だが、継続的にDPを回収するためだ。ヘンリーさんの施策のおかげで、ダンジョンの入口付近には私の燻製肉工房を筆頭にネリス商会の店舗や酒場、簡易の宿泊所、冒険者ギルドの支部などができつつある。今もで最低50人は滞在している計算になるので、1時間に500ポイント以上は入ってくる計算になる。スタッフさんが用意した資料によると1日平均12000ポイント前後だ。
それならば、大都市のど真ん中にダンジョンを作ればいいかというとそうではない。ダンジョンを作れるのは人族の居住者がいないことが条件になる。ダンジョン作成には空間魔法を複雑にした術式を使用しているため、周辺に時空のひずみが生まれて、大規模な災害になる可能性がある。もちろん後から人族が住み着くのはこの限りではない。
たどたどしくはあったが、何とか答えることができた。
「ナタリーちゃんもよく勉強してるわね。補足するとこの方式を採用しているのは有名どころで言えば同じオルマン帝国にある「試練の塔」かな。まあ、あそこは特殊なダンジョンだからね・・・・。それとDPの経費についてだけど、スポーン(魔物発生装置)と素材の生成器の維持費が100ポイントもかからない状態だから、採取できる素材の質を上げるか、魔物の強度を上げるか、これからの検討課題ね。
本当に嬉しい誤算だわ。当初は入場者が少なかった場合を想定して、スポーン(魔物発生装置)での魔物発生を一時的に止めたり、ドロップアイテムの出現率を下げたりと色々考えていたんだけどね」
マーナさんやスタッフさんの話を聞く限り、ダンジョン経営は上手くいっているみたいだ。
会議はそれで終了したのだが、その後に私とヘンリーさんはスポーン(魔物発生装置)や素材生成器の使い方、ダンジョン監視の基本、事故発生時のマニュアル等を教えてもらった。マーナさんの話では、ダンジョン協会への報告用らしい。キチンと研修生に研修をさせたかどうか監査が入ることもあるみたいだ。
ミーナさんは、言う。
「今更、ヘンリー君にスポーン(魔物発生装置)の使い方を教えてもねえ・・・」
それから、私は燻製肉工房も戻され、ヘンリーさんはダンジョンに残って、今後のダンジョン経営の特別チームとしての仕事をするみたいだ。同じ研修生で、ここまで差を付けられるのは少し腹が立つが、よく考えてみると学年トップと最下位では、こうなっても仕方がないかとも思う。
燻製肉工房に戻るとおばちゃん達がまだ作業をしていた。おばちゃん達にヘンリーさんのことを尋ねられた。手筈どおり、「ヘンリーさんは商談でベルンに行くので、私はお留守番」と答える。そうしたところ、おばちゃん達に女子会に誘われた。領主様の奥様も参加するみたいだった。
ここの領地は領民と領主一家が本当に仲がいい。私もヘンリーさんと差が付けられたことで、ちょっと飲みたい気分だったので二つ返事で参加することにした。
女子会は凄く楽しかったのを覚えているが、いつの間にか帰宅して寝ていた。
次の日、領主の奥様から派手な下着を送られた。
一体どういうことだろうか?
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!
※本編とは全く関係ありませんが、小説「勇者ビジネス」でロイがグレートボアの燻製肉をよく料理に使うのは、このような事情があったからです。