幕間 悲しき女スパイ 3
ヘンリーさんに教会で入手した情報を報告する。特に「血のイニシエーション」については、詳しく報告した。
「ミーナさんもありがとう。思い当たることはあるけど・・・ミランダ社長に聞いてみようか?」
ということで、ミランダ社長に話を聞くことになった。ミランダ社長は言う。
「多分、吸血族ね」
吸血族とは魔族の一種族だが、他の種族との交流を一切断っている。理由は特殊な生態からだ。人族などの血液から栄養を得ることができるそうだ。吸血族はその昔、誰彼構わず、生死を問わず、血を吸いまくる不届きな輩がいたそうだ。現在はそんな輩も粛清されて姿は消しているが、それでも悪いイメージは拭いきれなかった。なので、迫害を恐れて他の種族との交流を断ったそうだ。
しかし、多種族の血液はどうしても必要なようで、なるべく穏便に血液を集める方法を模索しているようだ。
「吸血族がマスターをしているダンジョンもあるのよ。そこのダンジョンはミーナさんのA-2ダンジョンと同じ神聖国ルキシアにあるんだけど面白いのよ。トラップを解除するのにも最後のボス部屋に入るのにも新鮮な血が必要なのよ。それに吸血する魔物が異常に出現するのよ。今でも変わってなければ、5階層に・・・・・」
「ミランダ社長!!ダンジョンの話になってますよ!!」
「あっごめん、ごめん。営業先としてリストアップしていたダンジョンだから、ちょっと飛び込みで営業しに行ってもいいかしらね」
結局。1週間後のミーナの休みに合わせて、件のダンジョンに向かうことになった。人族の間では「血のダンジョン」と呼ばれているそうだ。
ダンジョンでは、マスターの女性が出迎えてくれた。色白で黒髪、スレンダーな体型をした美女だった。
「ダンコルの代表のミランダ・マースです。突然の訪問をお許しくださいまして、感謝しております」
「ご丁寧にありがとうございます。アスタロッテ・ランドルフでございます。ダンコルさんのご活躍は伺っておりますよ」
敵意は無いようだ。
ミランダ社長は、ダンコルのコンセプトを説明する。
「なかなか、魅力的な話ですね。実績もあるし・・・でも、こちらのダンジョンは目的も構造もかなり特殊ですから・・・・」
アスタロッテさんが言うには、ダンジョンの目的は血液の採取だそうだ。
「吸血族は一部の不届者のせいで、他種族と交流を断って生活をしています。冒険者をしたり、医者や娼婦をしたりして、自力で血液を採取できる者はいいのですが、体が弱い者などは、自力で採取できないのが現状です。その者達のためにも、我々は血液を継続的に採取する必要があるのです」
ここでヘンリーさんが提案する。
「我々ダンコルへ要望するとすれば、血液の採取量のアップですね?」
「そ、そうですが、可能なのでしょうか?」
「とりあえずダンジョンの収支などの資料を見せていただければ、アドバイスはできます」
ということで、ダンジョン構造をチェックしたり、収支を確認したりする作業を行うことになった。一通り確認を終えた後にヘンリーさんが話す。
「このダンジョンだけでは難しいですね」
このダンジョンは本当によく考えられている。
運営に最低限必要なDPを残して、その分を採取素材に回している。罠やトラップの解除に血を使うという特殊性があるものの、入場者が多いのはそのためだろう。
その他にも、神聖国ルキシアの聖都エルサラに近いこともあり、神官騎士や聖女候補の登竜門的な位置付けで、ちょうど、オルマン帝国の「試練の塔」のようなダンジョンでもある。
「そうなんですね。ダンコルさんに頼めば、採取できる血液量が増えると思ったのですが、残念です」
「無理だとは言ってませんよ。『このダンジョンだけでは難しい』と言ったのです」
ヘンリーさんによるとこのダンジョンと同じコンセプトのダンジョンを別に作ればいいのではとのことであった。
「もう一つダンジョンを作るのですか?それは厳しいと思いますね。ここも前のマスターから引き継いで、改装しただけですから、我々に一から立ち上げるノウハウはありませんので」
「その辺りは心配いりません。ダンコルと契約していただいているテトラシティにあるクワトロメイズさんでサブダンジョンの製作を募集しているので、まずは実験的にそこでの活動を考えてみてはどうでしょうか?スタッフ集めなんかもお助けできることがあると思います。
近日中に資料を持って参りますので、ご検討いただけませんか?」
「そうですね。その資料を基にして、検討してみます」
営業活動は、とりあえず上手くいった。
ここでヘンリーさんが本題を切り出す。
「そう言えば、吸血族の方もニューポートに来られてますよね?」
(さりげなく聞くあたりは、さすがにヘンリーさんだ)
「サキュラですね。妹です。弟のドラクとともに聖母教会に上手い具合に入り込んでますね。こう見えて私達姉弟は、吸血族の族長一族ですから、弱き者に血液を供給する義務があるんですよ」
「そうなんですね。何か事情がお有りだと思って、声を掛けず、挨拶もしてません」
「これからもそうしてください。サキュラにはそれとなく言っておきますから。それとお願いですが、血のイニシエーションにもご協力いただければ幸いです」
そんな感じで、私とミーナのスパイ活動は終了した。
ミーナはもっと大きな陰謀を想像していたらしく、少し残念そうだった。しかし、ミランダ社長は上機嫌だ。
「ミーナさんのおかげで、新しい顧客を獲得できそうよ。本当にありがとう」
後日、私とミーナはニューポートの聖母教会を再び訪ねた。血のイニシエーションを受けるためだ。
サキュラさんが応対してくれた。サキュラさんも姉のアスタロッテさんと良く似た美人さんだ。
「姉から聞いております。こちらへどうぞ」
私とミーナは内心ドキドキしながら血のイニシエーションを受ける。血を採取されるとき、痛い思いをするのでは?と思ったが、全く痛みを感じなかった。あっという間ににワイングラス1杯ほどの血液が抜き取られた。
「しばらくお待ちください。すぐに結果が出ますので」
私とミーナはサキュラさんが用意してくれたお茶とお菓子を食べながら、待機室で結果を待っていた。お茶もお菓子もいいものを出してくれた。
20分程して、サキュラさんがやって来た。
「お二人とも健康で大きな問題はありませんが、ミーナさんは少しストレスが溜まっていらっしゃるようなので、プライベートではリラックスできるような環境を整えてください。ナタリーさんは・・・食べ過ぎには注意してくださいね」
気にしていることを言われてしまった。自分の身を削って、情報収集のために努力した結果がこれだ。
帰り際、サキュラさんは、ミーナにはリラックス効果のあるお茶を、私には胃腸の働きを助けるポーションを渡してくれた。できれば3ケ月に一度は定期的に来てほしいとのことだった。後日、ミーナは「美味しいお茶がもらえるのだから、定期的に通いましょうよ」と言っていた。
しかし、帰ろうとしていた私達に災難が降りかかる。
シスターフローレンスに捕まってしまった。彼女は私達が、聖母教会の教えに興味があると勘違いしているみたいだった。
「今日は、災害時に不眠不休で被災者に尽くしたシスターの話を致しましょう。時は200年程前になりますが・・・・」
今日も2時間コースだった。私の心はボロボロだった。
でも、仕方がない。
私は、身も心も犠牲にして組織に忠誠を誓う、悲しき女スパイなのだから・・・・。
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